伊月(いつき)平八郎(へいはちろう)を連れて城に出掛けている間、留守番をしていた源次郎(げんじろう)のところに、(ほり)八咫烏(やたがらす)が連れだってやって来た。

(あるじ)平八郎(へいはちろう)と一緒に城に行っていますよ。」

源次郎(げんじろう)が二人につげると、(ほり)八咫烏(やたがらす)は顔をみあわせ、うなずきあった。

「好都合だ。」

そういって、二人とも客間に陣取ったので、源次郎(げんじろう)はお茶を入れる。
武術大会が落ち着いてから、この三人は隙があれば集まって、那美(なみ)伊月(いつき)について話し合っている。
(ほり)源次郎(げんじろう)は、二人の関係を円滑に勧め、なんとか縁談にまで持っていきたいと思っている。
二人はこれまで浮いた話の一つもなかった主人の世継ぎ問題を気にしていたのだが、運命的な出会いから、相思相愛になった那美(なみ)と結婚してくれれば将来の懸念も減る。
一方、八咫烏(やたがらす)はそういったことには全く興味がないけれども、伊月(いつき)をからかうネタが欲しいのと暇を持て余しているので、よく、この二人の「那美(なみ)伊月(いつき)を応援する会」に参加している。

「近頃、平八郎(へいはちろう)の様子はどうだ?」

(ほり)が心配そうな顔をして切り出した。
今日の議題は那美(なみ)伊月(いつき)ではなく、平八郎(へいはちろう)だった。

平八郎(へいはちろう)は、あの、翼竜退治の時に、殿(との)の愛の告白を一部始終聞いておったそうだな?」

「そうなのですよ。あの間も、あの後も、平八郎(へいはちろう)はしばらく抜け殻のようにしておりました。」

八咫烏(やたがらす)は茶をすすりながらニヤニヤしている。

「まさか、あの伊月(いつき)がそんなことをするとはなぁ。」

殿(との)はやる時にはやる男だ! 今まで気になる女子がいなかっただけで…。とにかく殿(との)(おとこ)だ!」

八咫烏(やたがらす)(ほり)の主張を鼻で一笑した。

「いやいや、あいつの堅物ぶりはこれからも続くと思うがな。これから平八郎(へいはちろう)とひと悶着などあると、なお面白いのだがなぁ。」

「それは、ありえませんね。平八郎(へいはちろう)は横恋慕などするやつではないですよ。」

源次郎(げんじろう)が即座に応える。

「そうなのか?」

八咫烏(やたがらす)はどこかつまらなさそうに言った。

「あいつは、どこか間抜けたやつだとは思っていたが…。自分の恋心に気付きもせずに、初恋が終わったようだな。」

(ほり)が苦笑いをしながら言ったが、それを聞いて八咫烏(やたがらす)はガハハハッと笑った。

平八郎(へいはちろう)の天然自然にボケたお人好しなところは、どことなく那美(なみ)と似ているな!」

「あ、確かにそうかもしれませんね。」

源次郎(げんじろう)はそう言いながらも、少し心配そうに言った。

平八郎(へいはちろう)那美(なみ)様のことも慕っておりますが、(あるじ)のことも慕い、敬愛しておるので、まあ、納得せざるを得なかったのかと。」

(ほり)も大きく頷いて言った。

「それに、あのお二人の幸せそうなご様子を見れば、誰も間に入る隙はないだろうな。」

八咫烏(やたがらす)は面白くなさそうに舌打ちをした。

「俺も本気で那美(なみ)を狙っていたのだがなぁ。」

八咫烏(やたがらす)は畳の上にゴロンと寝転がった。

「何というか、那美(なみ)の、俺を見る目が白々しいというか、『無』なんだよなぁ。抜け殻のような目で俺を見るのだ。伊月(いつき)には熱烈な視線を送るのに!あのような悪鬼顔、どこがいいのだ!」

「何だ、お前も嫉妬か?」

「まぁ、普通、女人は八咫烏(やたがらす)(あるじ)が並んでいたら、八咫烏(やたがらす)に行きますからね。」

源次郎(げんじろう)が暗に那美(なみ)の不思議な趣味を指摘する。

(ほり)様、平八郎(へいはちろう)に女子を紹介して下さいませんか? 私も何人かに会わせてみます。」

「ああ、そうしよう。 八咫烏(やたがらす)、お前も女を平八郎(へいはちろう)に会わせろ。」

「馬鹿を言え。俺に寄ってくる女は俺を目当てに来ているのに、そういう女を他の男に紹介すれば、俺が恨まれるぞ。女の恨みは怖いからなー。」

何か過去の事を思い出したのか、ブルブルと八咫烏(やたがらす)は身震いをした。

「まぁ那美(なみ)様も雷を落としましたからね…。」

ポツリと源次郎(げんじろう)が言って、(ほり)もやはり女は怖いなとつぶやいた。

「ところで、都行(みやこい)きの件はどうなった?」

(ほり)が話を変えて質問すると、源次郎(げんじろう)は嬉しそうな顔をした。

(あるじ)は浮かれていますよ。」

八咫烏(やたがらす)がガバっと畳から起き上がった。

「浮かれている伊月(いつき)という物が全然想像できん!」

「ずっと口元が緩んでおります。護衛隊の編成も、(みやこ)までの道筋や、宿の手配も、ニタニタしながら計画しております。」

「うわー、俺はそれは見たくねぇな。」

そう言って、また八咫烏(やたがらす)がバタリと畳の上に大の字に倒れこんだ。

「都行きの道中では那美(なみ)様とずっとご一緒できるのだから、浮かれるのも仕方ないだろう。」

(ほり)がうんうんとうなずきながら言った。

(あるじ)は今、内藤(ないとう)の件でお忙しいし、生田(いくた)からの尾行の件もあり、那美(なみ)様とは最低限しかお会いになりません。この、都行(みやこい)きを機会に、もっと進展して欲しいものです。」

「尾行されているのか。面倒だな。生田(いくた)殿(との)那美(なみ)様の関係を探っているのだな?」

「そうです。先日、(あるじ)那美(なみ)様と三人で城下に飯を食いに行きましたが、その時もつけられていました。」

「まぁ、どうせ、その尾行していたやつらは今ごろ清十郎(せいじゅうろう)が…」

「その通りです。」

八咫烏(やたがらす)はゴロンと寝返りを打って、源次郎(げんじろう)の方を向く。

「それにしても、伊月(いつき)那美(なみ)の逢瀬にお前が一緒だったのか? 野暮な奴だなー。」

「し、仕方ないではありませんか! (あるじ)の護衛なのですから!」

那美(なみ)様にも尾行がいるのか?」

(ほり)が声をひそめて言った。

「おりましたが、誰かさんがおっぱらったようですよ。」

そう言って、源次郎(げんじろう)は寝転がっている八咫烏(やたがらす)を見た。
八咫烏(やたがらす)はきまり悪そうにゴロンと寝返りを打ち、源次郎(げんじろう)に背を向けた。

伊月(いつき)が酒をおごるというので仕方なく協力しただけだ。」

そこに家の戸が開き、伊月(いつき)平八郎(へいはちろう)が帰って来た。

「何だ、そなたら、また来ていたのか。最近やけによく来るな。」

伊月(いつき)は訝し気に眉をひそめた。

「あ、殿(との)、お願いがあります。今夜、平八郎(へいはちろう)をお貸し願いませんか?」

「それは構わぬが、何をする?」

平八郎(へいはちろう)に会わせたい者がおりまして。」

伊月(いつき)はより一層眉をひそめ、「良からぬ遊びを教えるなよ。」と、だけ言って自室に入って行った。
この日から、(ほり)源次郎(げんじろう)平八郎(へいはちろう)にやたらと女を会わせるようになった。