―― あ、良かった。無事に着いた。
今日は、オババ様のお遣いで、一人で外出していた。
行先は、以前オババ様と一緒に来たことのある伊月さんの屋敷だ。
足もすっかり良くなって、山道も難なく歩けるようになった。
門を叩くと、すぐに源次郎さんが出てきた。
「那美様! もうお加減はよろしいので?」
私は源次郎さんに頭を下げる。
「その節は本当にありがとうございました。おかげさまで、すっかり良くなりました。」
「それはようございました。どうぞ、どうぞ、中へ。」
源次郎さんはとても丁寧に対応してくれる。
「主は今、庭の方で剣術の稽古をしていますので、呼んで参ります。」
「あの、オババ様のお遣いで、届け物をしに来ただけなので、すぐに帰ります。」
「お急ぎですか?」
「いえ、急ぎではないですけど、邪魔をしたくないんです。」
「え?そ、そんな、邪魔なんてことはありません!」
源次郎さんは思いもかけず、力を込めて言った。
「そ、そうですか? でも、剣術のお稽古を中断してほしくないので…。じゃあ、終わるまで待っててもいいですか? 」
「もちろんです。もう稽古を始めて一刻ほどです。どのみちもう終わる頃です。」
源次郎さんは私を客間に通すと、お茶を淹れると言って部屋を出ていった。
―― あ。かわいい。
この前にはなかったけど、今日は、かわいいお花が活けられている。
客間の障子は開け放たれていて、縁側から中庭が見える。
天気の良さにつられて縁側に出てみると、庭の奥の方に伊月さんが見えた。
伊月さんは一人真剣に木刀で素振りを繰り返している。
声をかけられるような雰囲気ではなく、私は思わずその場に佇んだ。
―― わぁ、何てきれいな所作だろう
流れるような動きと、力強い動きが入り混じった、どこか、はかなく美しい動きだ。
伊月さんは着物の半身を脱いでいて、隆々たる筋肉が見える。
そして、二の腕には傷の跡があるのが見える。
―― 痛そうな跡だな・・・戦でついたのかな…。
次の瞬間、朝日が伊月さんの背中にあたり汗がキラキラと輝いた。
―― か、かっこいい….
いつしか目が離せなくなって、なぜが胸の奥がうずいた。
―― ど、どうしたんだろう、私。何でこんなに…ドキドキするの?
自分の心臓の音をうるさく感じた時、伊月さんは素振りをやめ、こちらを向いた。
「那美どの…。」
「あ、お、おはようございます。」
慌てて頭を下げる
「そこでつったって何をしている?」
―― み、見惚れてたなんて言えないし!
「えっと、随分集中されれてたので、声をかけたら悪いかなと思って…」
伊月さんは刀を置いて手拭いで汗をふきつつ、こちらに向かって歩き始めた。
「あの、この前はありがとうございました。お薬まで送って下さって。」
私は、自分の耳が熱くなってるのを感じて思わずうつむいた。
「一人で来たのか?」
「は、はい。」
「もう足はいいのか?」
「はい、伊月さんのお陰です。湿布もよく効きました。今日はお礼を言いたくて…。」
ずんずんと歩きながら伊月さんが近づいてくる。
「道中、大丈夫であったか?」
伊月さんの筋肉質な体が目の前に迫ってきて、目のやり場に困った。
「はい。オババ様が、迷ったら八咫烏さんを呼べって、この笛を持たされたんですが、使いませんでした。」
私は、帯に刺した八咫烏ささんを呼べるという笛を握った。
「それは何よりだ。八咫烏さはなかなか癖の強い奴だからな。」
―― そうなんだ。
言いながら、伊月さんはまだ私の方へ近づいてくる。
―― な、何でこんなに近いの???
伊月さんがやっと立ち止まる。
うつむいていたせいで、伊月さんのシックスパックが目の前にせまる。
―― が、眼福ありがとうございます! でも、ドキドキする!
「あ、あのっ。」
いたたまれなくなり、顔を上げると、今度は伊月さんの顔が近くにあった。
「あ...」
「しー。少しじっとしていろ。」
伊月さんの重低音ボイスが耳をくすぐる。
―― なに?
伊月さんはそのまま私の髪の毛に手を伸ばした。
「葉っぱがついていた。」
―― え?
伊月さんはつまんだ葉っぱを一枚ぽいっと庭に落とした。
「汗を流してくる。しばし待っていてくれるか?」
「は、はい。」
伊月さんは何事もなかったかのようにさっさと奥の部屋へと入って行った。
―― し、心臓に悪いよ!!!
自分だけドキドキしてしまって恥ずかしい。
客間に戻ると、源次郎さんがお茶を淹れて来てくれた。
「主の剣術の様子ご覧になりましたか?」
「はい。すごい迫力でした。」
―― そして美しい体でした…っていうのは言えない!
「そうでございましょう。主はこの亜国で一番腕が立ちます。」
源次郎さんは自分のことのように得意げに言った。
「この前、助けてもらった時も、伊月さんの強さを目の当たりにしてビックリしました。」
「そうでございましょう!主は強いのですよ。町の人もびっくりしていましたね。」
―― 伊月さんのこと、とても慕ってるんだな。
「ただ、あの風貌で怪力ですから、女子供からは怖がられております。」
「でも、あんなに優しいのに。」
「そうなんですよ。那美様だけですよ、主の優しさをわかって下さるのは!」
私は源次郎さんとこんなに話す機会がなかったけど、仲がいい主従なんだなと思い、心が、ほっこりする。
「おーぃ、源次郎どの、おるか?」
そこに庭の方からひょっこり顔を出した人がいた。
私と目が合うと、一瞬びっくりした顔をしていたが、すぐに破顔して
「もしや、那美様ですか?」
と、言って、客間に入ってきた。
「堀様、また裏口からおいでですか?今、お茶をお淹れします。」
「お、源次郎どの、かたじけない。」
堀と言われた人は私の前に座ると頭を下げた。
「堀正次と申します。共舘様にお使えする将の一人です。正次とお呼び下さい。」
「正次さん、初めまして。那美と言います。」
「那美様のことは存じております。殿が貴方様を見つけなさった時に私も戦場におりました。」
「そうなんですね。あの、色々ご迷惑おかけしたみたいで、すみません。それから、助けて頂いて、ありがとうございます。」
私も感謝の気持ちを込めて、頭を下げる。
「いやいや、すっかりお元気になられてなりよりです。殿の看病が効きましたな。」
―― やっぱり、伊月さんが看病してくれたんだ。
「堀、また来ていたのか。」
そこへ着替えてサッパリした雰囲気の伊月さんが入ってきた。
「殿、那美様は、噂に違わず、天女のような方でございますな!」
―― 天女って、それはない。
私は堀さんの見え透いたお世辞に苦笑いするも、源次郎さんは
「堀様、那美様に懸想されては困りますよ。」
と、話に乗っている。
「あのう、オババ様のお使いで、タカオ山で摘んだ薬草を持ってきました。」
私は、持ってきた葛籠を伊月さんに差し出した。
「すごい量だな。これを一人で持って来たのか。」
伊月さんは、びっくりしたみたいに言った。
「このくらい大丈夫ですよ。それから、これも…」
私は、持ってきた重箱を開けた。
それは先日氏子さんにもらった小豆で作ったおはぎだ。
オババ様が伊月さんは甘い物も好きだというので夕凪ちゃんに作り方を教えてもらって一緒に作って持ってきた。
「今朝、おはぎを作ったんです。良かったら皆さんで一緒に食べませんか?」
「おーこれは美味そうだ!」
正次さんも源次郎さんも甘い物が好きらしく、おはぎをつまみながら皆でお茶会となった。
今日は、オババ様のお遣いで、一人で外出していた。
行先は、以前オババ様と一緒に来たことのある伊月さんの屋敷だ。
足もすっかり良くなって、山道も難なく歩けるようになった。
門を叩くと、すぐに源次郎さんが出てきた。
「那美様! もうお加減はよろしいので?」
私は源次郎さんに頭を下げる。
「その節は本当にありがとうございました。おかげさまで、すっかり良くなりました。」
「それはようございました。どうぞ、どうぞ、中へ。」
源次郎さんはとても丁寧に対応してくれる。
「主は今、庭の方で剣術の稽古をしていますので、呼んで参ります。」
「あの、オババ様のお遣いで、届け物をしに来ただけなので、すぐに帰ります。」
「お急ぎですか?」
「いえ、急ぎではないですけど、邪魔をしたくないんです。」
「え?そ、そんな、邪魔なんてことはありません!」
源次郎さんは思いもかけず、力を込めて言った。
「そ、そうですか? でも、剣術のお稽古を中断してほしくないので…。じゃあ、終わるまで待っててもいいですか? 」
「もちろんです。もう稽古を始めて一刻ほどです。どのみちもう終わる頃です。」
源次郎さんは私を客間に通すと、お茶を淹れると言って部屋を出ていった。
―― あ。かわいい。
この前にはなかったけど、今日は、かわいいお花が活けられている。
客間の障子は開け放たれていて、縁側から中庭が見える。
天気の良さにつられて縁側に出てみると、庭の奥の方に伊月さんが見えた。
伊月さんは一人真剣に木刀で素振りを繰り返している。
声をかけられるような雰囲気ではなく、私は思わずその場に佇んだ。
―― わぁ、何てきれいな所作だろう
流れるような動きと、力強い動きが入り混じった、どこか、はかなく美しい動きだ。
伊月さんは着物の半身を脱いでいて、隆々たる筋肉が見える。
そして、二の腕には傷の跡があるのが見える。
―― 痛そうな跡だな・・・戦でついたのかな…。
次の瞬間、朝日が伊月さんの背中にあたり汗がキラキラと輝いた。
―― か、かっこいい….
いつしか目が離せなくなって、なぜが胸の奥がうずいた。
―― ど、どうしたんだろう、私。何でこんなに…ドキドキするの?
自分の心臓の音をうるさく感じた時、伊月さんは素振りをやめ、こちらを向いた。
「那美どの…。」
「あ、お、おはようございます。」
慌てて頭を下げる
「そこでつったって何をしている?」
―― み、見惚れてたなんて言えないし!
「えっと、随分集中されれてたので、声をかけたら悪いかなと思って…」
伊月さんは刀を置いて手拭いで汗をふきつつ、こちらに向かって歩き始めた。
「あの、この前はありがとうございました。お薬まで送って下さって。」
私は、自分の耳が熱くなってるのを感じて思わずうつむいた。
「一人で来たのか?」
「は、はい。」
「もう足はいいのか?」
「はい、伊月さんのお陰です。湿布もよく効きました。今日はお礼を言いたくて…。」
ずんずんと歩きながら伊月さんが近づいてくる。
「道中、大丈夫であったか?」
伊月さんの筋肉質な体が目の前に迫ってきて、目のやり場に困った。
「はい。オババ様が、迷ったら八咫烏さんを呼べって、この笛を持たされたんですが、使いませんでした。」
私は、帯に刺した八咫烏ささんを呼べるという笛を握った。
「それは何よりだ。八咫烏さはなかなか癖の強い奴だからな。」
―― そうなんだ。
言いながら、伊月さんはまだ私の方へ近づいてくる。
―― な、何でこんなに近いの???
伊月さんがやっと立ち止まる。
うつむいていたせいで、伊月さんのシックスパックが目の前にせまる。
―― が、眼福ありがとうございます! でも、ドキドキする!
「あ、あのっ。」
いたたまれなくなり、顔を上げると、今度は伊月さんの顔が近くにあった。
「あ...」
「しー。少しじっとしていろ。」
伊月さんの重低音ボイスが耳をくすぐる。
―― なに?
伊月さんはそのまま私の髪の毛に手を伸ばした。
「葉っぱがついていた。」
―― え?
伊月さんはつまんだ葉っぱを一枚ぽいっと庭に落とした。
「汗を流してくる。しばし待っていてくれるか?」
「は、はい。」
伊月さんは何事もなかったかのようにさっさと奥の部屋へと入って行った。
―― し、心臓に悪いよ!!!
自分だけドキドキしてしまって恥ずかしい。
客間に戻ると、源次郎さんがお茶を淹れて来てくれた。
「主の剣術の様子ご覧になりましたか?」
「はい。すごい迫力でした。」
―― そして美しい体でした…っていうのは言えない!
「そうでございましょう。主はこの亜国で一番腕が立ちます。」
源次郎さんは自分のことのように得意げに言った。
「この前、助けてもらった時も、伊月さんの強さを目の当たりにしてビックリしました。」
「そうでございましょう!主は強いのですよ。町の人もびっくりしていましたね。」
―― 伊月さんのこと、とても慕ってるんだな。
「ただ、あの風貌で怪力ですから、女子供からは怖がられております。」
「でも、あんなに優しいのに。」
「そうなんですよ。那美様だけですよ、主の優しさをわかって下さるのは!」
私は源次郎さんとこんなに話す機会がなかったけど、仲がいい主従なんだなと思い、心が、ほっこりする。
「おーぃ、源次郎どの、おるか?」
そこに庭の方からひょっこり顔を出した人がいた。
私と目が合うと、一瞬びっくりした顔をしていたが、すぐに破顔して
「もしや、那美様ですか?」
と、言って、客間に入ってきた。
「堀様、また裏口からおいでですか?今、お茶をお淹れします。」
「お、源次郎どの、かたじけない。」
堀と言われた人は私の前に座ると頭を下げた。
「堀正次と申します。共舘様にお使えする将の一人です。正次とお呼び下さい。」
「正次さん、初めまして。那美と言います。」
「那美様のことは存じております。殿が貴方様を見つけなさった時に私も戦場におりました。」
「そうなんですね。あの、色々ご迷惑おかけしたみたいで、すみません。それから、助けて頂いて、ありがとうございます。」
私も感謝の気持ちを込めて、頭を下げる。
「いやいや、すっかりお元気になられてなりよりです。殿の看病が効きましたな。」
―― やっぱり、伊月さんが看病してくれたんだ。
「堀、また来ていたのか。」
そこへ着替えてサッパリした雰囲気の伊月さんが入ってきた。
「殿、那美様は、噂に違わず、天女のような方でございますな!」
―― 天女って、それはない。
私は堀さんの見え透いたお世辞に苦笑いするも、源次郎さんは
「堀様、那美様に懸想されては困りますよ。」
と、話に乗っている。
「あのう、オババ様のお使いで、タカオ山で摘んだ薬草を持ってきました。」
私は、持ってきた葛籠を伊月さんに差し出した。
「すごい量だな。これを一人で持って来たのか。」
伊月さんは、びっくりしたみたいに言った。
「このくらい大丈夫ですよ。それから、これも…」
私は、持ってきた重箱を開けた。
それは先日氏子さんにもらった小豆で作ったおはぎだ。
オババ様が伊月さんは甘い物も好きだというので夕凪ちゃんに作り方を教えてもらって一緒に作って持ってきた。
「今朝、おはぎを作ったんです。良かったら皆さんで一緒に食べませんか?」
「おーこれは美味そうだ!」
正次さんも源次郎さんも甘い物が好きらしく、おはぎをつまみながら皆でお茶会となった。