「大の大人がげんこつされて、正座させられてるのって、ちょっとうける…ふふふ。」
と研究室で私と夕凪ちゃんが二人で笑っていた所に、伊月さんと八咫烏さんがおずおずとやって来た。
伊月さんと八咫烏さんはオババ様に命じられてタカオ大社の境内で四半刻正座をしていた。
「全くオヌシらは、図体ばかりでかくなって、中身は子供の頃から何も変わっておらぬ。あきれ返って物が言えぬわ。」
「すみません。」
すっかり頭を冷やした二人はしゅんとしている。
―― 面白い物を見ちゃった気がする。
「八咫烏、お前は帰ってワシが頼んでおったことを済ませろ。」
「はい。」
八咫烏さんは私の髪に触れようとするも、途中で止めて、「那美、またな。」とだけ言って去っていった。
ちょっとだけ可愛そうだけど、きっとすぐまた元気になる気がする。
ふと見ると、オババ様の手元が赤く光っている。
「それ、何ですか?」
「伊月が持ってきた物じゃよ。」
伊月さんもオババ様の手元を覗き込む。
「やはりカムナの玉でしたか?」
オババ様と伊月さんの説明によると、以前、魔獣討伐をした時に持ち帰った翼竜の死体から見つかった物だという。
伊月さんは、この魔獣を討伐した時に、空から落ちてきた私を拾ったと言っていた。
尽世でいう魔獣はあやかしに似て、不思議な力を持っているが、あやかし程の知性がないそうだ。
食べ物に困っている時だけ人間に近づき、村を襲って食物を取ったりするそうだ。
今までそんな魔獣を操ったりするのは不可能だとされていたが、
江の国との国境の戦で、内藤丈之助という男が魔獣を操っていた。
「その内藤という男は魔獣を操る力を江の国主に売り込み、江の国主とともに亜の国の国境を侵略しようとしたのだ。」
伊月さんが教えてくれる。
でも、この内藤の侵略作戦は、伊月さんの軍によって食い止められた。
「そうなんですね。その内藤って人は、この魔獣の体内にカムナの玉を埋め込んで魔獣を操っていたのですか?」
「そのようじゃ。この数ヶ月こればかり研究しておるが、カグツチ由来のカムナの玉だとわかった。」
「カグツチ? それは誠か?」
伊月さんが言うには、その内藤という男はよく亜の国に来て、カグツチの祠に立ち寄るのだとか。
カグツチは火を司る神だ。
「しかし、いかにカグツチの力を借りようとも、男にカムナリキが使えるはずはない。」
本来カムナリキを持って生まれてくるのは女性だけだ。
さらに、女性でカムナリキを持っていたとしても、ある程度その力が神と渡り合えるくらい強力でなければ、それを活用できない。
さらにカムナの玉を使ってそのカムナリキを人間界に活用出来る人は稀で、カムナ巫女と特別な名称で呼ばれる。
「そもそも、神やあやかしは人間の戦や政治に関わらないではないか。本当にカグツチが力を貸したかも怪しい。」
「どこぞのカムナ巫女と手を組んでおると考える方が自然じゃが…。」
「まだまだ解明せねばならぬことが多いですね。」
―― なんだか大変そうだな。
「あの、オババ様、伊月さん、私にも何か出来ることがあったら言って下さいね。」
「オヌシはさっさとオヌシの作っておるものを売り出せ。」
「あ、はい。」
私は、あれから、研究室で2つの物を試作している。
1つはスタンガンみたいな物で、女の人が護身用に使える防犯グッズだ。
持ち手の先端に雷石を2つはめ込んで、この間に強めの電流を流す。
この電流に触れると、電気ショックで筋肉が硬直して、しばらく動けなくなる、という仕組みだ。
だけど、人体実験ができないので、まだまだ実用化には程遠い。
もう一つはライターみたいなもので、スタンガンと構造はとても似ているが、もっと小さい。
スイッチを入れると、先端に埋め込んだ2つの雷石の間に小さく火花が出るので、それで火を付けることが出来る、フレームレスライターみたいな物だ。
こちらの方はもう売り出せる状態まで来ている。
「那美どのは、どんな物を作っているのか?」
「今の所、売り出せそうなものはこれです。」
私は伊月さんにライターを見せる。
「おぉ、これは便利だな。両手を使わずとも火が簡単に、しかも短時間でつけられる。」
「それ、試作品ですが、良かったらもらってください。」
「いいのか?」
伊月さんは新しいおもちゃを見つけた子供みたいに目を輝かせた。
―― そういう顔もするんだな。やっぱり可愛い。
―― 鬼武者なんてひどいよ。
私は伊月さんの横顔を見ながら思った。