「おい、(ほり)。」

正次(まさつぐ)家路(いえじ)に着いていると、目の前に煙が湧き上がり、八咫烏(やたがらす)が現れた。

「何だ、まだいたのか。」

伊月(いつき)はどうしてしまったのだ?」

「見て分からぬか? 那美(なみ)様をたいそう気に入っておられる。」

「あいつが女を気にかけるとは…。」

那美(なみ)様には不思議な雰囲気がある。殿(との)は人を寄せ付けぬよう、見えない壁を作っておられるが、それを易々(やすやす)と乗り越えられたようだな。」

「人間にはそのように感じられるのか。俺には、那美(なみ)は、(まこと)、美味そうな匂いがする。」

「やめておけ。那美(なみ)様も殿(との)にベッタリだ。」

「ベッタリというか、熊の後ろに隠れるウサギのようだったぞ。」

「ははは! それは言い得て妙だ。」

「しかし見たか? 俺が那美(なみ)の手を取った時の伊月(いつき)の顔を。 」

「ああ、見た。今頃は何か理由を作ってお前の握ったあの手を握り直されているかもな。」

「そうか? あいつがそんなことをするか?」

「私がなら、そうする。」

「そして、見たか? 俺が那美(なみ)に菓子を食べさせようとした時の伊月(いつき)の様子を。」

「見たとも。死地に立っても眉一つ動かさない殿(との)があんな顔をなさるとは。」

「しかし伊月(いつき)はこじれておるぞ。気になる女にあの態度と口調はないだろう。甘い言葉一つも言えんとは。」

殿(との)は自分のお気持ちに自覚がないのかもしれん…。」

「あいつがウカウカしていれば俺が横から那美(なみ)をかっさらうぞ。」

八咫烏(やたがらす)は不適な笑みを浮かべた。

「やめておけ。殿(との)には私と源次郎(げんじろう)どのから、女の甘やかし方をしっかりとご指導、ご鞭撻(べんたつ)する。」

(ほり)は不器用すぎる自分の(あるじ)を助けようと決心した。