「なんか、ずるいです!」
源次郎さんが作ってくれたご飯を食べた後、伊月さんは私の手をひいて、湯殿に連れて行った。
湯殿には湯帷子が二つ用意してあった。
伊月さんのと、もう一つ、女性用の湯帷子だ。
「源次郎の好意をむげにはできぬからな。一緒に入ろう。」
と、伊月さんは言った。
「なぁに、湯帷子を着ていれば何も見えん。心配するな。」
とも言った。
「お互いが湯を浴び終わるのを待たずともよいから、時間の短縮にもなるだろう。」
などと言った。
「もう夜も更けているから、さっさと二人で入って寝る準備を始めた方がいい。」
「うぅぅぅ。わ、わかりました!」
私は観念して、一緒にお風呂に入ることを了承した。
「でも、着替える時と、体を洗う時はこっちを見ないで下さいよ?」
「わ、わかった…。」
伊月さんはシュンとした顔をした。
「そ、そんな可愛い顔をしても騙されませんから!」
「か、可愛い?」
「あ、つい。心の声が...。」
「そ、そうか... 私が那美どのの体を洗ってやっても良いのに。」
「け、結構です。」
「私の体は…」
「背中だけで良ければ流しますよ。」
「それはいいのか?」
「...はい、まあ、それくらいはいいです。」
「そうか。」
伊月さんはやけに嬉しそうな顔をした。
―― どうしよう。伊月さんが可愛い…。
伊月さんは約束通り、私が体を洗って湯帷子を着るまで、こちらを見なかった。
だから、私も約束通り、伊月さんの背中を流す。
伊月さんは筋肉隆々の背中を私に向けて、座っている。
「し、失礼します。」
泡のついたヘチマたわしで伊月さんの背中を洗い始める。
「あぁ。心地よいな。」
―― そっちはリラックスしているみたいだけど、私はドキドキだよ!
大きな背中、引き締まった腰回り、どこをどう見てもカッコいい。
私の目の前で裸になってるっていうのに、堂々としていて、目のやり場に困る。
―― 背中には傷がないんだな。
伊月さんは胸元や二の腕に切り傷みたいのがいくつかある。
背中はツルツルだ。
―― 肌もすごくきれい。って、私、何考えてるの!
ドキドキしながらも、背中を洗い、お湯をかけて、泡を流す。
「那美どのの背中も流さなくていいか?」
「い、いえ、それは遠慮しておきます。」
「そうか…。気持ちいいのに。」
「お、終わりましたから、湯帷子を着て下さい!」
―― お願い、目のやり場に困るから、早く着て。
伊月さんは言われるがままに湯帷子を着て湯舟に浸かった。
「ほら、ここに座れ。」
そして、伊月さんが自分の膝をポンポンと叩いた。
「え?」
フリーズしている私に伊月さんがたたみかけた。
「我が家の湯舟はそんなに広くないからな。他に座るところはないぞ。」
「な、何か、ず、ずるいです。」
お湯の中で、伊月さんのひざに乗れって?
私にはハードルが高すぎる。
「ほら、湯冷めするまえに、もう観念して、座れ。」
ええい。もう、なるようになれ。
「じゃ、じゃあ、失礼します。」
私はおずおずと湯舟に浸かって伊月さんの膝の上に座る。
伊月さんの腕が私のお腹に周って、顎が肩についた。
「お、重くないですか?」
「重くない」
伊月さんの低い声が私の耳元を震わせた。
「なぜ震えている。」
「それは…」
「それは?」
「伊月さんが私の耳の近くで話すから…です」
「ここがくすぐったいのか?」
チュっと水音を立てて、伊月さんは私の耳にキスをした。
「ひゃっ」
「ここはどうだ?」
次に耳たぶを優しく噛んだ。
「あっ、だ、だめです…」
「なぜだ」
そして耳の輪郭を舌先でそっと舐めた。
「あっ…やっ」
身をよじると、伊月さんは私の耳にキスをするのを止めた。
その代わりに両手で抱きすくめられ、伊月さんは私の肩に顔を埋めた。
「はぁ、那美どののその声は耳に毒だな。」
「い、伊月さんのせいじゃないですか。」
「そうか、私のせいでそのような声が出るのか。」
伊月さんがニヤリと笑った。
―― あ、伊月さんに意地悪モードのスイッチが入ってる。
「も、もしかして、こんな事をするために、一緒にお風呂に…」
「そういう下心がなかったと言えば嘘になるが、時間短縮になるのは事実だろう。」
「そ、そうですけど…。」
「それに、二人で景色を楽しみたかったのも、ある。」
「景色?」
伊月さんは一旦湯舟から出た。
それまで壁だと思っていたところは、実は大きな扉だったみたいで、伊月さんはその扉をあけ放った。
湯舟の先に、小さな、でも、手入れの行き届いた中庭が続いていて、一気に湯殿が露天風呂と化す。
「すごい! こんな造りになっていたんですか?」
「ああ。まあ、完全な露天風呂とは言えないが、半、露天だな。」
伊月さんはまた湯舟に戻ってきて、私を膝にのっけた。
「寒くない季節はこうやって庭の景色を見ながら風呂に入るんだ。なかなかいいだろう?」
「はい。すごく素敵です! あ、星が綺麗!」
月が見える位置にはなかったが、夜空に星がびっしり光っている。
「星以外の物も、もうすぐ見れる。」
伊月さんがそう言うと、庭の地面がフワっと、一瞬だけ明るく光った。
「あ、何か光ってます…」
やがて、うすい緑の光がフワリ、フワリと光って、どんどん数を増していく。
「な、なんですか?」
やがて、中庭の地面に敷き詰められた、宝石のようにキラキラ輝く光の群れは、飛んで空に舞っていく。
「わぁ。あれって、蛍ですか?」
「ああ。」
蛍はフワッと一斉に空一面に広がり、それまで、ただの何もない夜空だったところを淡く照らし出した。
「わぁ、すごい!綺麗!」
ゆらゆらと周りの景色を、照らしながら飛びまわる光の粒を目で追いながら息を飲んだ。
「蛍がこんなにきれいだなんて。」
こんなに大量の蛍を見たのは初めてだった。
テレビでしか見た事がなかった蛍を異世界で見るなんて思いもしなかった。
沢山の星が敷き詰められた空を、蛍の光が覆った。
薄っすらと青白い星の光と淡い緑の蛍の光が重なり合って視界がゆらゆらと揺れた。
私はしばらくその幻想的な光景に言葉を失って見とれていた。
「気に入ったみたいだな。」
伊月さんがフッと笑ったのが分かった。
「あ、見て下さい。あの松の木の周りにも蛍がいっぱい!」
さっきまで暗くて見えなかった中庭の松の形、空の雲の様子、全てがはっきりと光に映し出された。
「あ!」
すぐ側まで蛍の光が飛んできた。
「こっちにも来ました!」
思わず手を伸ばすと、光は私の手を避けてどこかに飛び去って行く。
「あぁ、止まってはくれませんでした。」
伊月さんが笑いながら言った。
「蛍ごときでそこまで喜ぶとは思わなかった。」
「蛍を見たの、初めてだったんです。 写真やテレビでは見たことがあったけど。」
「写真? てれび?」
「絵みたいなものです。」
「そうか。こんな小さな中庭と蛍ごときと呆れられると思ったが、良かった。」
不意に伊月さんが指先で私の首筋をツっと撫でた。
「ひゃぁ。きゅ、急に何するんですか?」
「言っただろ、下心がなかったわけではないと。」
伊月さんは、耳元でささやいて、私の首筋にチュっとキスをした。
「んっ。」
思わず肩が震えてしまう。
そして、また、伊月さんは、私を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「酒呑童子に那美どのの寝巻姿を見られたのも、この肩を触られたというのも、腸が煮えくり返りそうだったのだ。」
伊月さんは、苦しそうに言った。
「それなのに、常に女官とか武官とか家臣とかウロウロしおって、うかつに那美どのに触れられず、都では誠、苦しかった…」
私の耳元でささやきながら、伊月さんの手が私の湯帷子の襟元にもぐりこんだ。
「きゃ、あの…」
大きな手が着物の中に滑るように入ってきて、そのまま肩を撫でられた。
肩を触られただけなのに、気持ちよくて鳥肌が立った。
「あ、い、伊月さん…」
「あの悪鬼め、この肩を触っておった。絶対に許さん。」
そして、伊月さんは私のうなじにキスを落とした。
背筋までぞくぞくして、自分でもはしたないと思うように息が上がった。
伊月さんに与えられる感覚に、涙がにじんだ。
「待って…」
「蛍を見ていろ…。」
そういって、伊月さんは私を後ろから抱きしめたまま耳や首筋に舌を這わせた。
「む、無理です…。あ、あ...」
「なら、こちらを向け。」
顔を振り向かされて、さっきまで私の首筋を這っていた、伊月さんの熱い舌が口の中に入ってきた。
「うっ…ん…」
「ん...那美どの…」
伊月さんが荒い息遣いで私の名前を呼んだ。
それだけで、耳から溶けそうだった。
水音を立てながらそっと唇を離すと、さっきまで肩を撫でていた大きな手で、私の鎖骨に触れた。
「もう、ここの跡は消えたか?」
「え?」
宇の湯治場で伊月さんが付けたキスマークのことだと分かり顔が赤くなった。
「もう、ほとんど見えません。」
「また、つけたい。」
「で、でも…」
「ダメか?」
伊月さんの指先が鎖骨を撫でた。
「ダ、ダメじゃ…ないです。 でも…」
声が震えているのが自分でも分かった。
伊月さんはその後の言葉を待たずに私の体を少し自分の方に向けると、首筋にキスを落とした。
何度もチュチュと音を立てて、優しくキスをした。
そして、もう乱れている襟元をさらに押し開けて、鎖骨の少し下を吸った。
「きゃぁ、あっ。」
言い知れない感覚に私の背中がビクンとはねた。
いくつか赤い跡がつくと、伊月さんは満足したように、また私を後ろから抱きすくめた。
荒く肩で息をしている私をなだめるように、頭を撫でて、頬にキスをした。
「消えたら、またつけたい。」
「い、伊月さんは、意地悪です…」
「嫌なのか?」
「そういうの、聞くのも意地悪です。」
「那美どのが嫌なことはしたくないからだ。」
「嫌じゃないって知ってるくせに。」
「だが、何度でも嫌じゃないと聞きたい。」
「やっぱり、意地悪です…。」
蛍の景色は涙でかすんで、その後よく見えなくなった。
源次郎さんが作ってくれたご飯を食べた後、伊月さんは私の手をひいて、湯殿に連れて行った。
湯殿には湯帷子が二つ用意してあった。
伊月さんのと、もう一つ、女性用の湯帷子だ。
「源次郎の好意をむげにはできぬからな。一緒に入ろう。」
と、伊月さんは言った。
「なぁに、湯帷子を着ていれば何も見えん。心配するな。」
とも言った。
「お互いが湯を浴び終わるのを待たずともよいから、時間の短縮にもなるだろう。」
などと言った。
「もう夜も更けているから、さっさと二人で入って寝る準備を始めた方がいい。」
「うぅぅぅ。わ、わかりました!」
私は観念して、一緒にお風呂に入ることを了承した。
「でも、着替える時と、体を洗う時はこっちを見ないで下さいよ?」
「わ、わかった…。」
伊月さんはシュンとした顔をした。
「そ、そんな可愛い顔をしても騙されませんから!」
「か、可愛い?」
「あ、つい。心の声が...。」
「そ、そうか... 私が那美どのの体を洗ってやっても良いのに。」
「け、結構です。」
「私の体は…」
「背中だけで良ければ流しますよ。」
「それはいいのか?」
「...はい、まあ、それくらいはいいです。」
「そうか。」
伊月さんはやけに嬉しそうな顔をした。
―― どうしよう。伊月さんが可愛い…。
伊月さんは約束通り、私が体を洗って湯帷子を着るまで、こちらを見なかった。
だから、私も約束通り、伊月さんの背中を流す。
伊月さんは筋肉隆々の背中を私に向けて、座っている。
「し、失礼します。」
泡のついたヘチマたわしで伊月さんの背中を洗い始める。
「あぁ。心地よいな。」
―― そっちはリラックスしているみたいだけど、私はドキドキだよ!
大きな背中、引き締まった腰回り、どこをどう見てもカッコいい。
私の目の前で裸になってるっていうのに、堂々としていて、目のやり場に困る。
―― 背中には傷がないんだな。
伊月さんは胸元や二の腕に切り傷みたいのがいくつかある。
背中はツルツルだ。
―― 肌もすごくきれい。って、私、何考えてるの!
ドキドキしながらも、背中を洗い、お湯をかけて、泡を流す。
「那美どのの背中も流さなくていいか?」
「い、いえ、それは遠慮しておきます。」
「そうか…。気持ちいいのに。」
「お、終わりましたから、湯帷子を着て下さい!」
―― お願い、目のやり場に困るから、早く着て。
伊月さんは言われるがままに湯帷子を着て湯舟に浸かった。
「ほら、ここに座れ。」
そして、伊月さんが自分の膝をポンポンと叩いた。
「え?」
フリーズしている私に伊月さんがたたみかけた。
「我が家の湯舟はそんなに広くないからな。他に座るところはないぞ。」
「な、何か、ず、ずるいです。」
お湯の中で、伊月さんのひざに乗れって?
私にはハードルが高すぎる。
「ほら、湯冷めするまえに、もう観念して、座れ。」
ええい。もう、なるようになれ。
「じゃ、じゃあ、失礼します。」
私はおずおずと湯舟に浸かって伊月さんの膝の上に座る。
伊月さんの腕が私のお腹に周って、顎が肩についた。
「お、重くないですか?」
「重くない」
伊月さんの低い声が私の耳元を震わせた。
「なぜ震えている。」
「それは…」
「それは?」
「伊月さんが私の耳の近くで話すから…です」
「ここがくすぐったいのか?」
チュっと水音を立てて、伊月さんは私の耳にキスをした。
「ひゃっ」
「ここはどうだ?」
次に耳たぶを優しく噛んだ。
「あっ、だ、だめです…」
「なぜだ」
そして耳の輪郭を舌先でそっと舐めた。
「あっ…やっ」
身をよじると、伊月さんは私の耳にキスをするのを止めた。
その代わりに両手で抱きすくめられ、伊月さんは私の肩に顔を埋めた。
「はぁ、那美どののその声は耳に毒だな。」
「い、伊月さんのせいじゃないですか。」
「そうか、私のせいでそのような声が出るのか。」
伊月さんがニヤリと笑った。
―― あ、伊月さんに意地悪モードのスイッチが入ってる。
「も、もしかして、こんな事をするために、一緒にお風呂に…」
「そういう下心がなかったと言えば嘘になるが、時間短縮になるのは事実だろう。」
「そ、そうですけど…。」
「それに、二人で景色を楽しみたかったのも、ある。」
「景色?」
伊月さんは一旦湯舟から出た。
それまで壁だと思っていたところは、実は大きな扉だったみたいで、伊月さんはその扉をあけ放った。
湯舟の先に、小さな、でも、手入れの行き届いた中庭が続いていて、一気に湯殿が露天風呂と化す。
「すごい! こんな造りになっていたんですか?」
「ああ。まあ、完全な露天風呂とは言えないが、半、露天だな。」
伊月さんはまた湯舟に戻ってきて、私を膝にのっけた。
「寒くない季節はこうやって庭の景色を見ながら風呂に入るんだ。なかなかいいだろう?」
「はい。すごく素敵です! あ、星が綺麗!」
月が見える位置にはなかったが、夜空に星がびっしり光っている。
「星以外の物も、もうすぐ見れる。」
伊月さんがそう言うと、庭の地面がフワっと、一瞬だけ明るく光った。
「あ、何か光ってます…」
やがて、うすい緑の光がフワリ、フワリと光って、どんどん数を増していく。
「な、なんですか?」
やがて、中庭の地面に敷き詰められた、宝石のようにキラキラ輝く光の群れは、飛んで空に舞っていく。
「わぁ。あれって、蛍ですか?」
「ああ。」
蛍はフワッと一斉に空一面に広がり、それまで、ただの何もない夜空だったところを淡く照らし出した。
「わぁ、すごい!綺麗!」
ゆらゆらと周りの景色を、照らしながら飛びまわる光の粒を目で追いながら息を飲んだ。
「蛍がこんなにきれいだなんて。」
こんなに大量の蛍を見たのは初めてだった。
テレビでしか見た事がなかった蛍を異世界で見るなんて思いもしなかった。
沢山の星が敷き詰められた空を、蛍の光が覆った。
薄っすらと青白い星の光と淡い緑の蛍の光が重なり合って視界がゆらゆらと揺れた。
私はしばらくその幻想的な光景に言葉を失って見とれていた。
「気に入ったみたいだな。」
伊月さんがフッと笑ったのが分かった。
「あ、見て下さい。あの松の木の周りにも蛍がいっぱい!」
さっきまで暗くて見えなかった中庭の松の形、空の雲の様子、全てがはっきりと光に映し出された。
「あ!」
すぐ側まで蛍の光が飛んできた。
「こっちにも来ました!」
思わず手を伸ばすと、光は私の手を避けてどこかに飛び去って行く。
「あぁ、止まってはくれませんでした。」
伊月さんが笑いながら言った。
「蛍ごときでそこまで喜ぶとは思わなかった。」
「蛍を見たの、初めてだったんです。 写真やテレビでは見たことがあったけど。」
「写真? てれび?」
「絵みたいなものです。」
「そうか。こんな小さな中庭と蛍ごときと呆れられると思ったが、良かった。」
不意に伊月さんが指先で私の首筋をツっと撫でた。
「ひゃぁ。きゅ、急に何するんですか?」
「言っただろ、下心がなかったわけではないと。」
伊月さんは、耳元でささやいて、私の首筋にチュっとキスをした。
「んっ。」
思わず肩が震えてしまう。
そして、また、伊月さんは、私を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「酒呑童子に那美どのの寝巻姿を見られたのも、この肩を触られたというのも、腸が煮えくり返りそうだったのだ。」
伊月さんは、苦しそうに言った。
「それなのに、常に女官とか武官とか家臣とかウロウロしおって、うかつに那美どのに触れられず、都では誠、苦しかった…」
私の耳元でささやきながら、伊月さんの手が私の湯帷子の襟元にもぐりこんだ。
「きゃ、あの…」
大きな手が着物の中に滑るように入ってきて、そのまま肩を撫でられた。
肩を触られただけなのに、気持ちよくて鳥肌が立った。
「あ、い、伊月さん…」
「あの悪鬼め、この肩を触っておった。絶対に許さん。」
そして、伊月さんは私のうなじにキスを落とした。
背筋までぞくぞくして、自分でもはしたないと思うように息が上がった。
伊月さんに与えられる感覚に、涙がにじんだ。
「待って…」
「蛍を見ていろ…。」
そういって、伊月さんは私を後ろから抱きしめたまま耳や首筋に舌を這わせた。
「む、無理です…。あ、あ...」
「なら、こちらを向け。」
顔を振り向かされて、さっきまで私の首筋を這っていた、伊月さんの熱い舌が口の中に入ってきた。
「うっ…ん…」
「ん...那美どの…」
伊月さんが荒い息遣いで私の名前を呼んだ。
それだけで、耳から溶けそうだった。
水音を立てながらそっと唇を離すと、さっきまで肩を撫でていた大きな手で、私の鎖骨に触れた。
「もう、ここの跡は消えたか?」
「え?」
宇の湯治場で伊月さんが付けたキスマークのことだと分かり顔が赤くなった。
「もう、ほとんど見えません。」
「また、つけたい。」
「で、でも…」
「ダメか?」
伊月さんの指先が鎖骨を撫でた。
「ダ、ダメじゃ…ないです。 でも…」
声が震えているのが自分でも分かった。
伊月さんはその後の言葉を待たずに私の体を少し自分の方に向けると、首筋にキスを落とした。
何度もチュチュと音を立てて、優しくキスをした。
そして、もう乱れている襟元をさらに押し開けて、鎖骨の少し下を吸った。
「きゃぁ、あっ。」
言い知れない感覚に私の背中がビクンとはねた。
いくつか赤い跡がつくと、伊月さんは満足したように、また私を後ろから抱きすくめた。
荒く肩で息をしている私をなだめるように、頭を撫でて、頬にキスをした。
「消えたら、またつけたい。」
「い、伊月さんは、意地悪です…」
「嫌なのか?」
「そういうの、聞くのも意地悪です。」
「那美どのが嫌なことはしたくないからだ。」
「嫌じゃないって知ってるくせに。」
「だが、何度でも嫌じゃないと聞きたい。」
「やっぱり、意地悪です…。」
蛍の景色は涙でかすんで、その後よく見えなくなった。