タカオ山の麓にある手習い所から中腹にある研究室まで伊月さんと並んで歩く。
「さみだれの季節ってどのくらい続くんですか?」
「一ヶ月くらいだ。」
伊月さんと他愛も無い話をしながら歩いていると、後ろでバサバサっと大きな羽音が聞こえた。
振り向くと、八咫烏さんが立っていて、よぉ、と片手を上げていた。
「八咫烏さん、宴以来ですね! お元気ですか?」
「那美に会いたくてなぁ、また来てしまった。」
「あーはいはい。ありがとうございます。」
「全然ありがたくなさそうだ。」
私達が3人で歩きだすと、八咫烏さんが言う。
「那美のように俺になびかん女も、相当にめずらしいぞ。」
確かに八咫烏さんはミステリアスなイケメンだけど、なびかない女性だっているだろうに、と思う。
でも伊月さんまで、確かに、めずらしいな、と同意した。
「そうなんですか? 八咫烏さんってそんなにモテるんですか?」
「そうだな。八咫烏が行くところには女人の輪ができる事がある。」
「えー!」
「なぜ驚く? たいていの人間の女は、俺の魅力を放っておかぬ。そもそも何故お前は俺になびかん?」
「何故って言われても…。」
「そして俺ではなくこの堅物の伊月にベッタリではないか。全く解せぬ。」
「え、でも、伊月さんもモテそうですよ?」
私のこのコメントに八咫烏さんがガハハハと笑い出した。
「伊月がモテるだと? あり得ぬ!あはは!」
「伊月さん、八咫烏さんがすごい失礼な事言ってますよ?」
「あぁ。だが、誠だ。私は女人に恐れられる方だ。」
「那美はどうなのだ?」
「え? どうって?」
「お前は男にモテるだろ?」
「え? 全然モテませんよ。」
その瞬間、八咫烏さんが私の前に廻り、顎を持ち上げた。
八咫烏さんの顔が近くに迫る。
「モテぬわけがない。お前の唇は美味そうだ。」
―― もしかして、私、顎クイされてる?
「ちょ、や、止めて下さい!」
八咫烏さんの体を押し返そうとする前に、伊月さんが私の顎を持っていた八咫烏さんの腕を取った。
「おい、止めろ。冗談がすぎるぞ。」
そして八咫烏さんの体を軽く突き放す。
―― 庇ってくれた
助けてくれた伊月さんに少し胸が高鳴り始める。
「俺は冗談じゃないぞ。悔しいならお前が那美を篭絡してみろ。」
「な、何の話ですか?」
「篭絡などと、那美どのに失礼だ。」
「以前はお前に免じて引き下がったが、結局何の進展もないではないか。」
「そ、そなたには関係ない。」
「えっとー? あの?」
「お前がうかうかしているので俺はもう我慢ならぬ! 俺なら女の喜ばせ方を知っている!」
「うるさい。そもそもそなたは女一人に本気になったことがあるのか?」
「もちろんあるさ。俺はいつでも本気だ。」
「嘘をつけ。」
「じゃあ、お前は本気なのか?」
「な、何だと? と、とにかくお前のようにいつも女を泣かせるやつに那美どのを近づけさせられぬ。」
「お前も女を泣かせるではないか、怖がらせて。」
「それは別の話だ!」
「あのー、八咫烏さん? 伊月さん?」
二人は言い争いになってしまい、私は完全に蚊帳の外だ。
「やるか、伊月?」
「受けて立つ!」
「やるって、何するんですか? ちょっと、落ち着いて下さい! 」
不穏な空気に焦っていると、いつの間にかオババ様と白けた顔の夕凪ちゃんが二人の後ろに立っていた。
「あ、オババ様!」
私が思わず声を上げると、
「げっ」
「あっ」
二人はオババ様に気づき、いたずらが見つかってしまった子供のような顔をした。
オババ様は高身長の二人よりも高い位置まで自身の体を浮かべている。
―― わぁすごい! オババ様って飛べるの?
そして無言のまま、伊月さんと八咫烏さんに同時にげんこつを振り上げた。
ゴツン!!! と、すごい音がした。