いよいよ武術大会当日。
「那美ちゃん、すごく綺麗だよ!いつものじゃじゃ馬ぶりがうそみたい!」
「ありがとう...。 そんなにじゃじゃ馬なつもりなかったけど。 でも緊張するなぁ…。」
私は夕凪ちゃんに手伝ってもらって、きれいにお化粧され、髪もゆってもらって、伊月さんからもらった反物で作った着物をきた。
お茶の飲み方、話し方、歩き方、座り方、事細かにオババ様から指導を受け、準備満タンだ。
「伊月に恥をかかせぬようなふるまいをせねばな。」
「は、はい。」
念を押されて、オババ様が用意してくれた籠に乗った。
会場へ赴くと、
―― あ、伊月さんだ!
私は家臣に囲まれた伊月さんのところに近づいた。
「お、これは那美様!」
正次さんが私に気づいて声をかけたので、伊月さんもこちらに気付いて振りむいた。
「おはようございます、伊月さん、みなさん。」
「...っ!」
伊月さんが固まっている。
「あ、あのう、伊月さん? 」
「お、はよう。」
どことなくぎこちない伊月さんを見て、正次さんが大きな声を上げた。
「おおお! 殿が那美様に見とれておられる!」
―― え?
「なっ。堀、うるさい!」
伊月さんは肩を怒らせながら、早歩きでその場を立ち去った。
―― あ、行っちゃった…
反物のお礼を言って、着物の仕立て具合を見て欲しかったんだけど、不発に終わってしまった。
私は肩を落として用意された席に行く。
すぐに正次さんが近くに座って、声をかけてくれた。
「緊張せずともようございます。那美様はただそこで楽しく見学して下さい。」
「わ、わかりました。」
やがて伊月さんも席に着き、その近くに源次郎さん、平八郎さんたちも次々に座った。
「いやいやー、那美様、今日はまた一段とお美しいですね。」
源次郎さんが手放しでほめてくれて照れてしまう。
「あ、ありがとうございます、源次郎さん。」
「本当に、思わず見とれてしまいましたよ。」
「へ、平八郎さんまで!? ありがとう…。」
―― 一番何か言ってほしかった伊月さんは、私の方を見てくれないな。
やがて、続々と招待客が集まってきて、伊月さんに挨拶をする。
殆どは亜国の地方の豪族らしい。
殆どの武将が伊月さんにお礼の言葉を言っている。
「先日は魔獣討伐に兵を貸していただき、ありがとうございました。」
「砦の修繕を手伝って頂きありがとうございました。」
伊月さんって、やっぱりすごいんだな。
こんなに沢山の武将たちから慕われてる。
観客たちのあとに会場に入って来たのは競技参加者だ。
みんな各地から集まった腕に自信のある男たちだそうだ。
―― うわー、皆強そうだなぁ。
伊月さんにも負けず劣らずの強面で、いかにも屈強そうな人が沢山いる。
伊月さんがおもむろに立ち上がり、言う。
「これより、武術大会を始める。」
ざわついていた会場が一瞬でシンと静まった。
「競技は、力比べ、弓、やり、剣術、柔術。どの競技においても、存分にそなたらの力量を発揮せよ!」
「おぉぉお!」
伊月さんの掛け声に、男たちの荒ぶる声が響き渡る。
―― す、すごい!
私はその迫力に気圧されそうになった。
観客たちにとっては良い余興なんだろうけど、この試合で優勝すれば、立身出世になる、ということで、競技に参加している名もない若者たちにとっては真剣な勝負の場だ。
―― 伊月さんは実力主義者なんだな。
どの競技も大いに盛り上がり、観客たちも思わず立ち上がり、特定の人を応援したりする人も現れた。
競技ごとに誰が勝つか賭けをしている人たちもいた。
絶えず、お酒が配られていて、最後の方では相当に酔っぱらっている人もいた。
私もお酒を少し飲みながら、色んな人たちとお話をして、ほろ酔い気分だ。
―― 皆、楽しそうだな。
これまで正次さんを始めとして皆この会を成功させようと頑張っていた理由がわかった気がした。
若い人材のスカウトだけではなく、今、交流のある人たちとの親交を深める意味もあったんだ。
だけど、最後の競技が行われている時、私はふと不思議な気を感じた。
―― これは...!
私がまだ尽世に来てすぐのころ、城下町で感じた、黒い渦巻いたような気だ。
私は伊月さんに知らせようと思い、伊月さんの方を向くと、
―― あ
キヨさんが、お酒を持って、伊月さんの横に座った。
私は何故か、それを見て、伊月さんのもとに行けなくなった。
キヨさんは伊月さんにお酌をして、一緒に飲んで、何やら話している。
―― な、何か、二人の距離、近くない?
キヨさんは自分の体を伊月さんの体にもたれかけさせるように寄せていく。
―― もしかして、キヨさん、伊月さんのこと誘惑してる?
私は、きゅっとこぶしを握った。
伊月さんはいつもと変わらない様子だけど、キヨさんはもしかして伊月さんのことを好きなのかもしれない。
―― だって、何か秘密の話するって言っても、あんなに近くなくてよくない?
私は近距離でお酒を飲んでいるキヨさんと伊月さんのことが気になってしまい、完全に黒い渦巻く気の男の話をするタイミングを逃した。
やがてキヨさんは、そっと、伊月さんの肩に両手を置いた。
そして、伊月さんの耳元にぐいっと顔を近づけて、何かをささやいている。
―― な、何、そんな、イチャイチャしてるの?
そして、次の瞬間、伊月さんがキヨさんにささやき返す。
私は悪いと思いつつも聞き耳を立てた。
「すきだ。す...」
―― え
途中からよく聞こえなかったけど、伊月さんがキヨさんに「好きだ」って言ったのは確かに聞こえた。
―― 伊月さんもキヨさんのこと…
私は泣きたくなって、その場でうつむき、かたまった。
ただの部下だって言ってたけど、それ以上の関係にしか見えない。
あんなに距離近いし、耳元でささやき合ってるし、なんなの…
―― やっぱり大人の男の人ってずるい!
私は気持ちを伝えたのに、伊月さんは、私のことどう思っているか、気持ちを伝えてはくれなかった。
ただハグしただけで、曖昧にされて。
もし、伊月さんは、私の気持ちも分かった上で、キヨさんともいい感じで、両天秤にかけようとしていたとしたら…。
そう考えたら、泣きたい気持ちに怒りも加わった。
周りで起きてることがどうでも良くなった。
今すぐ帰って、布団にもぐって泣きたい。
―― でも、もう少し、我慢しないと!
私は泣きたくなるのを必死で抑えて、持っていた盃に入っていたお酒をグイっと飲みほした。
「那美さま、飲みっぷりが良いですね?」
平八郎さんが、私のところに来て、またお酒を注いでくれる。
「平八郎さん、私、今日、飲みます!」
「いいですね! 私もお付き合いしますよ!」
平八郎さんも乗ってきてくれたので、私はそれ以上、伊月さんの方を見らずに、ずっと平八郎さんと飲んでいた。
「那美ちゃん、すごく綺麗だよ!いつものじゃじゃ馬ぶりがうそみたい!」
「ありがとう...。 そんなにじゃじゃ馬なつもりなかったけど。 でも緊張するなぁ…。」
私は夕凪ちゃんに手伝ってもらって、きれいにお化粧され、髪もゆってもらって、伊月さんからもらった反物で作った着物をきた。
お茶の飲み方、話し方、歩き方、座り方、事細かにオババ様から指導を受け、準備満タンだ。
「伊月に恥をかかせぬようなふるまいをせねばな。」
「は、はい。」
念を押されて、オババ様が用意してくれた籠に乗った。
会場へ赴くと、
―― あ、伊月さんだ!
私は家臣に囲まれた伊月さんのところに近づいた。
「お、これは那美様!」
正次さんが私に気づいて声をかけたので、伊月さんもこちらに気付いて振りむいた。
「おはようございます、伊月さん、みなさん。」
「...っ!」
伊月さんが固まっている。
「あ、あのう、伊月さん? 」
「お、はよう。」
どことなくぎこちない伊月さんを見て、正次さんが大きな声を上げた。
「おおお! 殿が那美様に見とれておられる!」
―― え?
「なっ。堀、うるさい!」
伊月さんは肩を怒らせながら、早歩きでその場を立ち去った。
―― あ、行っちゃった…
反物のお礼を言って、着物の仕立て具合を見て欲しかったんだけど、不発に終わってしまった。
私は肩を落として用意された席に行く。
すぐに正次さんが近くに座って、声をかけてくれた。
「緊張せずともようございます。那美様はただそこで楽しく見学して下さい。」
「わ、わかりました。」
やがて伊月さんも席に着き、その近くに源次郎さん、平八郎さんたちも次々に座った。
「いやいやー、那美様、今日はまた一段とお美しいですね。」
源次郎さんが手放しでほめてくれて照れてしまう。
「あ、ありがとうございます、源次郎さん。」
「本当に、思わず見とれてしまいましたよ。」
「へ、平八郎さんまで!? ありがとう…。」
―― 一番何か言ってほしかった伊月さんは、私の方を見てくれないな。
やがて、続々と招待客が集まってきて、伊月さんに挨拶をする。
殆どは亜国の地方の豪族らしい。
殆どの武将が伊月さんにお礼の言葉を言っている。
「先日は魔獣討伐に兵を貸していただき、ありがとうございました。」
「砦の修繕を手伝って頂きありがとうございました。」
伊月さんって、やっぱりすごいんだな。
こんなに沢山の武将たちから慕われてる。
観客たちのあとに会場に入って来たのは競技参加者だ。
みんな各地から集まった腕に自信のある男たちだそうだ。
―― うわー、皆強そうだなぁ。
伊月さんにも負けず劣らずの強面で、いかにも屈強そうな人が沢山いる。
伊月さんがおもむろに立ち上がり、言う。
「これより、武術大会を始める。」
ざわついていた会場が一瞬でシンと静まった。
「競技は、力比べ、弓、やり、剣術、柔術。どの競技においても、存分にそなたらの力量を発揮せよ!」
「おぉぉお!」
伊月さんの掛け声に、男たちの荒ぶる声が響き渡る。
―― す、すごい!
私はその迫力に気圧されそうになった。
観客たちにとっては良い余興なんだろうけど、この試合で優勝すれば、立身出世になる、ということで、競技に参加している名もない若者たちにとっては真剣な勝負の場だ。
―― 伊月さんは実力主義者なんだな。
どの競技も大いに盛り上がり、観客たちも思わず立ち上がり、特定の人を応援したりする人も現れた。
競技ごとに誰が勝つか賭けをしている人たちもいた。
絶えず、お酒が配られていて、最後の方では相当に酔っぱらっている人もいた。
私もお酒を少し飲みながら、色んな人たちとお話をして、ほろ酔い気分だ。
―― 皆、楽しそうだな。
これまで正次さんを始めとして皆この会を成功させようと頑張っていた理由がわかった気がした。
若い人材のスカウトだけではなく、今、交流のある人たちとの親交を深める意味もあったんだ。
だけど、最後の競技が行われている時、私はふと不思議な気を感じた。
―― これは...!
私がまだ尽世に来てすぐのころ、城下町で感じた、黒い渦巻いたような気だ。
私は伊月さんに知らせようと思い、伊月さんの方を向くと、
―― あ
キヨさんが、お酒を持って、伊月さんの横に座った。
私は何故か、それを見て、伊月さんのもとに行けなくなった。
キヨさんは伊月さんにお酌をして、一緒に飲んで、何やら話している。
―― な、何か、二人の距離、近くない?
キヨさんは自分の体を伊月さんの体にもたれかけさせるように寄せていく。
―― もしかして、キヨさん、伊月さんのこと誘惑してる?
私は、きゅっとこぶしを握った。
伊月さんはいつもと変わらない様子だけど、キヨさんはもしかして伊月さんのことを好きなのかもしれない。
―― だって、何か秘密の話するって言っても、あんなに近くなくてよくない?
私は近距離でお酒を飲んでいるキヨさんと伊月さんのことが気になってしまい、完全に黒い渦巻く気の男の話をするタイミングを逃した。
やがてキヨさんは、そっと、伊月さんの肩に両手を置いた。
そして、伊月さんの耳元にぐいっと顔を近づけて、何かをささやいている。
―― な、何、そんな、イチャイチャしてるの?
そして、次の瞬間、伊月さんがキヨさんにささやき返す。
私は悪いと思いつつも聞き耳を立てた。
「すきだ。す...」
―― え
途中からよく聞こえなかったけど、伊月さんがキヨさんに「好きだ」って言ったのは確かに聞こえた。
―― 伊月さんもキヨさんのこと…
私は泣きたくなって、その場でうつむき、かたまった。
ただの部下だって言ってたけど、それ以上の関係にしか見えない。
あんなに距離近いし、耳元でささやき合ってるし、なんなの…
―― やっぱり大人の男の人ってずるい!
私は気持ちを伝えたのに、伊月さんは、私のことどう思っているか、気持ちを伝えてはくれなかった。
ただハグしただけで、曖昧にされて。
もし、伊月さんは、私の気持ちも分かった上で、キヨさんともいい感じで、両天秤にかけようとしていたとしたら…。
そう考えたら、泣きたい気持ちに怒りも加わった。
周りで起きてることがどうでも良くなった。
今すぐ帰って、布団にもぐって泣きたい。
―― でも、もう少し、我慢しないと!
私は泣きたくなるのを必死で抑えて、持っていた盃に入っていたお酒をグイっと飲みほした。
「那美さま、飲みっぷりが良いですね?」
平八郎さんが、私のところに来て、またお酒を注いでくれる。
「平八郎さん、私、今日、飲みます!」
「いいですね! 私もお付き合いしますよ!」
平八郎さんも乗ってきてくれたので、私はそれ以上、伊月さんの方を見らずに、ずっと平八郎さんと飲んでいた。