私の紙を持つ手が、フルフルと震えた。
「こ、小雪ちゃん、これは一体、何かな???」
私は小雪ちゃんの描いた絵を見て驚きを隠せないでいる。
絵には翼竜と戦う侍と女の人が描かれている。
「ふふふ。」
小雪ちゃんはニコニコと私を見ている。
小雪ちゃんの画力は相変わらず凄くて、絵の中では、大きなドラゴンが迫りくる感じが、迫力満点だ。
そこに逃げ惑う人、恐れおののく人たちがいて、その人たちを庇って、刀を抜き、ドラゴンに立ち向かっている侍がいる。
その横に立っている女性がドラゴンに向かって右手をかざし、そこから黄色い閃光を放出している。
「那美先生の絵です!」
「なんとなくそうかなって思ったけど、どうして・・・」
そこにお仙さんがやってきて、「あ、那美様の絵?よくできてるー!」なんて、感嘆している。
「那美先生の噂、広がってますよ。共舘の将軍様と一緒に10体の翼竜を倒したって。本当なんですか?」
小雪ちゃん、お仙さんも、目をキラキラ輝かせている。
「翼竜を倒したのは本当だけど、10体じゃないよ、6体だよ!」
「かっこいいなあ、那美先生ー!」
「でもこんな絵にかいてあるように勇猛果敢に立ち向かったわけじゃ...」
「那美先生って、ぱっと見はおっとりしているのに、すごい力を持ったカムナ巫女だと聞きました。憧れますー!」
―― 聞いてないな。
―― こんな感じじゃなかったんだけどな。
事実とは違った描写に少し戸惑いを隠せないでいると、そこにお仙さんがのっかって、
「いやいや、前から、那美様はすごく勇敢なのよ! 私も助けてもらったんだから! 男相手にも全然ひるまないの!」
と、力説している。
あのドラゴンを倒した日から二週間くらい経った。
すっかり夏も盛りになって、手習い所の外では蝉がうるさく鳴いている。
「共舘の将軍様も那美先生に怒られて頭が上がらなかったって聞きました。」
「えぇぇぇ! そんなこと、どこで聞いたの?」
「町の人が噂してました。」
「そ、そんなぁ...」
―― 私と伊月さんのイメージが!
「私、共舘様を最初に見た時、すごく怖かったんです。」
お仙さんが言う。
「でも、那美様と一緒にいらっしゃる時の共舘様はとても優しい雰囲気に見えます。」
「い、いや、もともと伊月さんは優しい人で...。」
そこに小雪ちゃんも興奮した感じで前のめりで言う。
「わかりますー! 共舘の将軍様って、普段はこんなお顔じゃないですか?」
そういって、小雪ちゃんは眉根をぎゅっと寄せて、口をへの字に曲げる。
そんな小雪ちゃんも可愛くて、私もお仙さんもクスっと笑ってしまう。
「でも、この前、那美先生と一緒いらっしゃる共舘様を見かけたら、こんなでした。」
小雪ちゃんは表情を変えて、ニマっと笑顔を作る。
「そ、そうかな?」
お仙さんは、横でうんうん、とうなずいている。
「そうですよ、那美様。先日も鰻屋のおかみさんが言ってましたよ。」
「へ?鰻屋?」
「共舘様と那美様が逢瀬の時に、とても仲睦まじい様子だったって。」
「えぇぇぇ?」
鰻屋なんて、伊月さんと一緒に行ったのは一回だけなのに。
どうやら、現代日本と比べると随分と人口が少ないこの亜国では、人の噂はSNSよりも早く伝達するらしい。
―― そういえば、伊月さんが、「こんな私と噂を立てられては困るだろう」って言ってた!
でも、噂を立てられても困らない関係になっちゃったな。
ふと、伊月さんと恋仲になったことに思い至り、顔が熱くなる。
「鰻屋のおかみさん、前から共舘様はお客様として来ていらしたのに、怖くてろくに話しかけたりできなかったんですって。でも、那美先生と一緒のところを見たあとに、恐怖が和らいで、その後少し世間話をするようになったって言ってました。」
「そ、そんなに怖がらなくても…。」
―― あんなに可愛いのにな。
と、心の中でつぶやく。
「あ、そ、そういえば!」
私は思い至ったことがあって、お仙さんと小雪ちゃんと交互に見た。
「この前、伊月さんと一緒に城下町の茶屋に行った時に、お店のご主人が、お団子をタダでくれたんです。それって…」
「きっと、那美先生が、翼竜を倒した巫女様だとわかったんだと思います。」
「共舘様と一緒だったらすぐにわかるわよね。」
「はい。那美様と共舘の将軍様は今では時の人ですから。」
「かどわかし事件のこともあるしね。」
「そうそう!」
お仙さんと小雪ちゃんはすごく盛り上がっていた。
あれから日常を取り戻したと思っていたのだけど、色んな変化もあった。
町の人たちの変化も多少気づいていたのだけど、皆、普通に親切なだけだと思っていた。
―― そんな噂になってるなんて、知らなかった!
それから、変わったことと言えば、オババ様にも夕凪ちゃんにも、伊月さんの家人にも、皆に私と伊月さんが恋仲になったことが公然の事実となった。
それに伴って、夕凪ちゃんからの尋問がきつくなった。
「どうやって、思いを伝えられたの? もう口づけはしたの?」
と、根ほり葉ほり聞きたがる。
夕凪ちゃんは本当に恋バナが大好きだ。
―― 小雪ちゃんも、夕凪ちゃんに負けず劣らずって感じだな
私は小雪ちゃんと夕凪ちゃんがよくタカオ大社の境内で何か話しているのを見かけたことがある。
楽しそうに若い女の子が話しているのはとてもかわいい。
―― でも、できればそれが私と伊月さんの話題じゃないことを祈る!
色々と小さな変化があったのだけど、やっぱり一番変化したのは私と伊月さんの関係だ。
伊月さんは相変わらず忙しくて、そこにドラゴンやら内藤の後処理も加わって、しょっちゅう会えるわけじゃない。
この二週間で会えたのは二回だけだ。
しかも、短い時間。
しかも、いつも源次郎さんが近くで護衛しているから、特に恋人としての進展はない。
―― でも、前よりも、伊月さんのくれる文がちょっとだけロマンチックになった。
伊月さんの文は相変わらず簡潔で短いけど、文の最後には、「早く会いたい」とか、「那美どのを想っている」とか、とてもストレートに、好意を伝えてくれる。
伊月さんのくれるド直球な愛情表現が、嬉しくて、いつも私を幸せな気持ちにさせた。
「それにしても…」
私は隣でワイワイ話している小雪ちゃんとお仙さんを他所に、小雪ちゃんの描いた絵をもう一度まじまじと見た。
「すごい画力だよね…」
この才能の使いどころ、きっと、もっとあるはずだよな...。
―― そうだ。
このところ、手習い所の経営もうまくいって、経済面がだいぶ安定して来ている。
これを機に、小雪ちゃんを始め、ここに来る生徒が使えるように画材道具を色々買ってみようかな。
「こ、小雪ちゃん、これは一体、何かな???」
私は小雪ちゃんの描いた絵を見て驚きを隠せないでいる。
絵には翼竜と戦う侍と女の人が描かれている。
「ふふふ。」
小雪ちゃんはニコニコと私を見ている。
小雪ちゃんの画力は相変わらず凄くて、絵の中では、大きなドラゴンが迫りくる感じが、迫力満点だ。
そこに逃げ惑う人、恐れおののく人たちがいて、その人たちを庇って、刀を抜き、ドラゴンに立ち向かっている侍がいる。
その横に立っている女性がドラゴンに向かって右手をかざし、そこから黄色い閃光を放出している。
「那美先生の絵です!」
「なんとなくそうかなって思ったけど、どうして・・・」
そこにお仙さんがやってきて、「あ、那美様の絵?よくできてるー!」なんて、感嘆している。
「那美先生の噂、広がってますよ。共舘の将軍様と一緒に10体の翼竜を倒したって。本当なんですか?」
小雪ちゃん、お仙さんも、目をキラキラ輝かせている。
「翼竜を倒したのは本当だけど、10体じゃないよ、6体だよ!」
「かっこいいなあ、那美先生ー!」
「でもこんな絵にかいてあるように勇猛果敢に立ち向かったわけじゃ...」
「那美先生って、ぱっと見はおっとりしているのに、すごい力を持ったカムナ巫女だと聞きました。憧れますー!」
―― 聞いてないな。
―― こんな感じじゃなかったんだけどな。
事実とは違った描写に少し戸惑いを隠せないでいると、そこにお仙さんがのっかって、
「いやいや、前から、那美様はすごく勇敢なのよ! 私も助けてもらったんだから! 男相手にも全然ひるまないの!」
と、力説している。
あのドラゴンを倒した日から二週間くらい経った。
すっかり夏も盛りになって、手習い所の外では蝉がうるさく鳴いている。
「共舘の将軍様も那美先生に怒られて頭が上がらなかったって聞きました。」
「えぇぇぇ! そんなこと、どこで聞いたの?」
「町の人が噂してました。」
「そ、そんなぁ...」
―― 私と伊月さんのイメージが!
「私、共舘様を最初に見た時、すごく怖かったんです。」
お仙さんが言う。
「でも、那美様と一緒にいらっしゃる時の共舘様はとても優しい雰囲気に見えます。」
「い、いや、もともと伊月さんは優しい人で...。」
そこに小雪ちゃんも興奮した感じで前のめりで言う。
「わかりますー! 共舘の将軍様って、普段はこんなお顔じゃないですか?」
そういって、小雪ちゃんは眉根をぎゅっと寄せて、口をへの字に曲げる。
そんな小雪ちゃんも可愛くて、私もお仙さんもクスっと笑ってしまう。
「でも、この前、那美先生と一緒いらっしゃる共舘様を見かけたら、こんなでした。」
小雪ちゃんは表情を変えて、ニマっと笑顔を作る。
「そ、そうかな?」
お仙さんは、横でうんうん、とうなずいている。
「そうですよ、那美様。先日も鰻屋のおかみさんが言ってましたよ。」
「へ?鰻屋?」
「共舘様と那美様が逢瀬の時に、とても仲睦まじい様子だったって。」
「えぇぇぇ?」
鰻屋なんて、伊月さんと一緒に行ったのは一回だけなのに。
どうやら、現代日本と比べると随分と人口が少ないこの亜国では、人の噂はSNSよりも早く伝達するらしい。
―― そういえば、伊月さんが、「こんな私と噂を立てられては困るだろう」って言ってた!
でも、噂を立てられても困らない関係になっちゃったな。
ふと、伊月さんと恋仲になったことに思い至り、顔が熱くなる。
「鰻屋のおかみさん、前から共舘様はお客様として来ていらしたのに、怖くてろくに話しかけたりできなかったんですって。でも、那美先生と一緒のところを見たあとに、恐怖が和らいで、その後少し世間話をするようになったって言ってました。」
「そ、そんなに怖がらなくても…。」
―― あんなに可愛いのにな。
と、心の中でつぶやく。
「あ、そ、そういえば!」
私は思い至ったことがあって、お仙さんと小雪ちゃんと交互に見た。
「この前、伊月さんと一緒に城下町の茶屋に行った時に、お店のご主人が、お団子をタダでくれたんです。それって…」
「きっと、那美先生が、翼竜を倒した巫女様だとわかったんだと思います。」
「共舘様と一緒だったらすぐにわかるわよね。」
「はい。那美様と共舘の将軍様は今では時の人ですから。」
「かどわかし事件のこともあるしね。」
「そうそう!」
お仙さんと小雪ちゃんはすごく盛り上がっていた。
あれから日常を取り戻したと思っていたのだけど、色んな変化もあった。
町の人たちの変化も多少気づいていたのだけど、皆、普通に親切なだけだと思っていた。
―― そんな噂になってるなんて、知らなかった!
それから、変わったことと言えば、オババ様にも夕凪ちゃんにも、伊月さんの家人にも、皆に私と伊月さんが恋仲になったことが公然の事実となった。
それに伴って、夕凪ちゃんからの尋問がきつくなった。
「どうやって、思いを伝えられたの? もう口づけはしたの?」
と、根ほり葉ほり聞きたがる。
夕凪ちゃんは本当に恋バナが大好きだ。
―― 小雪ちゃんも、夕凪ちゃんに負けず劣らずって感じだな
私は小雪ちゃんと夕凪ちゃんがよくタカオ大社の境内で何か話しているのを見かけたことがある。
楽しそうに若い女の子が話しているのはとてもかわいい。
―― でも、できればそれが私と伊月さんの話題じゃないことを祈る!
色々と小さな変化があったのだけど、やっぱり一番変化したのは私と伊月さんの関係だ。
伊月さんは相変わらず忙しくて、そこにドラゴンやら内藤の後処理も加わって、しょっちゅう会えるわけじゃない。
この二週間で会えたのは二回だけだ。
しかも、短い時間。
しかも、いつも源次郎さんが近くで護衛しているから、特に恋人としての進展はない。
―― でも、前よりも、伊月さんのくれる文がちょっとだけロマンチックになった。
伊月さんの文は相変わらず簡潔で短いけど、文の最後には、「早く会いたい」とか、「那美どのを想っている」とか、とてもストレートに、好意を伝えてくれる。
伊月さんのくれるド直球な愛情表現が、嬉しくて、いつも私を幸せな気持ちにさせた。
「それにしても…」
私は隣でワイワイ話している小雪ちゃんとお仙さんを他所に、小雪ちゃんの描いた絵をもう一度まじまじと見た。
「すごい画力だよね…」
この才能の使いどころ、きっと、もっとあるはずだよな...。
―― そうだ。
このところ、手習い所の経営もうまくいって、経済面がだいぶ安定して来ている。
これを機に、小雪ちゃんを始め、ここに来る生徒が使えるように画材道具を色々買ってみようかな。