私は膝の上でキュッとこぶしを握った。
「私、ずっとキヨさんのことが気になってて…。」
「ん? キヨのことが?」
伊月さんは、このタイミングでキヨさんの話題が出たのが意外すぎる、というような顔をした。
「ずっとキヨさんのこと知りたかったんです。でも、知りたくなくて。」
「一体、どういうことだ?」
「この前、キヨさんと伊月さん、逢瀬だったじゃないですか?」
「お、逢瀬? 私とキヨが?」
「はい。それを見て、ずっと気持ちがモヤモヤしてて…。それであんな態度をとってしまいました。」
―― 子供っぽいって、嫌らわれるかもしれない。
「ど、どういうことだ?」
伊月さんは、本当に何も気づかないみたいだ。
ものすごく困惑したような表情を浮かべている。
―― やっぱり、もうちょっと、はっきり言わなきゃ、伝わらない。でも…
私は思い切って、口を開いた。
「伊月さんだって大人の男性です。女性とデート...逢瀬に行くことだって自然だと思います。私を城下に連れて行ってくれた時も、女性の好きそうなこと沢山知ってて、あぁ女の人にも、逢瀬に行くのにも慣れているなって分かってたし。でも、どうしても、それが嬉しくなくて…。」
「な、何を言って...?」
「でも、私、結構色々我慢してたんです。伊月さん忙しそうだったから、かまってもらいたくても、できるだけ伊月さんの邪魔にならないようにしてたのに...。」
「那美どのを邪魔などと思った事は一度も...。」
思い切って、口を開いたら、どんどんため込んでいた気持ちが、堰を切ったように、あふれ出して、手に負えないくらいに大きくなって、そして、止まらくなった。
「伊月さんが、何かして欲しいことはないか、って聞いた時、本当はもっと伊月さんとお話したり、また月の峠に一緒に行ったりしたいって言いたかったんです。でも忙しい伊月さんにそう言えなくて。でも、伊月さん、そんな忙しい中でも、キヨさんとの逢瀬には時間を確保していたじゃないですか?」
「ちょっと待て、何か誤解が...」
「そんな中、あんな風に、キヨさんとイチャイチャしてるの見せられて、私、すっごく、嫌だ!って思っちゃったんです。私だって伊月さんと、もっと一緒に過ごしたいのにって。」
「イ、イチャイチャ? そ、それは断じて違う!」
「いいんです!私が勝手にモヤモヤしてただけなんです。伊月さんは何も悪くないです。私がただ、勝手に焼きもち焼いて、あんな態度取ってしまっただけなんです。失礼な態度取って、本当にすみません!」
「や、き、もち?」
伊月さんは私の言った事を反芻した。
そして、その瞬間、伊月さんの顔がブワっと赤くなった。
―― え?
そして、伊月さんは、がばっと背中を向けた。
「ど、どうしたんですか?」
背を向けている伊月さんの顔を覗き込むと、耳まで真っ赤にして、頭を抱えこんでいる。
―― どうしよう、嫌われちゃったかもしれない。
「あの…。やっぱり、あきれました?ひきましたよね?本当にすみません…。」
―― どうしよう、キモイって思われたらどうしよう。ウザイって思われたらどうしよう。重いって思われたらどうしよう。
言ってしまって、後悔の念が一気に押し寄せて来る。
背を向けたまま頭を抱え込んでいる伊月さんを見て、不安に胸をつぶされそうになった。
―― いざとなったら、友達として、もっと一緒に過ごしたいっていう意味で言ったって、ごまかそう!
なんて、ずるいことを考えていたら、伊月さんは背中を向けたまま、急に、スっと立ち上がった。
「う、嬉しい。」
「え? 今、何て・・・?」
何て言おうとしたのか聞こうとしたら、伊月さんがいきなり 「くそぉおおおお!」と 叫び始めた。
―― な、何が起こっているの? そ、そんなに嫌だったの?
しばらく叫んで少し落ち着きを取り戻したのか、伊月さんは、ふうと息を吐いた。
それからゆっくり石の長椅子に座りなおして、私の方を見た。
―― ああ、もう、ダメだ。絶対、嫌いって、キモイって言われる。
これから来るであろう絶望の淵を覚悟して、私は伊月さんの言葉を待った。
「う、嬉しいと言ったのだ。」
「へ?」
―― 嬉しいって?
「や、焼きもちなど、そ、そんな可愛い事を…。」
―― か、可愛いって? キモイじゃなくて?
今、聞いた言葉が聞き間違えじゃないかと、一生懸命、思考を追いつかせようとしていると、伊月さんがまた、立ち上がって、「あ”ーーーーーーー!」と 叫び始めた。
―― その叫ぶのは何なの???
伊月さんはしばらく叫んだ後、また、ふうと息を吐いて、長椅子に座りなおした。
「まず、誤解を解きたい。キヨは私の部下で、優秀な忍だ。」
「え?」
「あの日も任務中だった。逢瀬などでは、断じて、ない。」
「え? えええええ?」
今度は私の方がブワッと赤面した。
―― 部下?
そうだとは知らずに勝手にデートだと想像を膨らませて、嫉妬していたなんて、恥ずかしすぎる。
私はあまりの恥ずかしさに顔を両手で隠した。
「は、恥ずかしいです。勝手に想像して...。すみません。」
でも、伊月さんが私の両手をそっと掴んで顔から離した。
それから私の頬をそっと両手ではさんで上向かせた。
伊月さんも顔が赤い。
「可愛い…。」
伊月さんは絞り出すように言うと、次の瞬間、私をぎゅっと抱きしめた。
―― え?
頭の後ろをきゅっと抑えられて、伊月さんの厚い胸板に顔を押し付けられる。
伊月さんの鼓動が聞こえる。
―― ど、どうして抱きしめられてるの?
どうしていいか分からずにかたまってしまう。
「い、伊月さん…。一体どうして…。」
伊月さんは私の肩に顔をうずめてため息をついた。
「私は…那美どのが可愛すぎて、おかしくなりそうだ。」
「え? な、なんで…。」
「しー。 しばらく、じっとしていろ。」
「は、はい?」
有無を言わせぬ甘い命令に私は口をつぐんだ。
この瞬間がいとおしすぎて、私もそっと伊月さんの背中に手を回した。
ごつごつしていて、大きくて温かい背中だ。
紫陽花の香りが私たちを包む。
ドキドキもするけど、安らぎもする香りだ。
私たちはしばらくそのまま体をくっつけあって、ただお互いの鼓動を感じていた。
「私、ずっとキヨさんのことが気になってて…。」
「ん? キヨのことが?」
伊月さんは、このタイミングでキヨさんの話題が出たのが意外すぎる、というような顔をした。
「ずっとキヨさんのこと知りたかったんです。でも、知りたくなくて。」
「一体、どういうことだ?」
「この前、キヨさんと伊月さん、逢瀬だったじゃないですか?」
「お、逢瀬? 私とキヨが?」
「はい。それを見て、ずっと気持ちがモヤモヤしてて…。それであんな態度をとってしまいました。」
―― 子供っぽいって、嫌らわれるかもしれない。
「ど、どういうことだ?」
伊月さんは、本当に何も気づかないみたいだ。
ものすごく困惑したような表情を浮かべている。
―― やっぱり、もうちょっと、はっきり言わなきゃ、伝わらない。でも…
私は思い切って、口を開いた。
「伊月さんだって大人の男性です。女性とデート...逢瀬に行くことだって自然だと思います。私を城下に連れて行ってくれた時も、女性の好きそうなこと沢山知ってて、あぁ女の人にも、逢瀬に行くのにも慣れているなって分かってたし。でも、どうしても、それが嬉しくなくて…。」
「な、何を言って...?」
「でも、私、結構色々我慢してたんです。伊月さん忙しそうだったから、かまってもらいたくても、できるだけ伊月さんの邪魔にならないようにしてたのに...。」
「那美どのを邪魔などと思った事は一度も...。」
思い切って、口を開いたら、どんどんため込んでいた気持ちが、堰を切ったように、あふれ出して、手に負えないくらいに大きくなって、そして、止まらくなった。
「伊月さんが、何かして欲しいことはないか、って聞いた時、本当はもっと伊月さんとお話したり、また月の峠に一緒に行ったりしたいって言いたかったんです。でも忙しい伊月さんにそう言えなくて。でも、伊月さん、そんな忙しい中でも、キヨさんとの逢瀬には時間を確保していたじゃないですか?」
「ちょっと待て、何か誤解が...」
「そんな中、あんな風に、キヨさんとイチャイチャしてるの見せられて、私、すっごく、嫌だ!って思っちゃったんです。私だって伊月さんと、もっと一緒に過ごしたいのにって。」
「イ、イチャイチャ? そ、それは断じて違う!」
「いいんです!私が勝手にモヤモヤしてただけなんです。伊月さんは何も悪くないです。私がただ、勝手に焼きもち焼いて、あんな態度取ってしまっただけなんです。失礼な態度取って、本当にすみません!」
「や、き、もち?」
伊月さんは私の言った事を反芻した。
そして、その瞬間、伊月さんの顔がブワっと赤くなった。
―― え?
そして、伊月さんは、がばっと背中を向けた。
「ど、どうしたんですか?」
背を向けている伊月さんの顔を覗き込むと、耳まで真っ赤にして、頭を抱えこんでいる。
―― どうしよう、嫌われちゃったかもしれない。
「あの…。やっぱり、あきれました?ひきましたよね?本当にすみません…。」
―― どうしよう、キモイって思われたらどうしよう。ウザイって思われたらどうしよう。重いって思われたらどうしよう。
言ってしまって、後悔の念が一気に押し寄せて来る。
背を向けたまま頭を抱え込んでいる伊月さんを見て、不安に胸をつぶされそうになった。
―― いざとなったら、友達として、もっと一緒に過ごしたいっていう意味で言ったって、ごまかそう!
なんて、ずるいことを考えていたら、伊月さんは背中を向けたまま、急に、スっと立ち上がった。
「う、嬉しい。」
「え? 今、何て・・・?」
何て言おうとしたのか聞こうとしたら、伊月さんがいきなり 「くそぉおおおお!」と 叫び始めた。
―― な、何が起こっているの? そ、そんなに嫌だったの?
しばらく叫んで少し落ち着きを取り戻したのか、伊月さんは、ふうと息を吐いた。
それからゆっくり石の長椅子に座りなおして、私の方を見た。
―― ああ、もう、ダメだ。絶対、嫌いって、キモイって言われる。
これから来るであろう絶望の淵を覚悟して、私は伊月さんの言葉を待った。
「う、嬉しいと言ったのだ。」
「へ?」
―― 嬉しいって?
「や、焼きもちなど、そ、そんな可愛い事を…。」
―― か、可愛いって? キモイじゃなくて?
今、聞いた言葉が聞き間違えじゃないかと、一生懸命、思考を追いつかせようとしていると、伊月さんがまた、立ち上がって、「あ”ーーーーーーー!」と 叫び始めた。
―― その叫ぶのは何なの???
伊月さんはしばらく叫んだ後、また、ふうと息を吐いて、長椅子に座りなおした。
「まず、誤解を解きたい。キヨは私の部下で、優秀な忍だ。」
「え?」
「あの日も任務中だった。逢瀬などでは、断じて、ない。」
「え? えええええ?」
今度は私の方がブワッと赤面した。
―― 部下?
そうだとは知らずに勝手にデートだと想像を膨らませて、嫉妬していたなんて、恥ずかしすぎる。
私はあまりの恥ずかしさに顔を両手で隠した。
「は、恥ずかしいです。勝手に想像して...。すみません。」
でも、伊月さんが私の両手をそっと掴んで顔から離した。
それから私の頬をそっと両手ではさんで上向かせた。
伊月さんも顔が赤い。
「可愛い…。」
伊月さんは絞り出すように言うと、次の瞬間、私をぎゅっと抱きしめた。
―― え?
頭の後ろをきゅっと抑えられて、伊月さんの厚い胸板に顔を押し付けられる。
伊月さんの鼓動が聞こえる。
―― ど、どうして抱きしめられてるの?
どうしていいか分からずにかたまってしまう。
「い、伊月さん…。一体どうして…。」
伊月さんは私の肩に顔をうずめてため息をついた。
「私は…那美どのが可愛すぎて、おかしくなりそうだ。」
「え? な、なんで…。」
「しー。 しばらく、じっとしていろ。」
「は、はい?」
有無を言わせぬ甘い命令に私は口をつぐんだ。
この瞬間がいとおしすぎて、私もそっと伊月さんの背中に手を回した。
ごつごつしていて、大きくて温かい背中だ。
紫陽花の香りが私たちを包む。
ドキドキもするけど、安らぎもする香りだ。
私たちはしばらくそのまま体をくっつけあって、ただお互いの鼓動を感じていた。