私の部屋の外では、女官たちの足音と、悲鳴と、話し声がどんどん大きくなっていく。
「そろそろ逃げた方がいいんじゃないですか?」
「俺と一緒に来ないか? 俺の屋敷で酒の相手をしろよ。」
そして、また酒呑童子は私の肩を抱いた。
―― この、エロおやじ!
「那美どの!」
その時、部屋の扉を勢いよく開け放って伊月さんが飛び込んできた。
ちょうど私が、カムナリキを放出して、バチン!と、雷の気で酒呑童子の手を払った。時だった
「いってー! 何したんだ?」
酒呑童子が私から離した手をフリフリしている。
伊月さんは刀を抜いたまま走りこんで来て、私を自分の背中に隠した。
そのまま酒呑童子に対峙した。
「伊月さん、大丈夫です。危ない鬼じゃないです。」
「しかし、こんな夜更けに、そなたの部屋に入り込んでいる。」
伊月さんはそのまま酒呑童子を睨み据えている。
「ちっ。無理矢理でも攫って行こうと思ったが、お前は女のくせに強いなぁ。」
酒呑童子がそう言った瞬間、伊月さんが刀を振り上げた。
「だ、大丈夫です。お願いします。斬らないで下さい。」
私は思わず伊月さんの着物の袖を引っ張った。
「…。」
伊月さんは無言で刀を止める。
すると、バタバタと足音が聞こえて他の護衛隊の人たちも部屋に入って酒呑童子を取り囲んだ。
「けっ、面倒になったな。」
そして遅れて宮廷の武官も私の部屋を包囲する。
酒呑童子はゴンッと、持っていた金棒を床に叩きつけた。
「また会いに来る、那美。」
その瞬間、その体の周りに煙が出ると同時に、酒呑童子の姿が消えた。
「那美どの、怪我は?」
伊月さんはさっと刀を鞘に戻し、私の方を振り向いた。
「怪我はないです。大丈夫です。」
伊月さんは私の姿を見て、一瞬目を見開いた。
―― え?
そしてすぐに周りを見回し、布団を引っ張って来て、私を布団でぐるぐる巻きにした。
―― な、なに? どうして?
私が事情を聞く前に、伊月さんは声を大きくした。
「一体ここの警備はどうなっている!」
伊月さんが宮廷の武官達に怒号を浴びせるも、官人たちは、ただ、あたふたとしている。
「我ら一隊が交代で見張りをする!我らの寝所をこちらの宮に移してもらう!」
宮廷のしきたりも無視して、伊月さんが言うと、女官も武官もそれに従い、護衛隊のための寝所を私の部屋の近くに用意し始めた。
伊月さんは自分の家臣たちに部屋の周りで待機するように命じた。
「清十郎! 那美どののお側にいろ!」
「は。」
そういうと、伊月さんは建物を歩き回り、武官長に警護の甘いところを指摘して回った。
建物の全体を見て、見張りの武官たちの配置を変えさせた。
そして見回りのスケジュールを確認して、もっと見回る時間の間隔をランダムにすることなどを言いつけている。
あやかしを避けるための結界が弱いところも見つけ出し、対策を講じた。
「いいか、ネズミ一匹寄せ付けるな!」
「は!」
いつの間にか宮廷の武官たちまでもが伊月さんに従っている。
―― すごい。どこに行ってもリーダーシップを発揮してるな。
感心して見守っていたのだけど、あまりに不思議なことがあって、清十郎さんに聞いてみる。
「あの、清十郎さん、私、なんで簀巻き状態になってるんでしょうか?」
「那美様の寝間着姿を他の者の目から隠すため、主のご配慮でしょう。」
「あのう、すごく蒸し暑いんですが...」
「すみません、もう少しご辛抱下さい。」
建物の点検を終えて、伊月さんが私の所に戻って来てくれた。
そして、私の目の前に座り、そのまま、がばっと頭を下げた。
「私がついていながら、この失態だ。誠にすまない。許せ。この通りだ。」
「や、止めて下さい! 謝らないで下さい。」
私は伊月さんの手を握りたかったけど簀巻き状態になっているので文字通り、手も足も出ない。
「あの、この布団、取ってもらえませんか? すごく暑くて…」
伊月さんが清十郎さんに目配せすると、清十郎さんはさっと部屋から出て欄間にかかっていた御簾を下ろした。
「誠にすまんが、今夜はこの部屋のふすまも、扉も、障子も開け放ったままにさせてほしい。御簾を下しておくだけだ。いいか?」
「はい。大丈夫です。私もその方が安心です。」
全ての御簾が下ろされて、周りから視界が遮られたのを確認し、部屋の中に二人きりになったのを確認すると、伊月さんが、私をぐるぐる巻きにしていた布団を取ってくれた。
「ふわー、あ、暑かったぁ。」
私は思わず襟元を少し開けて、ひらひらと手で風を送った。
伊月さんはその様子を見て、青ざめたような顔で固まっている。
―― あ、はしたなかったかな。
私は慌てて居住まいをただした。
「あの、一番に駆けつけてくれてありがとうございます。」
伊月さんは、ハッとしたように私と目を合わせて、すぐに目をそらした。
―― な、何?
「肝を冷やした。まさか宮廷の警備がこんなに甘いとは…。」
そのまま私と目を合わせない伊月さんを訝しく思った。
「那美どの、何があったか、全て話してくれぬか?」
「えっと、あの鬼、ただの酔っ払いエロおやじでした。」
「えろ、とは何だ?」
「えっと、ちょっと、やらしいっていうか、すけべっていうか…」
「や、やはり何かされたのか?」
その時、やっと伊月さんが私の目を見てバッと両肩を掴んだ。
「何もされてないですけど…」
「こ、ここに触れていたのを見た!あの悪鬼めが那美どのの肩を!」
伊月さんは私の肩を何度もさすった。
「落ち着いて下さい。それ以外は特に何も…」
私は酒呑童子とのやり取りを全て話した。
「あの、エロ酒呑童子め!那美どのに酒の相手をさせようなどと、遊び女のように扱いおって!許さん!」
「お、落ち着いて下さい。でも言葉の使い方は合ってます。」
「もしかして、こ、こ、これもそうなのか?」
伊月さんはツッと私の鎖骨を触った。
「へ?」
伊月さんは怒りに震え、酒呑童子もびっくりの鬼の形相で、声を絞り出すように言う。
「この跡も…」
―― あっ
私は、着物の襟元をきゅっと閉めた。
それはキスマークだった。
さっき暑くて襟を緩めちゃって見えたんだ。
「違います! これは…」
私は、御簾の向こう側にまだ人がいるのを考慮して、伊月さんの耳元で囁いた。
「これは昨日、宇の湯殿で伊月さんがつけたんじゃないですか!」
「あ…」
伊月さんは、しまったというような顔をして、シュンとした。
「忘れるなんて、酷いです。」
私が伊月さんをにらみつけると、伊月さんの顔がどんどん赤くなった。
「す、すまん。つい頭に血が登って…。」
伊月さんは小声で言うと、私の髪に挿した桔梗の髪飾りをそっと触った。
「それは...」
「これは…」
私は、もう一度、伊月さんの耳元で囁いた。
「伊月さん何してるかなって、ずっとずっと考えてたら寝られなくて…。お休みなさいも言えなかったから。だから、こうやって、もらった髪飾りを挿して、伊月さんのこと思い出してたら寂しくなくなるかなって...」
「な…」
「そんなことしてたら鬼が来たんです。」
恥ずかしいけれど、本当の事を言った。
「髪飾り、ありがとうございました。すごく、嬉しいです。」
馬鹿なことをしてって笑ってくれるかと思ったんだけど、伊月さんはギュッと両方の拳を握りしめて、小刻みに肩を震わせている。
「あの…?」
「に、似合っている…」
伊月小刻みに肩を震わせながら、小声でささやいた。
―― この反応は何なの?
「あ、それに、これがなかったら、カムナリキが使えなくて、攫われていたかもしれません。」
「な、何?」
「寝ようと思ってたので、あの、カムナの玉のついた数珠を手元に持ってなかったんです。でも、この髪飾りのお陰でカムナリキが使えました。」
伊月さんはまだギュッと両方の拳を握りしめて、小刻みに肩を震わせている。
そのまま、ふうううううと長い息を吐いた。
「今宵は、もう心配ないので、ゆっくり休め!」
伊月さんは急に大きい声を出して、スクっと立ち上がり、私に背中を見せて歩き出した。
一瞬だけ御簾をガバっと開けて外に出て、またガバっと御簾を下ろした。
そのまま皆と一緒に見張りをするつもりらしく、廊下に座り込んだみたいだった。
私は、伊月さんの反応を訝しがりながらも、布団に横になった。
―― 寝られるかな?
と思ったけど、伊月さんや皆が近くにいるからか、安心感があった。
―― 伊月さんにはちゃんとお布団で寝てほしいのにな。
そう思いながらも、すぐに眠りに落ちてしまった。
「そろそろ逃げた方がいいんじゃないですか?」
「俺と一緒に来ないか? 俺の屋敷で酒の相手をしろよ。」
そして、また酒呑童子は私の肩を抱いた。
―― この、エロおやじ!
「那美どの!」
その時、部屋の扉を勢いよく開け放って伊月さんが飛び込んできた。
ちょうど私が、カムナリキを放出して、バチン!と、雷の気で酒呑童子の手を払った。時だった
「いってー! 何したんだ?」
酒呑童子が私から離した手をフリフリしている。
伊月さんは刀を抜いたまま走りこんで来て、私を自分の背中に隠した。
そのまま酒呑童子に対峙した。
「伊月さん、大丈夫です。危ない鬼じゃないです。」
「しかし、こんな夜更けに、そなたの部屋に入り込んでいる。」
伊月さんはそのまま酒呑童子を睨み据えている。
「ちっ。無理矢理でも攫って行こうと思ったが、お前は女のくせに強いなぁ。」
酒呑童子がそう言った瞬間、伊月さんが刀を振り上げた。
「だ、大丈夫です。お願いします。斬らないで下さい。」
私は思わず伊月さんの着物の袖を引っ張った。
「…。」
伊月さんは無言で刀を止める。
すると、バタバタと足音が聞こえて他の護衛隊の人たちも部屋に入って酒呑童子を取り囲んだ。
「けっ、面倒になったな。」
そして遅れて宮廷の武官も私の部屋を包囲する。
酒呑童子はゴンッと、持っていた金棒を床に叩きつけた。
「また会いに来る、那美。」
その瞬間、その体の周りに煙が出ると同時に、酒呑童子の姿が消えた。
「那美どの、怪我は?」
伊月さんはさっと刀を鞘に戻し、私の方を振り向いた。
「怪我はないです。大丈夫です。」
伊月さんは私の姿を見て、一瞬目を見開いた。
―― え?
そしてすぐに周りを見回し、布団を引っ張って来て、私を布団でぐるぐる巻きにした。
―― な、なに? どうして?
私が事情を聞く前に、伊月さんは声を大きくした。
「一体ここの警備はどうなっている!」
伊月さんが宮廷の武官達に怒号を浴びせるも、官人たちは、ただ、あたふたとしている。
「我ら一隊が交代で見張りをする!我らの寝所をこちらの宮に移してもらう!」
宮廷のしきたりも無視して、伊月さんが言うと、女官も武官もそれに従い、護衛隊のための寝所を私の部屋の近くに用意し始めた。
伊月さんは自分の家臣たちに部屋の周りで待機するように命じた。
「清十郎! 那美どののお側にいろ!」
「は。」
そういうと、伊月さんは建物を歩き回り、武官長に警護の甘いところを指摘して回った。
建物の全体を見て、見張りの武官たちの配置を変えさせた。
そして見回りのスケジュールを確認して、もっと見回る時間の間隔をランダムにすることなどを言いつけている。
あやかしを避けるための結界が弱いところも見つけ出し、対策を講じた。
「いいか、ネズミ一匹寄せ付けるな!」
「は!」
いつの間にか宮廷の武官たちまでもが伊月さんに従っている。
―― すごい。どこに行ってもリーダーシップを発揮してるな。
感心して見守っていたのだけど、あまりに不思議なことがあって、清十郎さんに聞いてみる。
「あの、清十郎さん、私、なんで簀巻き状態になってるんでしょうか?」
「那美様の寝間着姿を他の者の目から隠すため、主のご配慮でしょう。」
「あのう、すごく蒸し暑いんですが...」
「すみません、もう少しご辛抱下さい。」
建物の点検を終えて、伊月さんが私の所に戻って来てくれた。
そして、私の目の前に座り、そのまま、がばっと頭を下げた。
「私がついていながら、この失態だ。誠にすまない。許せ。この通りだ。」
「や、止めて下さい! 謝らないで下さい。」
私は伊月さんの手を握りたかったけど簀巻き状態になっているので文字通り、手も足も出ない。
「あの、この布団、取ってもらえませんか? すごく暑くて…」
伊月さんが清十郎さんに目配せすると、清十郎さんはさっと部屋から出て欄間にかかっていた御簾を下ろした。
「誠にすまんが、今夜はこの部屋のふすまも、扉も、障子も開け放ったままにさせてほしい。御簾を下しておくだけだ。いいか?」
「はい。大丈夫です。私もその方が安心です。」
全ての御簾が下ろされて、周りから視界が遮られたのを確認し、部屋の中に二人きりになったのを確認すると、伊月さんが、私をぐるぐる巻きにしていた布団を取ってくれた。
「ふわー、あ、暑かったぁ。」
私は思わず襟元を少し開けて、ひらひらと手で風を送った。
伊月さんはその様子を見て、青ざめたような顔で固まっている。
―― あ、はしたなかったかな。
私は慌てて居住まいをただした。
「あの、一番に駆けつけてくれてありがとうございます。」
伊月さんは、ハッとしたように私と目を合わせて、すぐに目をそらした。
―― な、何?
「肝を冷やした。まさか宮廷の警備がこんなに甘いとは…。」
そのまま私と目を合わせない伊月さんを訝しく思った。
「那美どの、何があったか、全て話してくれぬか?」
「えっと、あの鬼、ただの酔っ払いエロおやじでした。」
「えろ、とは何だ?」
「えっと、ちょっと、やらしいっていうか、すけべっていうか…」
「や、やはり何かされたのか?」
その時、やっと伊月さんが私の目を見てバッと両肩を掴んだ。
「何もされてないですけど…」
「こ、ここに触れていたのを見た!あの悪鬼めが那美どのの肩を!」
伊月さんは私の肩を何度もさすった。
「落ち着いて下さい。それ以外は特に何も…」
私は酒呑童子とのやり取りを全て話した。
「あの、エロ酒呑童子め!那美どのに酒の相手をさせようなどと、遊び女のように扱いおって!許さん!」
「お、落ち着いて下さい。でも言葉の使い方は合ってます。」
「もしかして、こ、こ、これもそうなのか?」
伊月さんはツッと私の鎖骨を触った。
「へ?」
伊月さんは怒りに震え、酒呑童子もびっくりの鬼の形相で、声を絞り出すように言う。
「この跡も…」
―― あっ
私は、着物の襟元をきゅっと閉めた。
それはキスマークだった。
さっき暑くて襟を緩めちゃって見えたんだ。
「違います! これは…」
私は、御簾の向こう側にまだ人がいるのを考慮して、伊月さんの耳元で囁いた。
「これは昨日、宇の湯殿で伊月さんがつけたんじゃないですか!」
「あ…」
伊月さんは、しまったというような顔をして、シュンとした。
「忘れるなんて、酷いです。」
私が伊月さんをにらみつけると、伊月さんの顔がどんどん赤くなった。
「す、すまん。つい頭に血が登って…。」
伊月さんは小声で言うと、私の髪に挿した桔梗の髪飾りをそっと触った。
「それは...」
「これは…」
私は、もう一度、伊月さんの耳元で囁いた。
「伊月さん何してるかなって、ずっとずっと考えてたら寝られなくて…。お休みなさいも言えなかったから。だから、こうやって、もらった髪飾りを挿して、伊月さんのこと思い出してたら寂しくなくなるかなって...」
「な…」
「そんなことしてたら鬼が来たんです。」
恥ずかしいけれど、本当の事を言った。
「髪飾り、ありがとうございました。すごく、嬉しいです。」
馬鹿なことをしてって笑ってくれるかと思ったんだけど、伊月さんはギュッと両方の拳を握りしめて、小刻みに肩を震わせている。
「あの…?」
「に、似合っている…」
伊月小刻みに肩を震わせながら、小声でささやいた。
―― この反応は何なの?
「あ、それに、これがなかったら、カムナリキが使えなくて、攫われていたかもしれません。」
「な、何?」
「寝ようと思ってたので、あの、カムナの玉のついた数珠を手元に持ってなかったんです。でも、この髪飾りのお陰でカムナリキが使えました。」
伊月さんはまだギュッと両方の拳を握りしめて、小刻みに肩を震わせている。
そのまま、ふうううううと長い息を吐いた。
「今宵は、もう心配ないので、ゆっくり休め!」
伊月さんは急に大きい声を出して、スクっと立ち上がり、私に背中を見せて歩き出した。
一瞬だけ御簾をガバっと開けて外に出て、またガバっと御簾を下ろした。
そのまま皆と一緒に見張りをするつもりらしく、廊下に座り込んだみたいだった。
私は、伊月さんの反応を訝しがりながらも、布団に横になった。
―― 寝られるかな?
と思ったけど、伊月さんや皆が近くにいるからか、安心感があった。
―― 伊月さんにはちゃんとお布団で寝てほしいのにな。
そう思いながらも、すぐに眠りに落ちてしまった。