空が夕焼け色に染まった。
今日は朝からずっと(うたげ)の準備をしていた。

「準備万端だね。」

夕凪(ゆうなぎ)ちゃんと私は、今日二人で一日かけて作った料理の数々を見回す。

「バッチリだね。気がかりはオババ様のつまみ食いだけだね。」

夕凪(ゆうなぎ)ちゃんは真剣に言ってる。

「ねえ、那美(なみ)ちゃん、そろそろ着替えて来なよ。そんな格好でお客様をお迎えできないよ。」

私は朝からバタバタと(うたげ)の準備をしていたので、(たすき)をかけて、着物の(すそ)を上げ、手拭いで髪を(おお)っていた。

「そ、そうだよね。じゃあ、ちょっと着替えて来るね。夕凪(ゆうなぎ)ちゃんは着替えないの?」

「私は()けだぬきだから、直前に()ける。」

「あ、そっか。じゃあ、行ってくるね!」

「ちょっとはお化粧もしておいでよ。」

「う…。苦手だけど頑張るよ。」

何とかいつもより5%くらい増しでおしゃれして、(うたげ)の時間に間に合った。
いよいよ日が暮れて、次々と招待客が訪れ始める。
私は準備した部屋へとお客様たちを案内する。

(せん)さんとお(せん)さんのママ友たちも今日は旦那さんを連れて来てくれた。

手習い所の小屋を修繕してくれた黒鍬衆(くろくわしゅう)の人達も来てくれた。

他にもオババ様の眷属(けんぞく)吉太郎(よしたろう)吉太郎(よしたろう)の仲間、オババ様と古い付き合いだという神使(しんし)の猿の一団、八咫烏(やたがらす)さんなど、あやかしたちも来た。

「お、那美(なみ)、今日は前に会った時よりも着飾ってて可愛いぞ。ますます美味そうな匂いがしておるな。」

八咫烏(やたがらす)さんが開口一番そういった。

「あーはいはい、ありがとう、八咫烏(やたがらす)さん。」

私の中で八咫烏(やたがらす)さんはチャラ男認定されているので、話半分に聞きながら、席に着かせる。

そこに、伊月(いつき)さん、源次郎(げんじろう)さん、正次(まさつぐ)さんたちもそれぞれ馬に乗ってきた。

正次(まさつぐ)さんも八咫烏(やたがらす)さんと同様に開口一番

「おぉ、那美(なみ)様、今日はまた一段とお美しいですな!」

と、言った。

―― 八咫烏(やたがらす)さんと正次(まさつぐ)さん、ちょっとチャラいところがそっくりだ。

伊月(いつき)さん達が来ると、お(せん)さん達の旦那さん方や黒鍬衆(くろくわしゅう)たちは床に頭をついて平伏(ひれふ)していた。

―― あ、皆、兵だから、将軍の伊月(いつき)さんは上司になるのか。

でも、伊月(いつき)さんは

「今日は仕事に関係のない(うたげ)なので上も下も関係なく無礼講(ぶれいこう)でお願いしたい。この通りだ。」

と言って皆に頭を上げさせるとともに、自分が頭を下げた。

―― そういう偉ぶらない伊月(いつき)さんは、やっぱりかっこいいな。

「何をニヤニヤしておる気色悪いぞ。」

後ろからオババ様の声がする。
振り向くと、いつもとは違う衣装のオババ様がいた。

「あ、オババ様、すごくキレイ!」

いつもは裾引(すそひ)きの薄い着物を幾重にも重ねて割と派手目な格好のオババ様だけど、
今日は長袴(ながばかま)水干(すいかん)の巫女姿という、いつもよりシンプルな装いだ。
そのシンプルさが、オババ様の銀色の髪や、深紅色の目や、人間離れした雰囲気を引き立たせている。
そして銀色に輝く髪には金色に輝く(かんむり)のような(かんざし)を付けている。

「ワシはいつも美しいのだ。」

自信たっぷりに言うオババ様にクスっと笑う。

「自分で言うのはどうかと思いますが、反論はできません。」

皆が揃い、席に着いたのを見て、オババ様が挨拶をした。

「さて、ご来場の方々。今宵(こよい)那美(なみ)のために手を貸してくれた皆に感謝を表す(うたげ)じゃ。大いに食べて、飲んで、歌って踊ろうぞ! 乾杯!」

オババ様が乾杯を皆に呼びかけ、(うたげ)が始まる。
夕凪(ゆうなぎ)ちゃんと私は皆に料理を運び、お(しゃく)をして、一人ずつ挨拶をしていく。
皆、思い思いに会話と料理とお酒を楽しみ、楽しそうだ。

ある程度お酒も料理も行き渡り、私も夕凪(ゆうなぎ)ちゃんも席に着いてくつろぐことにする。
私は伊月(いつき)さんの横に空いている席を見つけて座る。

伊月(いつき)さんも、お酒、どうですか?」

(いただ)こう。」

私は伊月(いつき)さんの(さかずき)にお酒を注ぎ、横顔を見た。
伊月(いつき)さんはお酒を飲む姿まで優雅だ。

「今日は来て下さってありがとうございます。」

「こちらこそ、呼んで頂いて感謝する。源次郎(げんじろう)正次(まさつぐ)も、あのように喜んでいる。」

伊月(いつき)さんの指差す方を見ると、源次郎(げんじろう)さんも、正次(まさつぐ)さんも、そして八咫烏(やたがらす)さんも、手習い所(てなら じょ)に来ている若い生徒さんたちと楽しそうに会話している。

「ふふふ。楽しそうで何よりです。」

那美(なみ)どのも、一杯どうか?」

「良いんですか? じゃあ、一杯だけ。」

伊月(いつき)さんが私にお酌してくれる。

「んー! 美味しいですね。」

オババ様が皆のために用意してくれたお酒は、少し甘さがあり、まろやかだった。
お酒を堪能していると、オババ様が、伊月(いつき)さんに声をかけた。

伊月(いつき)(かどわ)かしの事件の捜査はどうじゃ。」

「それがサッパリです。若い女を狙っているみたいで、私達のようなむさ苦しい者が調査を始めるとパタッと事件がなくなる。」

「そんな事だろうと思い、今日はワシが良い案を授けてやろうと思ってな。」

オババ様は言いながら私の顔を見てニヤっと笑った。

―― な、何?

「おとり捜査をしてはどうか。那美(なみ)が、おとりになる。」

「は?」「え?」

伊月(いつき)さんと私は同時に驚いた声を出した。

「それは、出来ぬ。危ない目に合ったらどうしますか?」

伊月(いつき)さんは即座にオババ様の案を却下する。

那美(なみ)は最近カムナリキの使い方を心得て来ておるので、多少危ない目に合っても自分の身は守れるぞ。」

そういえば、私のカムナリキの攻撃がどれくらい効くのか実験する相手がいないと言ったら、オババ様が実験台を見つけてやると言っていた。

「オババ様、実験台ってもしかしてこのことですか?」

うんと、オババ様がうなずく。

―― 確かに誘拐犯人が相手だったら気兼ねなく力を試せるな。自分のカムナリキを試せる絶好のチャンスかも。

それにもしかしたら、少しでも伊月(いつき)さんの役に立てるかもしれない。

伊月(いつき)さん、あの、お願いです。やらせて下さい。」

私は伊月(いつき)さんの顔を(のぞ)き込んだ。

「駄目だ。」

「お願いします!」

「駄目なものは駄目だ。危険すぎる。」

伊月(いつき)さんは(ゆず)る気がなさそうだったけど、私も引き下がらなかった。

「今、調査は難航してるんですよね? その間にも他の人が(かどわ)かされちゃうかもしれないじゃないですか? 少しでも違うことを試したほうがいいと思います。」

「だが…。」

「何かお役に立てそうなことがあるのなら、少しでも可能性があるのなら、させて下さい。」

私は伊月(いつき)さんに向かって深く頭を下げた。

伊月(いつき)那美(なみ)はオヌシが思っているよりずっと怪力じゃぞ。自分の背丈ほどの岩をやすやすと砕ける。那美(なみ)の力を信じてみろ。」

オババ様も説得してくれる。

「…」

伊月(いつき)さんは黙っていたが、ふうっとため息をついて、私の両肩を掴み頭を上げさせた。
そのまま私の目を見て、子供に言い聞かせるように言う。

「分かった。ただし、危なくなったらすぐに身をひくことだ。無茶をしないと約束できるか?」

「はい!」

私はこうやって伊月(いつき)さんの調査に加わることになった。

「よし。決まりだな。だが、その前に、今夜は(うたげ)を大いに楽しめ。」

そういうとオババ様は立ち上がり、声を大にした。

「これより(まい)奉納(ほうのう)する!」

皆の拍手を受けながら、オババ様が神楽(かぐら)舞台へと立った。
オババ様の招待で来ていた神使(しんし)の猿の一団がそれぞれ楽器を手に舞台へと上がる。
猿の神使(しんし)たちの演奏が(おごそ)かに始まった。
それに合わせてオババ様も巫女舞(みこまい)を始める。

「わぁーキレイ。」

オババ様の舞はとても神秘的で美しい。
水干(すいかん)(そで)が、長袴(ながばかま)(すそ)が、ひらひらと(ひるが)り、その優雅さに目を奪われる。
オババ様が鳴らす鈴の音も耳に心地良い。
思わず我を忘れ見とれていると、

「おぉー!」

と皆が空を見上げ、歓声を上げ始めた。
私も皆の視線を追って空を見上げる。
何と、そこには大きな龍が銀色に輝く体を雲に乗せて、空からオババ様の舞を見ていた。

「え? りゅ、龍?」

驚く私に伊月(いつき)さんが教えてくれる。

淤加美(おかみ)の龍だ。タカオ大社に(まつ)られている、オババ様の父上、高龗(たかおかみ)だ。」

オババ様は以前、カムナリキを神のために使うには舞や音楽を奏でる必要があると言っていた。

「す、すごい。」

あまりに神秘的で美しい光景に目を奪われているうちに、オババ様の舞が終わり、音楽が鳴り止んだ。
その瞬間、空を飛んでいた龍の体からキラキラと光の粒が降りてきて、その光とともに龍の姿が見えなくなった。

わっと皆の拍手喝采が鳴り響いた。

「このキラキラしたのはなんですか?」

「神の祝福だ。ここにいる皆に神の加護があるとおぼしめされた。」

「まぁ素敵ですね!」

私も皆と一緒に拍手しながら感動を隠せずにいた。