門の所に行くと、オババ様の書いた買い物リストに目を通している伊月さんがいた。
「お待たせしました。」
「お、おう」
伊月さんは私に気づくと慌てて紙を丸めて懐の中にしまった。
―― ん? 何か焦ってる?
オババ様は横でそれを見ながら不敵な笑みを浮かべている。
不思議な雰囲気に小首をかしげていると、伊月さんが踵をかえし、門の外へと歩き始めた。
「さぁ、行こうか。」
「あ、は、はい。オババ様、行ってきます。」
「ああ、行っておいで。」
オババ様はまだ不敵な笑みを浮かべつつ手をふって見送ってくれた。
前を歩く伊月さんに小走りで追いついた。
「あの、オババ様、何かニヤニヤしてませんでした? 何か企んでいるような。」
「さあな。」
それ以上何も言わずに伊月さんは黙々と歩く。
「あの、すみません、また急に私のお守り役を負わせてしまって。」
「いちいち謝る必要はない。」
「でも...。」
「別に嫌じゃない。オババ様も言ったが、時間はある。」
「じゃあ、ありがとうございます。実は結構楽しみなんです。城下を見るの。あの屋敷の敷地から出るのは、あの伊月さんのお家に行った日以来なので。」
「...そうなのか。」
「伊月さんはいつも城下町に行くんですか。」
「時々めしを食いに行く。」
「ご飯を食べに?」
「そうだ。」
「今日も何か食べるのですか?」
「まだ決めておらぬ。行ってから決める。」
「ということは城下に行ったら色々なお店があって選べるってことですね。」
「まあな。」
「わー楽しそう!」
私は城下町がどんなところなのか想像して胸をふくらませた。
「そんなに腹が減っているのか。」
「あ、いえ、そういうわけでは。」
どうやら食い意地がはってると思われたらしくて恥ずかしくなるってうつむく。
まぁ実際食べるのは大好きだけれども。
「何が好きなのだ。」
「え?」
「食べ物だ。好きな食べ物があるのか。」
「そうですねー。結構何でも好きですよ。好き嫌いはない方です。ただ、あんまり辛いのは得意じゃないかも。ピリ辛くらいはいけますけど。」
「そうか…甘いものは好きか。」
「はい、大好きです。」
「そうか…魚は好きか。」
「はい、大好きです。」
「なら、蒲焼きはどうだ。」
「大好きです!」
伊月さんは私とほとんど目を合わせず前を見てスタスタ歩いている。
私にはまったく興味なさそうな話し方だけど一応私の好みを気にしてくれているんだな。
「伊月さんは何が好きなんですか?」
「私は何でも食べる。」
「そうなんですね。」
伊月さんは沢山食べるイメージあるな。体も大きいし。
私は伊月さんの横顔を見ながら食いっぷりがいいところを想像した。
「それはそうと、あそこが商人町の入り口だ。」
伊月さんの指さした先には色とりどりのアーチ型の門があり、門の中をくぐると沢山のお店が並んでいた。
「わぁー。ジオラマみたいで可愛い街並み。結構人もたくさんいるのですね。」
人混みの中に入り自然と伊月さんとの距離が近くなる。
伊月さんの着物からヒノキのようなウッディなお香の香りを感じた。
街を歩く人々は、人間ぽくない人もいる。
お面を被っていたり、髪の色が赤や、黄色や、紫だったり、しっぽがあったり。
現代日本よりもずいぶん多様性がありそう。
少し歩いた所で伊月さんが一軒の店を指さした。
「ここで食べるが、いいか?」
お店の中から蒲焼の甘くて香ばしい匂いがする。
「はぁ、おいしそうな匂いですねぇ。」
匂いにうっとりした瞬間、
キュルキュルルルルー
私のお腹がいきおいよく音を発した。
「あ、す、すみません...。」
あまりの恥ずかしさにうつむくと
「ここで決まりだな。」
伊月さんがフッと笑った。
あ、久しぶりの伊月さんの微笑だ。
暖簾をくぐる伊月さんの横顔を思わず見つめてしまう。
―― この人が微笑むと、強面とのギャップがすごいからか、なんだかすごく嬉しい。
なんて思いながら私も伊月さんに続いて店内に入る。
店内はけっこう忙しくて空いている席も少なく活気に満ち溢れている。
「いらっしゃいませ。」
前掛けをかけたお店の人がやって来て、伊月さんと私を交互に見た。
「あのう、お二人でゆっくりおできになりますように、個室を用意いたしましょうか?」
「あ、いや、別に個室でなくてもいい。」
「まあまあそう照れずにぃ。」
「照れてなどは…」
「さあさあ、こちらへどうぞ、お嬢さんもどうぞ。」
お店の人は私たちがデートしていると思ったのか、半ば強引に個室を推してきた。
「あ、ありがとうございます。」
通された個室は小さい窓があって日当たりがよく、可愛らしい花が飾ってある。
「わぁ、素敵な部屋ですね。」
「お嬢さんに喜んでいただいて何よりです。」
お店の人は終始ニコニコしている。
「さぁさ、お茶をどうぞ。こちらがお品書きです。何かわからないことがあれば遠慮なくお聞き下さいね。」
お店の人がそそくさと出ていき、急に静かになった。
「何か、お店の方に誤解されちゃったみたいですね。」
「…そうだな。」
「なんか、伊月さんに申し訳ないです。」
「別に那美どのが申し訳がることはない。それよりも、そなたの方が嫌であろう。」
「え? 私ですか?」
「嫁入り前の娘がこのような男と噂をたてられては嫌であろうに。」
意外な事を言われてビックリする。
―― このような男ってどういう意味だろう。
「私は別に全然嫌じゃないですよ?」
「そ…そうか。」
「私は街の人に知っている人いないし。」
「…そうか。」
「あの、伊月さんって恋人とかいるんですか?」
「は?」
伊月さんは心底驚いたような表情を浮かべた。
「いる訳がないであろう。」
そんな全否定しなくても…と、一瞬思ったけど、そういえば伊月さんって武将だよね。
ということは、結婚とかも政略結婚とかなのかな?
自由恋愛とか無理という意味で?
「そ、そなたはどうなのだ?」
「え? 何がです?」
「だ、だから、そなたには伴侶がいたのか聞いたのだ。ここに来る前に。」
「ああ、いえ、そんなの人生でたった一度もいたことないですよ。残念ながら。」
「そうか…」
伊月さんはフイっと顔をそむけ窓の外を見つめた。
私もそうだけど、伊月さんもこういう話題は苦手そうだった。
私はずっと陰キャで、がり勉タイプだったから、恋愛経験がほぼゼロだ。
「そろそろ何を食べるか決めたか?」
「あ、はい。」
私はお店のイチオシと書いてある特製せいろ蒸しを注文する事にした。
―――
せいろ蒸しのお重を開けた瞬間、香ばしい匂いを孕んだ湯気が立ち上った。
「はぁぁぁ なんて美味しそう!!」
程よく蒸し上がったふかふかのご飯の上に、艶々の鰻と錦糸卵が乗っている。
「い、頂きます。 んーーーーーーー!!!!!!」
玄米のほどよい歯ごたえと、ふわふわの鰻の身が、甘く香ばしいたれで上手くまとめられている。
「お、おいしいー。んーほっぺが落ちそうーー!!」
―― あ。
食べることに夢中になっていたが、伊月さんからの視線に気づき、目の前にいる人を見上げる。
―― え?
そこには、今までにないくらい優しい目をして微笑んでいる伊月さんがいる。
「あ、えっと、つい、美味しくって、夢中で食べちゃってました。」
少し照れ隠しでいうと、伊月さんも、ハッとした顔をして、
「好みの味で何よりだ。」
と言って、自分の蒲焼を食べ始めた。
―― 前も思ったけど…
伊月さんの所作はとても綺麗だ。
背筋がピンと伸びてて、食器の持ち方も箸の使い方もとても丁寧な印象だ。
―― 体が大きいから、ガツガツ食べるイメージだったけど、意外。
ガツガツ食べていたのは私の方だ。恥ずかしすぎる。
私も少し所作を気にしながら食べてみた。
「お待たせしました。」
「お、おう」
伊月さんは私に気づくと慌てて紙を丸めて懐の中にしまった。
―― ん? 何か焦ってる?
オババ様は横でそれを見ながら不敵な笑みを浮かべている。
不思議な雰囲気に小首をかしげていると、伊月さんが踵をかえし、門の外へと歩き始めた。
「さぁ、行こうか。」
「あ、は、はい。オババ様、行ってきます。」
「ああ、行っておいで。」
オババ様はまだ不敵な笑みを浮かべつつ手をふって見送ってくれた。
前を歩く伊月さんに小走りで追いついた。
「あの、オババ様、何かニヤニヤしてませんでした? 何か企んでいるような。」
「さあな。」
それ以上何も言わずに伊月さんは黙々と歩く。
「あの、すみません、また急に私のお守り役を負わせてしまって。」
「いちいち謝る必要はない。」
「でも...。」
「別に嫌じゃない。オババ様も言ったが、時間はある。」
「じゃあ、ありがとうございます。実は結構楽しみなんです。城下を見るの。あの屋敷の敷地から出るのは、あの伊月さんのお家に行った日以来なので。」
「...そうなのか。」
「伊月さんはいつも城下町に行くんですか。」
「時々めしを食いに行く。」
「ご飯を食べに?」
「そうだ。」
「今日も何か食べるのですか?」
「まだ決めておらぬ。行ってから決める。」
「ということは城下に行ったら色々なお店があって選べるってことですね。」
「まあな。」
「わー楽しそう!」
私は城下町がどんなところなのか想像して胸をふくらませた。
「そんなに腹が減っているのか。」
「あ、いえ、そういうわけでは。」
どうやら食い意地がはってると思われたらしくて恥ずかしくなるってうつむく。
まぁ実際食べるのは大好きだけれども。
「何が好きなのだ。」
「え?」
「食べ物だ。好きな食べ物があるのか。」
「そうですねー。結構何でも好きですよ。好き嫌いはない方です。ただ、あんまり辛いのは得意じゃないかも。ピリ辛くらいはいけますけど。」
「そうか…甘いものは好きか。」
「はい、大好きです。」
「そうか…魚は好きか。」
「はい、大好きです。」
「なら、蒲焼きはどうだ。」
「大好きです!」
伊月さんは私とほとんど目を合わせず前を見てスタスタ歩いている。
私にはまったく興味なさそうな話し方だけど一応私の好みを気にしてくれているんだな。
「伊月さんは何が好きなんですか?」
「私は何でも食べる。」
「そうなんですね。」
伊月さんは沢山食べるイメージあるな。体も大きいし。
私は伊月さんの横顔を見ながら食いっぷりがいいところを想像した。
「それはそうと、あそこが商人町の入り口だ。」
伊月さんの指さした先には色とりどりのアーチ型の門があり、門の中をくぐると沢山のお店が並んでいた。
「わぁー。ジオラマみたいで可愛い街並み。結構人もたくさんいるのですね。」
人混みの中に入り自然と伊月さんとの距離が近くなる。
伊月さんの着物からヒノキのようなウッディなお香の香りを感じた。
街を歩く人々は、人間ぽくない人もいる。
お面を被っていたり、髪の色が赤や、黄色や、紫だったり、しっぽがあったり。
現代日本よりもずいぶん多様性がありそう。
少し歩いた所で伊月さんが一軒の店を指さした。
「ここで食べるが、いいか?」
お店の中から蒲焼の甘くて香ばしい匂いがする。
「はぁ、おいしそうな匂いですねぇ。」
匂いにうっとりした瞬間、
キュルキュルルルルー
私のお腹がいきおいよく音を発した。
「あ、す、すみません...。」
あまりの恥ずかしさにうつむくと
「ここで決まりだな。」
伊月さんがフッと笑った。
あ、久しぶりの伊月さんの微笑だ。
暖簾をくぐる伊月さんの横顔を思わず見つめてしまう。
―― この人が微笑むと、強面とのギャップがすごいからか、なんだかすごく嬉しい。
なんて思いながら私も伊月さんに続いて店内に入る。
店内はけっこう忙しくて空いている席も少なく活気に満ち溢れている。
「いらっしゃいませ。」
前掛けをかけたお店の人がやって来て、伊月さんと私を交互に見た。
「あのう、お二人でゆっくりおできになりますように、個室を用意いたしましょうか?」
「あ、いや、別に個室でなくてもいい。」
「まあまあそう照れずにぃ。」
「照れてなどは…」
「さあさあ、こちらへどうぞ、お嬢さんもどうぞ。」
お店の人は私たちがデートしていると思ったのか、半ば強引に個室を推してきた。
「あ、ありがとうございます。」
通された個室は小さい窓があって日当たりがよく、可愛らしい花が飾ってある。
「わぁ、素敵な部屋ですね。」
「お嬢さんに喜んでいただいて何よりです。」
お店の人は終始ニコニコしている。
「さぁさ、お茶をどうぞ。こちらがお品書きです。何かわからないことがあれば遠慮なくお聞き下さいね。」
お店の人がそそくさと出ていき、急に静かになった。
「何か、お店の方に誤解されちゃったみたいですね。」
「…そうだな。」
「なんか、伊月さんに申し訳ないです。」
「別に那美どのが申し訳がることはない。それよりも、そなたの方が嫌であろう。」
「え? 私ですか?」
「嫁入り前の娘がこのような男と噂をたてられては嫌であろうに。」
意外な事を言われてビックリする。
―― このような男ってどういう意味だろう。
「私は別に全然嫌じゃないですよ?」
「そ…そうか。」
「私は街の人に知っている人いないし。」
「…そうか。」
「あの、伊月さんって恋人とかいるんですか?」
「は?」
伊月さんは心底驚いたような表情を浮かべた。
「いる訳がないであろう。」
そんな全否定しなくても…と、一瞬思ったけど、そういえば伊月さんって武将だよね。
ということは、結婚とかも政略結婚とかなのかな?
自由恋愛とか無理という意味で?
「そ、そなたはどうなのだ?」
「え? 何がです?」
「だ、だから、そなたには伴侶がいたのか聞いたのだ。ここに来る前に。」
「ああ、いえ、そんなの人生でたった一度もいたことないですよ。残念ながら。」
「そうか…」
伊月さんはフイっと顔をそむけ窓の外を見つめた。
私もそうだけど、伊月さんもこういう話題は苦手そうだった。
私はずっと陰キャで、がり勉タイプだったから、恋愛経験がほぼゼロだ。
「そろそろ何を食べるか決めたか?」
「あ、はい。」
私はお店のイチオシと書いてある特製せいろ蒸しを注文する事にした。
―――
せいろ蒸しのお重を開けた瞬間、香ばしい匂いを孕んだ湯気が立ち上った。
「はぁぁぁ なんて美味しそう!!」
程よく蒸し上がったふかふかのご飯の上に、艶々の鰻と錦糸卵が乗っている。
「い、頂きます。 んーーーーーーー!!!!!!」
玄米のほどよい歯ごたえと、ふわふわの鰻の身が、甘く香ばしいたれで上手くまとめられている。
「お、おいしいー。んーほっぺが落ちそうーー!!」
―― あ。
食べることに夢中になっていたが、伊月さんからの視線に気づき、目の前にいる人を見上げる。
―― え?
そこには、今までにないくらい優しい目をして微笑んでいる伊月さんがいる。
「あ、えっと、つい、美味しくって、夢中で食べちゃってました。」
少し照れ隠しでいうと、伊月さんも、ハッとした顔をして、
「好みの味で何よりだ。」
と言って、自分の蒲焼を食べ始めた。
―― 前も思ったけど…
伊月さんの所作はとても綺麗だ。
背筋がピンと伸びてて、食器の持ち方も箸の使い方もとても丁寧な印象だ。
―― 体が大きいから、ガツガツ食べるイメージだったけど、意外。
ガツガツ食べていたのは私の方だ。恥ずかしすぎる。
私も少し所作を気にしながら食べてみた。