旅が始まって四日目の夜、私達の一行は都に入った。
結構遅い時間だったけれど、市中の家には、まばらに灯りがともっている。
なんとか、まだ市中の人々が起きている時間帯には迎賓宮に入ることができた。
―― 都はすごく蒸し暑いな。
到着するとすぐに迎賓宮の女官たちが私を部屋に案内し、武官たちが伊月さんたち一隊を別の建物に案内しようとした。
これには伊月さんが抗議した。
「護衛隊を那美どのから引き離す理由は何か?」と、説明を求めた。
「宮廷のしきたりに則り、全ての宮は女用の建物と男用の建物に分かれております。女用の建物には警護の武官以外の男は入れないことになっています。どうぞご理解を。」
納得のいかなさそうな顔をしながらも、宮廷の決まりごとです、と念を押され、伊月さんたち護衛隊は別の建物に案内されて行った。
この何日か、ずっと伊月さんの近くにいたからか、お休みなさいも言えないまま伊月さんの姿が見えなくなって寂しくなる。
部屋に通されると、女官たちが荷ほどきから、食事から、湯あみまで手際よく手伝ってくれた。
ふかふかの布団も用意されてた。
「明日は東三条様が皆様をご案内されるそうです。明後日には帝への拝謁がかないます。」
「そうなんですね。明日は東三条さんがいらっしゃるのは何時ごろになりそうですか?」
「昼過ぎにとおっしゃっておいででした。」
女官が教えてくれる。
―― 昼すぎならまだ少し時間に余裕があるな。
私は少し夜更かしして、文を書くことにした。
荷物の中から筆記具を出して、オババ様、夕凪ちゃん、お仙さんに文を書き始める。
―― タカオ山を出発してまだ四日しか経ってないけど、もう、皆に会いたいな。
向日葵畑の化けダヌキのこと、ミノワ稲荷のお祭りのこと、山賊のこと、温泉に入ったこと、隊のみんなの様子なんかを書いて封にしまった。
―― よし、明日、女官たちにお願いして、文を出そう。
私は布団にもぐりこんだ。
でも、眠気はやってこない。
―― 伊月さん、どうしてるかな? 皆、ご飯食べたかな?
今まで皆でワイワイ食事して、寝るときも誰かが側にいて、一緒に行動していたのに、急に一人になって、周りに人はいるけどお世話されるばかりで、話し相手がいなくなって、寂しくなった。
これが三日間続くのかな、と思うと少し気が落ち込む。
私は布団から出て、自分の荷物の中から、今朝、仲居さんから受け取った贈り物の髪飾りを取り出した。
―― かわいい。
私は鏡の前に行って、雪洞の灯りの下で、そっとその髪飾りをさしてみた。
朝早くから宿を出て、これを用意してくれてたなんて、嬉しい。
伊月さんには色々ともらってばかりだ。
何かお返ししたいけど、伊月さんのシンプルな部屋を思い出す。
伊月さんはいらない物を持つのを嫌うタイプな気がする。
―― 伊月さん、もう寝たかな。
私はいよいよ伊月さんのことが恋しくなって、もう一度文机に行き、文を書き始めた。
伊月さんへ、と筆を走らせた瞬間、私の後ろに誰かの気配がした。
「恋文でも書いているのか?」
重低音の男の人の声がして、慌てて振り向く。
薄暗くてよく見えないけど、部屋の柱に寄りかかっている背が高くて、がたいがいい人がいる。
「だ、誰?」
その人はどすん、どすん、と足音を立てて私に近づいてくる。
男の目が暗がりの中でも金色に光っているのが分かった。
「こ、来ないで! それ以上近づくと、痛い目に合わせますよ!」
私はとっさにカムナリキを放とうと、懐の数珠に手を伸ばした。
―― あ!
数珠が手元にないことに気づいた。
もう寝る準備をしていたので、数珠は枕元に置いていた。
―― どうしよう。ここからじゃ、届かない!
私の抗議を無視して、男はドカンと私の横に腰を下した。
私はその人を見て驚いた。
「お、鬼?」
私の隣に陣取った鬼はニヤリと笑って私の顔を覗き込んだ。
「ああ、鬼だ。私が恐ろしいか?」
確かに怖い。
今まで色んなあやかしを見てきたけど、見た目がダントツで怖い。
額の両側から突き出た二つの曲がった角、赤くて硬そうな皮膚に、大きな体、口の中に収まらない犬歯。
長く伸びた鉤爪に、伸びきった髪、そして、大きな金棒まで担いでいる。
―― 怖いけど、危害を加える気がないのなら、怖がらなくてもいい。
前にオババ様が私に教えたことを反芻した。
どんなあやかしを見ても見た目で判断しないこと。
「正直、見た目はその、怖いですけど、こんな夜中に、用事はなんですか?」
私の反応を見て、鬼がビックリしたような顔をした。
「泣き叫ばぬのか?」
―― 見た目が怖いからって泣き叫ばれたら傷つくよね...
源次郎さんが言ってたけど、以前、伊月さんが、ころんだ子供を抱き起したことがあって、その子を助けたにも関わらず、泣き叫ばれて逃げられたことがあるらしい。
うん、見た目で判断、だめ。
―― それに、今気づいたけど、私ってば、雷石、持ってるじゃない!
伊月さんがくれた髪飾りに雷石がはまっていることを思い出した。
「私に危害を加えるのなら、あなたを泣き叫ばせますよ。」
私は丹田に自分のカムナリキを溜め、自分の周りに雷の気をまとわせた。
「なっ、この俺を脅すのか?」
「夜中に女性の寝室に無断でずかずか入り込んで、ただで済むと思ってるんですか?」
鬼は私の顔をまじまじと見つめた。
殺したりするつもりなら、もうとっくにそうしているはず。
「俺の名は酒呑童子だ。お前の名は?」
「え?あなたが酒呑童子?鬼の頭領の?」
ラノベやマンガやゲームでは妖艶な美男子に描かれる酒呑童子が、典型的な赤鬼の姿でビックリした。
「私は那美です。それで、用事は何ですか。」
「酒を飲まぬか?」
「へ?」
「酒の相手が欲しい。」
「私、明日、大切な用があるから、お酒は遠慮します。」
「頼む、一杯だけ、付き合え。」
「どうして私なの?」
「俺は酒と女が好きだ。」
「いや、そんなドヤ顔で言われても… ここはスナックじゃないんだから!」
「すなっく?? とにかく、ここから、いかにも美味そうな女の匂いがしてな。」
「その美味そうな匂いって何ですか?八咫烏さんからも同じことを言われました。」
「や、八咫烏を知っておるのか? もしや、お前、あいつの女か?」
なぜか酒呑童子が一瞬ひるんだ。
「八咫烏さんの女なんかじゃありません。」
酒呑童子はそれを聞いてどこかホッとした顔をした。
―― 八咫烏さんと何かあるのかな?
「とにかく、一杯付き合え。俺はお前のような女が好みだ。」
そういって、酒呑童子は私の肩をすっと抱いた。
「ちょ、触らないで下さい!」
パチンッ、と酒呑童子の手を払う。
そこに、外から女官の声がした。
「那美様、どうかなされましたか? 入りますよ。」
そして、部屋に入った瞬間、酒呑童子を見て、女官は悲鳴を上げた。
女官は転がるように部屋から逃げていき、部屋の周りが騒然となった。
まさに泣き叫んでいる。
そんな女官を見る酒呑童子の横顔が少しだけ悲しそうだった。
結構遅い時間だったけれど、市中の家には、まばらに灯りがともっている。
なんとか、まだ市中の人々が起きている時間帯には迎賓宮に入ることができた。
―― 都はすごく蒸し暑いな。
到着するとすぐに迎賓宮の女官たちが私を部屋に案内し、武官たちが伊月さんたち一隊を別の建物に案内しようとした。
これには伊月さんが抗議した。
「護衛隊を那美どのから引き離す理由は何か?」と、説明を求めた。
「宮廷のしきたりに則り、全ての宮は女用の建物と男用の建物に分かれております。女用の建物には警護の武官以外の男は入れないことになっています。どうぞご理解を。」
納得のいかなさそうな顔をしながらも、宮廷の決まりごとです、と念を押され、伊月さんたち護衛隊は別の建物に案内されて行った。
この何日か、ずっと伊月さんの近くにいたからか、お休みなさいも言えないまま伊月さんの姿が見えなくなって寂しくなる。
部屋に通されると、女官たちが荷ほどきから、食事から、湯あみまで手際よく手伝ってくれた。
ふかふかの布団も用意されてた。
「明日は東三条様が皆様をご案内されるそうです。明後日には帝への拝謁がかないます。」
「そうなんですね。明日は東三条さんがいらっしゃるのは何時ごろになりそうですか?」
「昼過ぎにとおっしゃっておいででした。」
女官が教えてくれる。
―― 昼すぎならまだ少し時間に余裕があるな。
私は少し夜更かしして、文を書くことにした。
荷物の中から筆記具を出して、オババ様、夕凪ちゃん、お仙さんに文を書き始める。
―― タカオ山を出発してまだ四日しか経ってないけど、もう、皆に会いたいな。
向日葵畑の化けダヌキのこと、ミノワ稲荷のお祭りのこと、山賊のこと、温泉に入ったこと、隊のみんなの様子なんかを書いて封にしまった。
―― よし、明日、女官たちにお願いして、文を出そう。
私は布団にもぐりこんだ。
でも、眠気はやってこない。
―― 伊月さん、どうしてるかな? 皆、ご飯食べたかな?
今まで皆でワイワイ食事して、寝るときも誰かが側にいて、一緒に行動していたのに、急に一人になって、周りに人はいるけどお世話されるばかりで、話し相手がいなくなって、寂しくなった。
これが三日間続くのかな、と思うと少し気が落ち込む。
私は布団から出て、自分の荷物の中から、今朝、仲居さんから受け取った贈り物の髪飾りを取り出した。
―― かわいい。
私は鏡の前に行って、雪洞の灯りの下で、そっとその髪飾りをさしてみた。
朝早くから宿を出て、これを用意してくれてたなんて、嬉しい。
伊月さんには色々ともらってばかりだ。
何かお返ししたいけど、伊月さんのシンプルな部屋を思い出す。
伊月さんはいらない物を持つのを嫌うタイプな気がする。
―― 伊月さん、もう寝たかな。
私はいよいよ伊月さんのことが恋しくなって、もう一度文机に行き、文を書き始めた。
伊月さんへ、と筆を走らせた瞬間、私の後ろに誰かの気配がした。
「恋文でも書いているのか?」
重低音の男の人の声がして、慌てて振り向く。
薄暗くてよく見えないけど、部屋の柱に寄りかかっている背が高くて、がたいがいい人がいる。
「だ、誰?」
その人はどすん、どすん、と足音を立てて私に近づいてくる。
男の目が暗がりの中でも金色に光っているのが分かった。
「こ、来ないで! それ以上近づくと、痛い目に合わせますよ!」
私はとっさにカムナリキを放とうと、懐の数珠に手を伸ばした。
―― あ!
数珠が手元にないことに気づいた。
もう寝る準備をしていたので、数珠は枕元に置いていた。
―― どうしよう。ここからじゃ、届かない!
私の抗議を無視して、男はドカンと私の横に腰を下した。
私はその人を見て驚いた。
「お、鬼?」
私の隣に陣取った鬼はニヤリと笑って私の顔を覗き込んだ。
「ああ、鬼だ。私が恐ろしいか?」
確かに怖い。
今まで色んなあやかしを見てきたけど、見た目がダントツで怖い。
額の両側から突き出た二つの曲がった角、赤くて硬そうな皮膚に、大きな体、口の中に収まらない犬歯。
長く伸びた鉤爪に、伸びきった髪、そして、大きな金棒まで担いでいる。
―― 怖いけど、危害を加える気がないのなら、怖がらなくてもいい。
前にオババ様が私に教えたことを反芻した。
どんなあやかしを見ても見た目で判断しないこと。
「正直、見た目はその、怖いですけど、こんな夜中に、用事はなんですか?」
私の反応を見て、鬼がビックリしたような顔をした。
「泣き叫ばぬのか?」
―― 見た目が怖いからって泣き叫ばれたら傷つくよね...
源次郎さんが言ってたけど、以前、伊月さんが、ころんだ子供を抱き起したことがあって、その子を助けたにも関わらず、泣き叫ばれて逃げられたことがあるらしい。
うん、見た目で判断、だめ。
―― それに、今気づいたけど、私ってば、雷石、持ってるじゃない!
伊月さんがくれた髪飾りに雷石がはまっていることを思い出した。
「私に危害を加えるのなら、あなたを泣き叫ばせますよ。」
私は丹田に自分のカムナリキを溜め、自分の周りに雷の気をまとわせた。
「なっ、この俺を脅すのか?」
「夜中に女性の寝室に無断でずかずか入り込んで、ただで済むと思ってるんですか?」
鬼は私の顔をまじまじと見つめた。
殺したりするつもりなら、もうとっくにそうしているはず。
「俺の名は酒呑童子だ。お前の名は?」
「え?あなたが酒呑童子?鬼の頭領の?」
ラノベやマンガやゲームでは妖艶な美男子に描かれる酒呑童子が、典型的な赤鬼の姿でビックリした。
「私は那美です。それで、用事は何ですか。」
「酒を飲まぬか?」
「へ?」
「酒の相手が欲しい。」
「私、明日、大切な用があるから、お酒は遠慮します。」
「頼む、一杯だけ、付き合え。」
「どうして私なの?」
「俺は酒と女が好きだ。」
「いや、そんなドヤ顔で言われても… ここはスナックじゃないんだから!」
「すなっく?? とにかく、ここから、いかにも美味そうな女の匂いがしてな。」
「その美味そうな匂いって何ですか?八咫烏さんからも同じことを言われました。」
「や、八咫烏を知っておるのか? もしや、お前、あいつの女か?」
なぜか酒呑童子が一瞬ひるんだ。
「八咫烏さんの女なんかじゃありません。」
酒呑童子はそれを聞いてどこかホッとした顔をした。
―― 八咫烏さんと何かあるのかな?
「とにかく、一杯付き合え。俺はお前のような女が好みだ。」
そういって、酒呑童子は私の肩をすっと抱いた。
「ちょ、触らないで下さい!」
パチンッ、と酒呑童子の手を払う。
そこに、外から女官の声がした。
「那美様、どうかなされましたか? 入りますよ。」
そして、部屋に入った瞬間、酒呑童子を見て、女官は悲鳴を上げた。
女官は転がるように部屋から逃げていき、部屋の周りが騒然となった。
まさに泣き叫んでいる。
そんな女官を見る酒呑童子の横顔が少しだけ悲しそうだった。