伊月さんは次々に指示を与えながら、非戦闘員の全員が上階に逃げたことを確認すると、ひょいっと私を米俵みたいに担いで移動を始めた。
「あっあの!」
「許せ。急いでいるのだ。」
確かにこんな着物着てたら走れないし、足手まといになりそう。
私は大人しく米俵状態になっていた。
伊月さんは櫓に上がり、私をおろした。
そして怖がる私をよそに床几という椅子にどかっと腰かけた。
「那美どのも、ここに腰かけると良い。」
「は…はい。」
「さて、そろそろ翼竜が出て来る頃だ。一緒にここから見学とするか。」
―― な、何なの、この余裕は?
伊月さんは今までに、何度こんな戦いを潜り抜けてきたんだろう。
デンと座って落ち着き払った様子を見ていると、私にまで気持ちに余裕ができる。
―― 大将の器ってこういうことなんだな。
次の瞬間、黒い渦巻く気のする方角にある山のふもとの木々が揺れた。
ザワザワと不自然に揺れている。
「来たな。ここからが本番だ。」
伊月さんは待ってましたというような顔をした。
恐る恐る伊月さんの目線の先に私も目をやると
「あ...」
ファンタジー映画で見るような大きなドラゴンが3匹飛んでいる。
しかも、すごいスピードでこちらに向かって飛んでくる。
自分の目が信じられなくて、完全にフリーズした。
―― この世界には魔獣やあやかしがいるっていうのは知ってたけど…
今までに会ったあやかしと言えば、かわいい夕凪ちゃん、猿の神使たち、吉太郎に、八咫烏とか、皆、良いあやかしばかりだ。
それなのに、いきなりドラゴンなんて!
―― ありえなくない? 尽世はどちらかと言えば和風ファンタジーの世界だと思ってたのに!
―― 中世ヨーロッパを舞台にしたRPG並みの迫力なんですけど!
「あれが魔獣だ。那美どのが感じている黒い渦まくような気は、魔獣遣い、内藤丈之助の気だ。」
伊月さんが私に解説してくれる。
―― ゆ、悠長に解説してる場合なの?
「あの、これって相当にヤバい状況なんじゃ… ジュラシックパークも顔負けっていうか。」
「じゅら...?良くわからんが、この翼竜との戦いを見越して対策もしてきている。案ずるな。」
その瞬間、伊月さんが私の手をぎゅっと握った。
「怖がらずともよい。」
「は、はい。」
絶望的な状況なのにも関わらず、伊月さんがそういうと、大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
伊月さんは自分の命を守るだけでなく、今、ここにいる人たち全員の命も守らないといけない。
伊月さんの抱えているものは、とても大きいんだな。
―― この冷静さはすごい…。
伊月さんが手を振って、合図を出すと、大きな大砲みたいな物を抱えた兵達が陣の前に押し出す。
そして、魔獣が火を吐いた瞬間に、その大砲から大量の水が出て、火を消した。
「オババ様特製の水大砲だ。」
それから飛距離の出る大弓の一隊も出てきて、ドラゴンと交戦する。
それでもドラゴンの羽から出る風に飛ばされて、届く弓も少ない。
とはいえ、多少のダメージは与えているらしく、ドラゴンの飛行がおぼつかなくなった。
そこに、また、林の木々がザワザワと揺れ始めた。
―― こ、今度は何??
伏兵が隠されていた林から鳥の群れのようなのが飛んできた。
「あれは蝙蝠魔獣だ。普通は翼竜などが捕食した後の屍の血を吸って生きている。」
「あ、あの…でも、私達の方に思いっきり飛んで来ていますね?」
「そのようだな。」
蝙蝠魔獣の群れは狙ったように櫓に向かって飛んでくる。
「うむ。あれも内藤が操っておるようだな。」
下階の兵はドラゴン退治で忙しすぎて蝙蝠魔獣どころじゃない。
伊月さんの近くの兵が対応するも、数が多すぎて防ぎきれないどころか、自身たちも噛まれてしまって、体に張り付く蝙蝠たちを引きはがすので必死だ。
伊月さんも刀を抜いた。
伊月さんは私を背中にかばい、蝙蝠たちを切り捨てて行く。
―― わ、私もカムナリキで抗戦しないと!
蝙蝠の群れめがけてカムナリキを放出しようとしたけど、出来なかった。
―― ど、どうして…? あ!
さっき、米俵みたいに抱えられていた時に、落としたのか、私の雷石付きの数珠が櫓の登り口の所に落ちているのを発見する。
カムナリキは媒体となるカムナの玉を身に付けていないと、人間界に影響を及ぼすことができない。
―― ど、どうしよう!
櫓の登り口までには少し距離があって、そこまで行く間には蝙蝠に絶対襲われる。
―― 数が多すぎて、ここにいる人数だけでは対応できないよ。
勇気を振り絞って、数珠を取りに行こうとした時、ふわっと何かが目の前を覆って、視界が暗くなった。
それと同時に伊月さんの腕が私の体をぎゅっと抱き寄せた。
―― あ
伊月さんの羽織が自分にかぶせられて、そのまま抱きしめられているのだと理解したその時、伊月さんが言った。
「このくらい心配無用だ。じっとしていろ。」
伊月さんは私をかばいながら蝙蝠魔獣と交戦している。
伊月さんの息遣い、刀で斬る音、ギャーという蝙蝠の叫び声だけが聞こえていた。
―― 足手まといになりたくないのに!
でも私は怖すぎて、ただ、伊月さんに子供のようにしがみついているだけだった。
蝙蝠の叫び声が聞こえなくなると、伊月さんはそっと私を覆っていた羽織を取った。
あんなにいた数の蝙蝠の群れが、一匹残らず、残骸として床に転がっている。
―― あ、あの数の蝙蝠を全部、切り捨てたの?
私はその驚愕の強さに唖然とした。
伊月さんも、伊月さんの羽織も、着物も、何もかもが血まみれだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、触るな。」
思わず伊月さんに触れようとした私を伊月さんは制して、私は伸ばした手を途中で止めた。
「私は大丈夫だが、そなたは?」
「私は大丈夫です。」
家臣たちは蝙蝠に噛まれてけがをしている人もいるみたいなのに、伊月さんは平然と懐紙を取り出して、刀についた血をぬぐった。
「せっかく那美どのの着物が汚れないようにしたのだから、今、私に触れて血がついては意味がないだろう。」
そういって手拭いを取り出し、自分の顔や手を拭き始めた。
「え? じゃあ、羽織を私にかけたのって…。」
―― な、なんて悠長な! 私は伊月さんを心配してるのに!
抗議をしようとした時…
ドカーーーン、ドカーーーン、と物凄い音がした。
伊月さんの軍が抗戦していたドラゴンが飛べなくなり、巨体を地面に落としたところだった。
ドラゴンの体が落ちるとともに砂埃が立ち地響きがして櫓がガタガタと揺れた。
「おぉぉぉ!」
見守っていた人たちが歓声を上げた。
「よし、あと、一匹だな。」
伊月さんには確かな勝算があったらしい。
自信に満ちた表情だった。
―― そうだ! カムナの玉!
私は伊月さんが下階の正次さんに指示を出している間、急いで櫓の登り口に行き、自分の数珠を手に取った。
―― 肌身離さず持ってないと!
「那美どの、最後の一匹も、もうすぐ落ちるぞ。」
伊月さんが言った瞬間に、ドラゴンの体が落ちた。
また、砂埃が立ち、地響きがして櫓がガタガタと揺れた。
砂埃が消え、動かなくなった三体のドラゴンが見えると、
「やったぁぁぁ!!!! 共舘軍の勝利だぁぁぁ!!!」
と、戦闘員も非戦闘員もみんなが歓声を上げた。
―― 生き延びたんだ。ジュラシックパーク状態から。RPGのダンジョンボスとの戦い状態から。
私もホッとする。
恐怖と緊張が一気にうすらいで、足が震え出した。
―― 怖かった。生きてる。よかった。
「まだ内藤があちらの方向に隠れている。油断するな。やつを探し出すまで勝鬨を上げるな。」
周りが歓喜に沸いている中、伊月さんは、周りの人に指示を出している。
「那美どの、もう少しの辛抱だ。」
伊月さんは私を安心させるように言う。
「思ったより早く終わりそうだな。この後、一緒に月を見る約束だ。」
―― え
伊月さんがそう言ったのを聞いて、さっきの、キヨさんの一件を思い出した。
伊月さんが私の顔を覗き込む。
「ん? ...那美どの、大丈夫か? 具合が悪いか?」
「具合が悪いのは伊月さんのせいです!」
「は?」
「もう、伊月さんと月を見るのは、やめます。」
「どうして?」
「だって、ずるいです! キヨさんのこと部下だって言ったのに...」
私は抑えきれなくなり、泣き始めた。
こんな時に、何やってるんだろうと一瞬思ったけど、 私の中でプチンと何かが切れた。
結構な量のお酒が入ってたのもあるかもしれない。
その後のことはあまり記憶がなかった。
ただ、恐怖からの解放と、怒りと、やきもちと、酔いと、色々感情がごちゃ混ぜになって、理性が飛んだ。
「あっあの!」
「許せ。急いでいるのだ。」
確かにこんな着物着てたら走れないし、足手まといになりそう。
私は大人しく米俵状態になっていた。
伊月さんは櫓に上がり、私をおろした。
そして怖がる私をよそに床几という椅子にどかっと腰かけた。
「那美どのも、ここに腰かけると良い。」
「は…はい。」
「さて、そろそろ翼竜が出て来る頃だ。一緒にここから見学とするか。」
―― な、何なの、この余裕は?
伊月さんは今までに、何度こんな戦いを潜り抜けてきたんだろう。
デンと座って落ち着き払った様子を見ていると、私にまで気持ちに余裕ができる。
―― 大将の器ってこういうことなんだな。
次の瞬間、黒い渦巻く気のする方角にある山のふもとの木々が揺れた。
ザワザワと不自然に揺れている。
「来たな。ここからが本番だ。」
伊月さんは待ってましたというような顔をした。
恐る恐る伊月さんの目線の先に私も目をやると
「あ...」
ファンタジー映画で見るような大きなドラゴンが3匹飛んでいる。
しかも、すごいスピードでこちらに向かって飛んでくる。
自分の目が信じられなくて、完全にフリーズした。
―― この世界には魔獣やあやかしがいるっていうのは知ってたけど…
今までに会ったあやかしと言えば、かわいい夕凪ちゃん、猿の神使たち、吉太郎に、八咫烏とか、皆、良いあやかしばかりだ。
それなのに、いきなりドラゴンなんて!
―― ありえなくない? 尽世はどちらかと言えば和風ファンタジーの世界だと思ってたのに!
―― 中世ヨーロッパを舞台にしたRPG並みの迫力なんですけど!
「あれが魔獣だ。那美どのが感じている黒い渦まくような気は、魔獣遣い、内藤丈之助の気だ。」
伊月さんが私に解説してくれる。
―― ゆ、悠長に解説してる場合なの?
「あの、これって相当にヤバい状況なんじゃ… ジュラシックパークも顔負けっていうか。」
「じゅら...?良くわからんが、この翼竜との戦いを見越して対策もしてきている。案ずるな。」
その瞬間、伊月さんが私の手をぎゅっと握った。
「怖がらずともよい。」
「は、はい。」
絶望的な状況なのにも関わらず、伊月さんがそういうと、大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
伊月さんは自分の命を守るだけでなく、今、ここにいる人たち全員の命も守らないといけない。
伊月さんの抱えているものは、とても大きいんだな。
―― この冷静さはすごい…。
伊月さんが手を振って、合図を出すと、大きな大砲みたいな物を抱えた兵達が陣の前に押し出す。
そして、魔獣が火を吐いた瞬間に、その大砲から大量の水が出て、火を消した。
「オババ様特製の水大砲だ。」
それから飛距離の出る大弓の一隊も出てきて、ドラゴンと交戦する。
それでもドラゴンの羽から出る風に飛ばされて、届く弓も少ない。
とはいえ、多少のダメージは与えているらしく、ドラゴンの飛行がおぼつかなくなった。
そこに、また、林の木々がザワザワと揺れ始めた。
―― こ、今度は何??
伏兵が隠されていた林から鳥の群れのようなのが飛んできた。
「あれは蝙蝠魔獣だ。普通は翼竜などが捕食した後の屍の血を吸って生きている。」
「あ、あの…でも、私達の方に思いっきり飛んで来ていますね?」
「そのようだな。」
蝙蝠魔獣の群れは狙ったように櫓に向かって飛んでくる。
「うむ。あれも内藤が操っておるようだな。」
下階の兵はドラゴン退治で忙しすぎて蝙蝠魔獣どころじゃない。
伊月さんの近くの兵が対応するも、数が多すぎて防ぎきれないどころか、自身たちも噛まれてしまって、体に張り付く蝙蝠たちを引きはがすので必死だ。
伊月さんも刀を抜いた。
伊月さんは私を背中にかばい、蝙蝠たちを切り捨てて行く。
―― わ、私もカムナリキで抗戦しないと!
蝙蝠の群れめがけてカムナリキを放出しようとしたけど、出来なかった。
―― ど、どうして…? あ!
さっき、米俵みたいに抱えられていた時に、落としたのか、私の雷石付きの数珠が櫓の登り口の所に落ちているのを発見する。
カムナリキは媒体となるカムナの玉を身に付けていないと、人間界に影響を及ぼすことができない。
―― ど、どうしよう!
櫓の登り口までには少し距離があって、そこまで行く間には蝙蝠に絶対襲われる。
―― 数が多すぎて、ここにいる人数だけでは対応できないよ。
勇気を振り絞って、数珠を取りに行こうとした時、ふわっと何かが目の前を覆って、視界が暗くなった。
それと同時に伊月さんの腕が私の体をぎゅっと抱き寄せた。
―― あ
伊月さんの羽織が自分にかぶせられて、そのまま抱きしめられているのだと理解したその時、伊月さんが言った。
「このくらい心配無用だ。じっとしていろ。」
伊月さんは私をかばいながら蝙蝠魔獣と交戦している。
伊月さんの息遣い、刀で斬る音、ギャーという蝙蝠の叫び声だけが聞こえていた。
―― 足手まといになりたくないのに!
でも私は怖すぎて、ただ、伊月さんに子供のようにしがみついているだけだった。
蝙蝠の叫び声が聞こえなくなると、伊月さんはそっと私を覆っていた羽織を取った。
あんなにいた数の蝙蝠の群れが、一匹残らず、残骸として床に転がっている。
―― あ、あの数の蝙蝠を全部、切り捨てたの?
私はその驚愕の強さに唖然とした。
伊月さんも、伊月さんの羽織も、着物も、何もかもが血まみれだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、触るな。」
思わず伊月さんに触れようとした私を伊月さんは制して、私は伸ばした手を途中で止めた。
「私は大丈夫だが、そなたは?」
「私は大丈夫です。」
家臣たちは蝙蝠に噛まれてけがをしている人もいるみたいなのに、伊月さんは平然と懐紙を取り出して、刀についた血をぬぐった。
「せっかく那美どのの着物が汚れないようにしたのだから、今、私に触れて血がついては意味がないだろう。」
そういって手拭いを取り出し、自分の顔や手を拭き始めた。
「え? じゃあ、羽織を私にかけたのって…。」
―― な、なんて悠長な! 私は伊月さんを心配してるのに!
抗議をしようとした時…
ドカーーーン、ドカーーーン、と物凄い音がした。
伊月さんの軍が抗戦していたドラゴンが飛べなくなり、巨体を地面に落としたところだった。
ドラゴンの体が落ちるとともに砂埃が立ち地響きがして櫓がガタガタと揺れた。
「おぉぉぉ!」
見守っていた人たちが歓声を上げた。
「よし、あと、一匹だな。」
伊月さんには確かな勝算があったらしい。
自信に満ちた表情だった。
―― そうだ! カムナの玉!
私は伊月さんが下階の正次さんに指示を出している間、急いで櫓の登り口に行き、自分の数珠を手に取った。
―― 肌身離さず持ってないと!
「那美どの、最後の一匹も、もうすぐ落ちるぞ。」
伊月さんが言った瞬間に、ドラゴンの体が落ちた。
また、砂埃が立ち、地響きがして櫓がガタガタと揺れた。
砂埃が消え、動かなくなった三体のドラゴンが見えると、
「やったぁぁぁ!!!! 共舘軍の勝利だぁぁぁ!!!」
と、戦闘員も非戦闘員もみんなが歓声を上げた。
―― 生き延びたんだ。ジュラシックパーク状態から。RPGのダンジョンボスとの戦い状態から。
私もホッとする。
恐怖と緊張が一気にうすらいで、足が震え出した。
―― 怖かった。生きてる。よかった。
「まだ内藤があちらの方向に隠れている。油断するな。やつを探し出すまで勝鬨を上げるな。」
周りが歓喜に沸いている中、伊月さんは、周りの人に指示を出している。
「那美どの、もう少しの辛抱だ。」
伊月さんは私を安心させるように言う。
「思ったより早く終わりそうだな。この後、一緒に月を見る約束だ。」
―― え
伊月さんがそう言ったのを聞いて、さっきの、キヨさんの一件を思い出した。
伊月さんが私の顔を覗き込む。
「ん? ...那美どの、大丈夫か? 具合が悪いか?」
「具合が悪いのは伊月さんのせいです!」
「は?」
「もう、伊月さんと月を見るのは、やめます。」
「どうして?」
「だって、ずるいです! キヨさんのこと部下だって言ったのに...」
私は抑えきれなくなり、泣き始めた。
こんな時に、何やってるんだろうと一瞬思ったけど、 私の中でプチンと何かが切れた。
結構な量のお酒が入ってたのもあるかもしれない。
その後のことはあまり記憶がなかった。
ただ、恐怖からの解放と、怒りと、やきもちと、酔いと、色々感情がごちゃ混ぜになって、理性が飛んだ。