「堀様! 那美!」
伊月の屋敷で待機していた源次郎さんが帰ってきた私たちを見つけて屋敷から出てきた。
「さぁさぁ、皆さん、こちらへ。」
源次郎さんは皆に優しく声をかけ、広間に連れて行く。
正次さんのの部下たちも待機していたらしくて、広間に集まっていた。
正次さんの部下たちは広間ですすり泣く女性達に、白湯を飲ませ、怪我がないか見たりしている。
源次郎さんに指示を仰いで、私も皆の怪我した人たちの手当てのお手伝いをした。
正次さんは、女性たちの身元を聞き、事情を聞きながら、紙に書き留めている。
「皆をきちんと家に送り届けるので、もう泣くな。」
正次さんは一人一人に言葉をかけ、皆、次第に落ち着きを取り戻していった。
―― みんな、すごく頼もしいな。
私が手伝えることも少なくなってきた所に伊月さんたちが帰ってきた。
「殿のお帰りだ。」
伊月さんたちが広間に入ると、源次郎さんも、正次さんも、皆、床に平伏した。
「面を上げろ。」
伊月さんは女の人たちを見回して言う。
「そなたらを《拐かどわ》かした者たちは皆、|生け捕りにして、牢に入れた。これより同じような事件が起きぬよう、主犯の者をさがす。明日の朝から、順次そなたたちを家に帰す。身寄りのないものは行き先を見つける。炊き出しをするので、飯を食って、仮眠を取り、朝まで体を休めよ。」
女性たちは皆わっと嬉し涙を流し、ありがとうございます、ありがとうございます、と頭を下げた。
私も「良かったですね」と嬉しくて涙ぐんだ。
すぐに炊き出し用の窯が運ばれ、伊月さんの部下がご飯を作り始めた。
寝具なども広間に運ばれ、今夜皆がこの屋敷で休めるように準備が整い始めた。
皆の仕事の手際の良さに関心していると、伊月さんが「那美どの、ちょっといいか?」と、部屋から出るように促す。
私は伊月さんの背中を追って、部屋を出た。
「伊月さん、無事で良かったです。」
私が言うと、伊月さんはバッと振り向き、身を屈め、私の顔を覗きこんだ。
「それは私のセリフだ。」
伊月さんは手を伸ばし、私の顔に触れようとして、途中で手を止めた。
―― な、に?
「…心配した。」
伊月さんは苦しそうにそれだけ言って、手をひっこめ、また背を向けて歩き出した。
この前、通してもらった客間や、薬を作る部屋とは別の部屋に通される。
伊月さんは部屋の前に設置してある手水舎で手を洗ったので私もそれに倣う。
「ここに…。」
私を座布団に座らせ、伊月さんが火打ち石を使って部屋の行灯に火を点けると、部屋の輪郭が浮かびあがった。
―― ここってもしかして、伊月さんの部屋?
「こら、キョロキョロするな。そなたの怪我を見る。」
「え? 怪我、ないですよ?」
伊月さんは無言で私の手をとり、手首についた縄の跡を見た。
「あの、このくらい平気ですよ。それよりも…」
伊月さんは私のコメントには答えず、私の着物の袖をスッと捲し上げた。
―― え?
伊月さんが私の腕をそっと撫で上げる感覚に、背筋が一瞬ぞくっとなった。
今度は私の腕をまじまじと見ている。
―― あ、あの時ねじられた腕だ!
「骨や筋は大丈夫そうだが、やはり、縄の跡が擦り傷になっている。」
伊月さんは私の手首を綺麗な布で拭き、次に軟膏を取り出し、塗り始めた。
―― あ
この上なく優しい手つきで伊月さんの指が肌にそっと触れる。
触れ方が優しすぎて背筋がまたぞくぞくっとなり、肩が震えた。
「あ、あの、伊月さん・・・」
「何だ。」
「んっ。きゃ。」
我慢できなくなってしまい、変な声が出た。
伊月さんは手を止めて、私を見た。
「少し痛いのは我慢しろ。」
また伊月さんの指が肌の輪郭をつっとなぞり、不思議な感覚に襲われる。
「すみません、でも、ひゃっ。」
「な、何だ。」
伊月さんは手を休めずに訝し気な顔を向ける。
伊月さんが私の手首をなぞる度に不思議な熱がこもる。
「く、くすぐったくって。あっ。が、我慢できません。んんっ。」
「な、なんだっ。」
伊月さんはパッと手を離し、少し固まっていた。
やがて顔を赤くして、軟膏の入れ物をドンと床に置いた。
「全く、そなたは、こんな時に、なんて能天気なのだ!」
伊月さんはスッと立ち上がった。
「足の擦り傷には自分で塗るように。」
そう言って、部屋を出て行った。
―― あ、何か、怒らせちゃったみたい。
「くすぐったいものはくすぐったいんだもん、しょうがないじゃない。」
私は少し不貞腐れて伊月さんの置いて行った軟膏を手に取った。
自分の片方の足首に薬を塗りながら、廊下での伊月さんの様子を思い出す。
伊月さんは私のことを心配したと言って、とても苦しそうな表情をしていた。
―― すごく心配してくれてたのに、私が一人ヘラヘラしてるから怒ったんだろうな。
もう片方の足首にも薬を塗る。
―― きっとまたこんな時に能天気だって呆れられちゃったんだ。
「でも、あんな触り方されたら…。」
私は伊月さんの指の感覚を一人思い出して顔が赤くなる。
―― 何考えてんの。
真剣に心配して治療してくれていただけなのに、自分だけ変なこと考えてしまった気がして急に恥ずかしくなる。
―― 後でちゃんと謝ろう。