都への旅を終えて一週間、私はタカオ山での平穏な日常を取り戻しつつあった。
手習い所での仕事も、研究室での商品開発も再開した。
タカオ山ではすっかり、真夏の暑さが薄らいできて、コスモスが咲き始め、夜には鈴虫の音が聞こえ始めた。
あの蛍を見た次の日、伊月さんは荷物と一緒に私をタカオ山まで送り届けてくれた。
その日は夕凪ちゃんとオババ様が出迎えてくれて色々と近況を報告し合った。
「オヌシが位階をもらったり、鬼を泣かせたりしたのを、色々と八咫烏から聞いたぞ。」
オババ様が楽しそうに言った。
「その、鬼を泣かせたっていうのはどうかと...。」
「誠のことだろう。それで、旅は楽しんだか?」
「旅はすごく楽しかったです。伊月さんの秘密を色々と知りました。」
オババ様はニッコリ笑った。
「そうか、そうか。あやつと組むとなかなか儲かるぞ。」
「伊月さんって色んな才能があるんですね。あ、それから、オババ様の作った、あの、阿枳さんの船もすごかったです。」
「ああ、あれか。ワシはカムナリキを提供しただけだ。船の設計は阿枳がした。」
「すごいですね!」
「伊月はどこからともなく、才のある者を見つけて来るのだよ。」
私は伊月さんが領地よりも扶持よりも人材を得たいと言っていたのを思い出す。
「こっちでは、オヌシらが留守の間、内藤の調査がすすんでおるようじゃよ。」
留守にしていた間、気がかりだった内藤のこともオババ様が説明してくれた。
「内藤自身は、女の持つカムナリキが強いのか弱いのかが感じられず、オヌシがおとり捜査で捕まえた盗賊団を使って、手当たり次第に女を誘拐して、カムナリキの抽出の儀式を行っておったらしい。」
誘拐事件を捜査していた正次さんと、内藤の調査をしていた清十郎さんが、二つの事件が繋がっていることを突き止めた。
あの武術大会の日に伊月さんを狙って内藤がやって来る事も清十郎さんが知らせていた。
「誘拐した女から抽出したカムナリキを、カグツチの祠に持って行き、どのカムナリキが火の性質を持っておるのか調べておったようだ。」
「カムナリキの種類もわからずに、人を誘拐してそんなことをしていたんですか?」
「ああ。全く信じられぬ。」
「でも、どうしてわざわざカグツチの祠に? 火のカムナの玉をかざしたら、火のカムナリキかどうか分かるでしょう?」
「普通の女のカムナリキは微々たる物だ。我らのような巫女とは違うからな。ワシやオヌシが触った時のようにカムナの玉も反応せんよ。」
「なるほど。」
「カグツチの祠に行けば、巨大な火のカムナの玉が奉納してあり、わずかなカムナリキでも、それが微かに光るのだ。」
「それで、火のカムナリキを持っているってわかったら、どうするんです?」
「その女のカムナリキを抽出し続ける。監禁されて、カムナリキが翼竜を動かせるくらいになるほどに、ずっと抽出されるのだ。」
オババ様は嫌悪の表情を浮かべた。
「でも、どうやってカムナリキを抽出するんですか?」
「そのようなことはきっと誰かが考えた秘術に違いない。ワシとて聞いたことがなかった。」
オババ様も知らない秘術を知っているなんて、内藤ってどんな男なんだろう。
ただただ、黒い渦巻く気の流れを持っていることしかわからない。
ひとしきり、オババ様と内藤の事を話し合って、私は皆にお土産を渡した。
夕凪ちゃんには都で買った巻物をあげた。
恋の話が沢山載っている絵巻物だ。
その日の夜から夕凪ちゃんは夜な夜なその絵巻物を食い入るように読んでいるらしい。
オババ様には椿油と櫛だ。
髪の毛につけるとツルツルになって次の日の寝癖が押さえられると聞いた。
次の日から、心なしか、朝のオババ様の寝癖がおさまったように見えた。
それから、吉太郎、お仙さんや手習い所に来る生徒さんたちと一緒に食べたくて、
大量のまんじゅうやおせんべいやお菓子も買って来た。
手習い所では授業の合間に生徒さんたちが私の旅の話を聞きたがった。
この尽世には自動車もないし、治安も良くないし、旅費もかかるので、
普通の人にとって、旅に行くのは夢のまた夢だ。
私が話した旅の出来事は漫画部の皆が色々と脚色してアドベンチャーストーリー仕立ての漫画になっているらしい。
小雪ちゃんに、私にも漫画の試作を見せてほしいと言ったけど、一冊出来上がるまで待つように言われた。
どうやらサプライズのつもりらしい。
―― 楽しみだな。
色んなことが順調に行っているように思えたけど、やはり内藤丈之助のことは気がかりだった。
今日は、オババ様と一緒に伊月さんの屋敷に行って内藤のことを話し合うことになっている。
於の国の情勢についても話したいことがあると言っていた。
―― 於の国といえば、兵五郎さんたちは今ごろどうしてるかな。
旅行から帰ってから、伊月さんとは文を何度かやり取りしているけど、会えていない。
伊月さんは旅の間に溜まっていた仕事をこなすので忙しそうだった。
―――
オババ様と一緒に伊月さんの屋敷に行くと、源次郎さんと平八郎さんが迎えてくれた。
「那美様が都に行っていた間、内藤が吐きました。カムナリキを抽出する目的のために盗賊団を使って、女人をかどわかしていたのです。ただ、どのように抽出するのかは、なかなか吐きません。」
源次郎さんと話していると、伊月さんが部屋に入ってきた。
「オババ様、那美どの、お待たせしました。 今日は見せたいものがあります。」
そういうと、伊月さんは包みに入ったものを畳の上に置いた。
「内藤が拠点としていた所をいくつか見つけ、そこで不思議な書物を見つけました。どうやら、女人からカムナリキを抽出する方法を記した書物らしいが、読めぬ。」
オババ様が包みを開けようとすると、伊月さんが言う。
「那美どの、これを見て嫌な思いをするかもしれぬ。」
「大丈夫です。見ます。」
オババ様が私の言葉を待って、包みを開けたると、オババ様が目を見張った。
「何とも不思議な材質の紙、光沢のある不思議な色じゃな。」
私も自分の目を疑った。
「これは、アメコミ!」
「あめこみ?」
私はビックリした。
それはスーパーヒーロー物のアメリカンコミックだった。
出版年と出版社を見ると、20XX年ニューヨークのマルベール社出版と英語で書かれている。
「きっと、私の来た世から持ち込まれた物です。」
「何と!」
二人は私を見て目を見張った。
「英語という言葉で書かれています。」
「読めるか?」
「全部はわからないですけど、少しわかります。 ちょっと読んでみますね。」
それはコウモリマンというスーパーヒーローのエピソードだった。
悪の組織のリーダーがエクソシスト(悪魔祓い)に変装して、悪魔に憑りつかれた女性から悪魔を追い払うとみせかけ、その悪魔を自分の中に取り入れ、増幅させて、サタンを召喚しようとする。
それをコウモリマンガ阻止するという単純明快なストーリーだった。
ただ、そこに書かれている悪魔を取り出す儀式が詳細に描かれている。
そして、その描写が結構、暴力的でグロテスクだ。
―― 嫌な物を見るかもしれないってこのことだったんだ。
「この書物は私が来た地球で手に入る物です。アメリカという国の漫画です。しかも結構最近出版されたものです。」
「となると、内藤丈之助は異界人かもしれぬ。 それとも異界人と接触を持ってその書物を手に入れたか。」
「でも、本当にこの書物を読んでカムナリキを抽出したのでしょうか。ただの物語ですよ。」
「どうだろうか。今の所、奴の持ち物の中でそれが一番不審な物だ。女から何か取り出している絵が描いてあるのでそう思ったのだが。」
「私が内藤に会ってみてはダメでしょうか?」
これには伊月さんが難色を示して、那美どのに見せられるようなものではないが、と言った。
でも、そのまま少し考え込んだ。
オババ様が、
「那美が会う事で解決の糸口が見えてくるかもしれぬぞ。」
と、伊月さんに言った。
「嫌な物を見るかもしれぬが、いいか?」
私は大きく頷いた。
オババ様もついてきてくれると言った。
手習い所での仕事も、研究室での商品開発も再開した。
タカオ山ではすっかり、真夏の暑さが薄らいできて、コスモスが咲き始め、夜には鈴虫の音が聞こえ始めた。
あの蛍を見た次の日、伊月さんは荷物と一緒に私をタカオ山まで送り届けてくれた。
その日は夕凪ちゃんとオババ様が出迎えてくれて色々と近況を報告し合った。
「オヌシが位階をもらったり、鬼を泣かせたりしたのを、色々と八咫烏から聞いたぞ。」
オババ様が楽しそうに言った。
「その、鬼を泣かせたっていうのはどうかと...。」
「誠のことだろう。それで、旅は楽しんだか?」
「旅はすごく楽しかったです。伊月さんの秘密を色々と知りました。」
オババ様はニッコリ笑った。
「そうか、そうか。あやつと組むとなかなか儲かるぞ。」
「伊月さんって色んな才能があるんですね。あ、それから、オババ様の作った、あの、阿枳さんの船もすごかったです。」
「ああ、あれか。ワシはカムナリキを提供しただけだ。船の設計は阿枳がした。」
「すごいですね!」
「伊月はどこからともなく、才のある者を見つけて来るのだよ。」
私は伊月さんが領地よりも扶持よりも人材を得たいと言っていたのを思い出す。
「こっちでは、オヌシらが留守の間、内藤の調査がすすんでおるようじゃよ。」
留守にしていた間、気がかりだった内藤のこともオババ様が説明してくれた。
「内藤自身は、女の持つカムナリキが強いのか弱いのかが感じられず、オヌシがおとり捜査で捕まえた盗賊団を使って、手当たり次第に女を誘拐して、カムナリキの抽出の儀式を行っておったらしい。」
誘拐事件を捜査していた正次さんと、内藤の調査をしていた清十郎さんが、二つの事件が繋がっていることを突き止めた。
あの武術大会の日に伊月さんを狙って内藤がやって来る事も清十郎さんが知らせていた。
「誘拐した女から抽出したカムナリキを、カグツチの祠に持って行き、どのカムナリキが火の性質を持っておるのか調べておったようだ。」
「カムナリキの種類もわからずに、人を誘拐してそんなことをしていたんですか?」
「ああ。全く信じられぬ。」
「でも、どうしてわざわざカグツチの祠に? 火のカムナの玉をかざしたら、火のカムナリキかどうか分かるでしょう?」
「普通の女のカムナリキは微々たる物だ。我らのような巫女とは違うからな。ワシやオヌシが触った時のようにカムナの玉も反応せんよ。」
「なるほど。」
「カグツチの祠に行けば、巨大な火のカムナの玉が奉納してあり、わずかなカムナリキでも、それが微かに光るのだ。」
「それで、火のカムナリキを持っているってわかったら、どうするんです?」
「その女のカムナリキを抽出し続ける。監禁されて、カムナリキが翼竜を動かせるくらいになるほどに、ずっと抽出されるのだ。」
オババ様は嫌悪の表情を浮かべた。
「でも、どうやってカムナリキを抽出するんですか?」
「そのようなことはきっと誰かが考えた秘術に違いない。ワシとて聞いたことがなかった。」
オババ様も知らない秘術を知っているなんて、内藤ってどんな男なんだろう。
ただただ、黒い渦巻く気の流れを持っていることしかわからない。
ひとしきり、オババ様と内藤の事を話し合って、私は皆にお土産を渡した。
夕凪ちゃんには都で買った巻物をあげた。
恋の話が沢山載っている絵巻物だ。
その日の夜から夕凪ちゃんは夜な夜なその絵巻物を食い入るように読んでいるらしい。
オババ様には椿油と櫛だ。
髪の毛につけるとツルツルになって次の日の寝癖が押さえられると聞いた。
次の日から、心なしか、朝のオババ様の寝癖がおさまったように見えた。
それから、吉太郎、お仙さんや手習い所に来る生徒さんたちと一緒に食べたくて、
大量のまんじゅうやおせんべいやお菓子も買って来た。
手習い所では授業の合間に生徒さんたちが私の旅の話を聞きたがった。
この尽世には自動車もないし、治安も良くないし、旅費もかかるので、
普通の人にとって、旅に行くのは夢のまた夢だ。
私が話した旅の出来事は漫画部の皆が色々と脚色してアドベンチャーストーリー仕立ての漫画になっているらしい。
小雪ちゃんに、私にも漫画の試作を見せてほしいと言ったけど、一冊出来上がるまで待つように言われた。
どうやらサプライズのつもりらしい。
―― 楽しみだな。
色んなことが順調に行っているように思えたけど、やはり内藤丈之助のことは気がかりだった。
今日は、オババ様と一緒に伊月さんの屋敷に行って内藤のことを話し合うことになっている。
於の国の情勢についても話したいことがあると言っていた。
―― 於の国といえば、兵五郎さんたちは今ごろどうしてるかな。
旅行から帰ってから、伊月さんとは文を何度かやり取りしているけど、会えていない。
伊月さんは旅の間に溜まっていた仕事をこなすので忙しそうだった。
―――
オババ様と一緒に伊月さんの屋敷に行くと、源次郎さんと平八郎さんが迎えてくれた。
「那美様が都に行っていた間、内藤が吐きました。カムナリキを抽出する目的のために盗賊団を使って、女人をかどわかしていたのです。ただ、どのように抽出するのかは、なかなか吐きません。」
源次郎さんと話していると、伊月さんが部屋に入ってきた。
「オババ様、那美どの、お待たせしました。 今日は見せたいものがあります。」
そういうと、伊月さんは包みに入ったものを畳の上に置いた。
「内藤が拠点としていた所をいくつか見つけ、そこで不思議な書物を見つけました。どうやら、女人からカムナリキを抽出する方法を記した書物らしいが、読めぬ。」
オババ様が包みを開けようとすると、伊月さんが言う。
「那美どの、これを見て嫌な思いをするかもしれぬ。」
「大丈夫です。見ます。」
オババ様が私の言葉を待って、包みを開けたると、オババ様が目を見張った。
「何とも不思議な材質の紙、光沢のある不思議な色じゃな。」
私も自分の目を疑った。
「これは、アメコミ!」
「あめこみ?」
私はビックリした。
それはスーパーヒーロー物のアメリカンコミックだった。
出版年と出版社を見ると、20XX年ニューヨークのマルベール社出版と英語で書かれている。
「きっと、私の来た世から持ち込まれた物です。」
「何と!」
二人は私を見て目を見張った。
「英語という言葉で書かれています。」
「読めるか?」
「全部はわからないですけど、少しわかります。 ちょっと読んでみますね。」
それはコウモリマンというスーパーヒーローのエピソードだった。
悪の組織のリーダーがエクソシスト(悪魔祓い)に変装して、悪魔に憑りつかれた女性から悪魔を追い払うとみせかけ、その悪魔を自分の中に取り入れ、増幅させて、サタンを召喚しようとする。
それをコウモリマンガ阻止するという単純明快なストーリーだった。
ただ、そこに書かれている悪魔を取り出す儀式が詳細に描かれている。
そして、その描写が結構、暴力的でグロテスクだ。
―― 嫌な物を見るかもしれないってこのことだったんだ。
「この書物は私が来た地球で手に入る物です。アメリカという国の漫画です。しかも結構最近出版されたものです。」
「となると、内藤丈之助は異界人かもしれぬ。 それとも異界人と接触を持ってその書物を手に入れたか。」
「でも、本当にこの書物を読んでカムナリキを抽出したのでしょうか。ただの物語ですよ。」
「どうだろうか。今の所、奴の持ち物の中でそれが一番不審な物だ。女から何か取り出している絵が描いてあるのでそう思ったのだが。」
「私が内藤に会ってみてはダメでしょうか?」
これには伊月さんが難色を示して、那美どのに見せられるようなものではないが、と言った。
でも、そのまま少し考え込んだ。
オババ様が、
「那美が会う事で解決の糸口が見えてくるかもしれぬぞ。」
と、伊月さんに言った。
「嫌な物を見るかもしれぬが、いいか?」
私は大きく頷いた。
オババ様もついてきてくれると言った。