「オババ様、行ってきます!」

「気をつけて行ってこいよ。」

「はい。」

「迷ったり、何かあったら、この八咫烏(やたがらす)の笛を吹くのだぞ?」

オババ様は小ぶりの横笛を私に渡す。
この笛を吹くとオババ様が小さい時から面倒を見ている八咫烏(やたがらす)さんが助けに来てくれるそうだ。

「ふふふ。大丈夫ですよ。オババ様、ちょっと過保護ですよ。」

「オヌシは方向音痴に加えて警戒心がかけらもないからな。」

「反論はできないです。でも警戒を怠らないように頑張ります!」

「うむ。ではお遣いを済ませたらすぐに帰るように。」

「はい!」

私はオババ様が描いてくれた地図を手に、前に伊月(いつき)さんが案内してくれた道を歩き始めた。
今日は、オババ様から頼まれた物を買いに、亜国(あこく)の城下町へ行く。
異世界での初めてのお遣いだ。

ここに来て、1カ月半が過ぎた。
オババ様の屋敷内での家事は結構慣れてきて、料理も、洗濯も、掃除も、ある程度そつなくこなせるようになってきた。
機械がないから家事をするだけで結構時間がかかる。

修行の方は、なかなか上手くいかない。
やっとカムナリキの放出を抑えられるようになって、雷石(らいせき)を完全に光らなくできるようになった。
今は、カムナリキの放出する量を調整をする練習をしているのだけど、なかなか上手くいかない。
すぐにマックスダダ漏れ状態になってしまい、ちょっとした雷を起こしてしまって、色んな物を破壊してしまう。
人を殺さないレベルでのカムナリキの放出って難しい。

私がここに来たころには、あんなに咲きほこっていた桜の花も散ってしまい、山の木々は緑豊かになっていく。

―― すっかり晩春だな。こっちの世界には梅雨があるのかな。

私は無事に商人街に着いた。
陽気がいいからか、前に来たときよりも随分とにぎわっている。

以前伊月(いつき)さんと一緒に来た鰻屋(うなぎや)さんを通り過ぎて、オババ様の言いつけのお店に立ち寄る。
オババ様のお遣いだというと、皆よくしてくれて、スムーズにお買い物も(はかど)る。

この()の国で流通しているお金は(とみ)()という単位で呼ばれている。
(とみ)の10分の1が1()という実に分かりやすいシステムだった。
オババ様は、お使い用のお金とは別に100(とみ)を私にくれた。

「これはオヌシの好きなものを買うための物じゃ。」と言っていたけど、正直、これと言って欲しいものはなかった。
着物も伊月(いつき)さんとオババ様がくれた物で十分だし、オババ様のうちでは食べ物には困らないし。
どうせお金を使うなら、オババ様や夕凪(ゆうなぎ)ちゃんや吉太郎(よしたろう)にお団子でも買いたいな。

お遣いを終えて、他にもどこか立ち寄ろうか、うちに帰ろうか迷っていたら、一つの露天商が目に止まる。

「あ、珍しいフルーツだ。」

こっちに来てから見たことなかったキウイやリーチなどの南国っぽいフルーツが積んである。

近くにいた人が、
「あれはこの辺では手に入りにくい果物だよ。行商が来たときにしか手に入らないよ。」
と教えてくれた。

―― オババ様と夕凪(ゆうなぎ)ちゃんへのお土産にしよう。

そう思って露天商の前に出来た小さな列に並ぶ。
看板には果物3つで2(とみ)って書いてある。
なかなかお手頃だ。

―― て、あれ?

私の前で買い物している子供連れの女の人と露天商のやりとりに疑問を持った。

「あのう、おつり間違ってますよ?」

私は思わず、露天商の人に声をかける。

「ここに、3つで2(とみ)って書いてあるじゃないですか? この人、10個買ったので6(とみ)6部()、多くても6(とみ)()じゃないですか?」

「へ?」

女の人が私をまじまじと見ている。

「この人は10富をあげたのでおつりは3(とみ)()か4()ですよね?」

ここまでいうと女の人は、ハッとした顔になって、露天商をにらみつけた。

「あんた、お釣りを誤魔化したのかい? 7()しかもらってないよ。」

―― すごいボッタクリだな。

「何言ってるんだ、お釣りは合ってるよ。そんな変な女の言ってる事、信じるのか?」

露天商が反論する。

―― え?

私はその訳のわからない反論に一瞬びっくりした。

「いやいやいや、普通に計算すればわかるじゃないですか。お釣りは3(とみ)()ですよ。」

それでも引き下がらない私に、露天商の男は怒りを(あらわ)にした。

「女の分際でギャーギャーうるせえよ。」

―― え?

次の瞬間、男は私の胸ぐらを掴んだ。

―― 何それ?

「女相手なら何してもいいって思ってるんですか?」

私も頭に血が上って言い返す。

「何だと?」

男は、私の胸ぐらを摘んだ手に力を込め、そのまま思いっきり突き飛ばした。
私はドサっと尻もちをついた。

「きゃっ!」

地面に倒れ込む私にむかって男は勢いを緩めず私に近づいてきた。
そして、足をあげた。

―― け、蹴られる!

予想される痛みに身構えて目をつむった。
けれど、痛みは来なかった。