異世界戦国で侍と恋に落ちたら、巫女になって、一緒に国盗りしちゃいました♪

タカオ山にはけっこう雪が積もっているので、ゆっくりしか歩けなかった。
モフモフのマフラーに顔をうずめながら、伊月(いつき)さんに手をひかれながら歩いた。
伊月(いつき)さんは怒られてしまった子供のようにシュンとしている。

那美(なみ)どの…。さっきは、取り乱してしまって、見苦しい所を見せてしまった。」

「別にそれはいいんですけど…。それより、あまり、行きたくなさそうでしたね…。」

私は少し、不貞腐(ふてくさ)れて言った。

「そうではない。だが、私の言ったことのせいで、那美(なみ)どのを傷つけてしまったと、オババ様が言った。」

「だって、伊月(いつき)さん、私と時間を過ごすのが嫌そうだったので、嫌われたんじゃないかって一瞬思いました。」

「そんな! 嫌いになど、なるわけないだろう!」

伊月(いつき)さんは私の手に指を絡めた。

「正直に言うから…笑うなよ?」

「わかりました。何ですか?」

伊月(いつき)さんは意を決したように言う。

「二人きりになってしまえば、理性が飛んで、また、那美(なみ)どのに変なことをするかもしれんと思ったのだ。」

「へ、変なことって、どんな事ですか?」

「そ、それは... この前、那美(なみ)どのの部屋でしたような…。」

―― また、ああいうエッチなことしちゃいそうってこと?

あの夜のことを思い出して、自分の顔がブワっと熱くなった。

那美(なみ)どのの事は大切にしたいと思っている…。だが、那美(なみ)どのと二人になってしまうと、どうしても忍耐がきかなくなる。」

―― 何なの、それ…
―― まるで、私とすぐにでも、そういうこと、したいみたいな…

「そういう自分をどうすればいいか、まだ分からぬのに、それなのに、いきなり、明日まで一緒に過ごせと言われて、余裕がなく、慌ててしまった。その…(まこと)に、情けない。」

―― それで、あんなに焦ってたなんて...。

「た、大切にしてくれているのは…ありがとうございます。」

私はまだ、少し、不貞腐(ふてくさ)れて言った。

―― でも、私、あんなふうに、我慢できなくなった伊月(いつき)さんのこと、嫌じゃないのに。

「でも、伊月(いつき)さんって、困った人ですね。」

「…すまん。」

伊月(いつき)さんの言葉が嬉しいのに、なんと返していいのかわからずに、意味不明なことを言ってしまう。
私もたいがい、不器用だ。

「ここだな。」

オババ様の地図通りに、私たちはタカオ山の北西の、結構頂上に近い場所に行った。
そこには、小さな鳥居と、見捨てられたような(ほこら)があって、「縁結び」と書いてあるボロボロの木の札があった。

「こんな小さな(ほこら)、本当に二人で入れるのかな...。」

不思議に思いつつも、伊月(いつき)さんが護符をかざすと、(ほこら)の扉が開いた。
小さな(ほこら)を覗き込むと、中には無限大の真っ白な空間が広がっていた。

「す、すごい!まるで、別の世界につながっているみたいですね!」

二人でその空間に入ると、自動的に(ほこら)の扉が閉まった。
伊月(いつき)さんが、入って来た扉を開けようとしたけど、開かなくなった。

「まるで閉じ込められたようだな。もしかしたら本当に明日の昼過ぎまで開かぬのかもしれぬ。」

真っ白な空間は、寒くも熱くもなかった。

「少し、歩いてみるか?」

しばらくその空間を二人で手を繋いで歩いていくと、扉が見えた。
伊月(いつき)さんがその扉を開けると、そこには信じられない空間が広がっている。

「わ、私が前住んでいた家!」

私は思わず中を見て回った。
それは私が以前、日本に住んでいた時の家で、台所と居間、が再現されている。

「少し間取りが違うけど、日ノ本に住んでいた時と、ほぼ同じです!」

私は興奮して言った。

「記憶を再現するとオババ様が言っていたな。」

伊月(いつき)さんは、物珍しそうに部屋の中を見回した。

「とりあえず、ゆっくりしますか?」

私は伊月(いつき)さんと並んでソファーに座った。

「おお! 座り心地の良い椅子だな。」

伊月(いつき)さんがソファーを気に入ったみたいだった。

「お茶でも、淹れましょうか?」

「いや、いい。それよりも…」

伊月(いつき)さんが私の肩を抱いて、そのまま自分の方に引き寄せ、ぎゅーと抱きしめた。

「久しぶりにゆっくりと二人になれた気がする。何だかんだ言って、源次郎(げんじろう)清十郎(せいじゅうろう)平八郎(へいはちろう)もおらんのは良いな。」

伊月(いつき)さんはそういうと、私の顔を(のぞ)き込んだ。

「オババ様から、婚儀の承諾も得られたし、これからは、そなたと()の国に帰って、夫婦(めおと)として暮らせると思うと、気が緩みそうだ。」

そう言ったあまりにも無邪気そうな伊月(いつき)さんの笑顔がとてもかわいくて、思わず伊月(いつき)さんの頬を撫でた。

「久々に伊月(いつき)さんのそんな顔見ました。」

「そんな顔とは?」

「少し気を緩めたような顔です。この所、すごく忙しくて疲れていたみたいなので。」

「疲れていたというか、那美(なみ)どのと会えずに苛立(いらだ)っておった。」

苛立(いらだ)って?」

「ああ。会えても短時間で周りにはいつも人がおるし...。」

伊月(いつき)さんは私に顔を近づけた。

―― 久しぶりのキス…

期待に胸が膨らんで、目をつむろうとした時…

「あ、扉!」

リビングの奥に、扉が3つ出現した。

「あ? お、本当だ。」

伊月(いつき)さんが開けてみようと言って、席を立つ。
少しワクワクしながら、全ての扉を開けてみる。

一つは、()湯治場(とうじば)湯殿(ゆどの)だった。

「わぁ、懐かしいです!あの、絹の湯帷子(ゆかたびら)まである!」

「まことに不思議な空間だな。今夜は風呂にも入れそうだな。」

「そうですね。」

もう一つの扉を開けてみる。

「わぁ! あったかい!」

その扉の先には白く輝く砂浜と青い海がある。

「あ、ここは阿枳(あき)さんの船に乗る前に行った砂浜ですね!」

「ああ。後で、泳ぐか。」

「はい! 楽しそう!」

「じゃあ、もう一つの扉は何だと思いますか?」

「開けてみよう。」

そして、最後の扉を開けると、そこは、前に伊月(いつき)さんが住んでいた()の屋敷の寝室だった。

「おぉ。懐かしいな。」

生田(いくた)にむち打ちにされた時、ここに泊めてもらいました。伊月(いつき)さんが手当してくれて…」

「そうだったな…。」

「まだ一年も経ってないのに、色々ありましたね。」

伊月(いつき)さんが(いくさ)から怪我をせずに無事に帰ってきてくれたこと、()()を両方治めて国主になったこと、これから結婚して、二人で暮らしていくこと、全部、全部、奇跡みたいだ。

那美(なみ)どの…」

伊月(いつき)さんは私をそっと抱きしめて、頭を撫でた。

「私はこれからもしばらく戦いをやめられない。タマチ帝国を統一したいという野望はまだ健在だからだ。」

「はい。」

「そなたに心配をかけてしまうな。」

「そんなの、今更です。」

「そなたには助けてもらってばかりで、心配もかけてばかりだ。」

「そんなっ。いつも私が危ない時に助けてくれたのは伊月(いつき)さんですよ。たくさん心配してくれて、手当してくれたり、介抱してくれたり、お互い様です。」

「いや、時として、男として、情けない気持ちになる。」

「ど、どうしてですか?」

「そなたには欲しい物を聞いても何も要らぬというし、願いはあるのかと聞いても何もないという。あの芝居の中の鬼武者のように格好よく何かをしてみたい気があるが、何もしてやれていない。」

「そ、そんな事考えていたんですか?」

伊月(いつき)さんは少し赤くなって、ふいっと顔を背けた。

「時には甘えてくれてもいいのだぞ。」

私に甘えてもいいって言ってくれたのは人生で伊月(いつき)さんだけだ。
前に、ぼったくり商人に蹴られそうになった時も、そう言ってくれた。
私はずっと親がいなくて、高校を卒業してすぐに一人暮らしを始めて、甘えたりする人がいなかった。
甘えたらいけないって、ずっと思ってた。

―― 甘えても…いいんだ。この人には。

「えっと…、じゃあ、伊月(いつき)さんに、お願いがあります。」

伊月(いつき)さんは嬉しそうな顔で私を見た。

「言ってみろ。」

私はとても恥ずかしかったけど、思い切って言うことにする。

伊月(いつき)さん、その…、前に、()湯治場(とうじば)でのことを反省したって言ってました。」

「ああ。」

「私の部屋に忍び込んでしたことも反省しているんですか?」

「...ああ。だから、今日、二人きりになるのがためらわれた。」

「じゃあ、反省しないでください。それが私の願いです。」

「は?」

私の意図を汲んでほしくて、伊月(いつき)さんを見つめるけど、まだ納得いかない顔をしている。

「だが、()湯治場(とうじば)で、私は、具合の悪かったそなたを無理矢理抱くところだった...。」

「む…無理矢理じゃないです! だって、嫌じゃなかったんです。」

「え?」

「それで、反省して、私と、そういう事をするのはちゃんと夫婦(めおと)になってからだって決めたって言ってました。」

「そうだ。」

「でも、それって伊月(いつき)さんが勝手に決めたことで、私の気持ちを置き去りにしてます。」

伊月(いつき)さんが小さく「あっ」と何かに気づいたように言って私を見つめた。

「私の部屋に忍び込んできた時も、そうです。嫌じゃなかったんです。」

「そ...そうなの、か?」

「その、私...、も、もう、覚悟が、出来てます。だから…」

私はそれ以上は恥ずかしくて言えなかった。
伊月(いつき)さんが夜中に私の部屋に忍び込んで来た日から、私はずっと苦しくて、もっとその先をって望んでしまったのだ。
私は恥ずかしくて、伊月(いつき)さんの顔を見れなくて、ただ、ぎゅっと抱きついて、伊月(いつき)さんの着物に顔を埋めた。

那美(なみ)どの...」

伊月(いつき)さんが私の名前を呼んで、頬に手を当て、顔を上向かせた。

「顔が真っ赤だ。」

「だって…。」

「もう我慢しなくていいのか?」

「…はい。」

伊月(いつき)さんは、一瞬、意地悪な顔をした。

「それで、覚悟が出来たから、何だ?何が望みだ?」

「わ、分からないんですか?」

不貞腐(ふてくさ)れるな。言ってほしい。那美(なみ)どのの口から聞かせてくれ。」

―― う…、そんな、おやつ欲しがる子犬のような目で見られたら、嫌って言えない...

私は、勇気を出して、言う。

「わ、私を...抱いて下さい!」

「ようやくの開城だ!やはり私は攻城戦も得意だ!」

伊月(いつき)さんは意味がわからないことを嬉しそうに言って、私を横抱きにした。

「きゃぁ!」

そして、そのまま寝室のドアを蹴り開けた。
伊月(いつき)さんはそのまま私をゆっくりと布団に寝かせた。

「私も、もう我慢の限界だ。出来るだけ、優しくしたいが、正直、あまり余裕がない。」

そういって、ゆっくりとキスをした。
ゆっくりとしたキスはすぐに激しいキスに変わった。
その激しさとは裏腹に、伊月(いつき)さんの手はそっと私の着物を脱がせた。

那美(なみ)どの…」

名前を呼ばれただけで溶けそうだった。
伊月(いつき)さんは、ゆっくり時間をかけて、私の全身を撫で、全ての場所にキスをした。
体全部が溶けてなくなってしまうかと思ったころに、伊月(いつき)さんが熱いと言って自分の着物をはぎとるように脱いだ。
伊月(いつき)さんの全てが見えて、私は息を飲んだ。
無駄なお肉が微塵(みじん)もない(たくま)しい体が私のお腹の上に覆いかぶさって、熱くて硬いものが私の中に入ってきた。
一瞬の強い痛みのすぐ後に、(たま)らない快感が押し寄せた。
声を抑えられず、はしたなく乱れてしまう自分を止められなかった。
羞恥と快楽でおかしくなりそうだった。
苦し気に何度も私の名前を呼ぶ伊月(いつき)さんが愛おしくて(たま)らなかった。
嬉しくて、悦びの涙が出て、体がブルブルと震えた。
伊月(いつき)さんが「ああ、那美(なみ)どの!」と、ひと際大きく私の名前を呼んで、私の中で果てたようだった。

その愉悦のすぐあとの記憶はあまりなかった。

気が付いたら、伊月(いつき)さんに腕枕されて、布団にくるまれていた。
伊月(いつき)さんは子供のように眠っている。
幸せすぎて、おかしくなりそうだった。
伊月(いつき)さんの髪の毛をなでて、(たくま)しい腕をつっと撫でると、伊月(いつき)さんが、ビクンと肩を震わせて、また寝息を立て始めた。

「ふふふ。可愛い。愛おしい。大好き。」

伊月(いつき)さんの寝息を聞きながら、私も眠りに落ちた。

数日前、亜城(あじょう)で、私を見つけた源次郎(げんじろう)平八郎(へいはちろう)脱兎(だっと)のごとく駆けて来て、呼び止めた。

清十郎(せいじゅうろう)!」

清十郎(せいじゅうろう)様!」

「どうした?」

ただならぬ様子に私は警戒態勢に入る。

「そろそろ(あるじ)を仕事から解放しては頂けませんか?」

平八郎(へいはちろう)がすがるような声を出す。

「は?」

「もう()に帰ってから3か月も那美(なみ)様とゆっくり時間を過ごされずにおられる。」

なぜか源次郎(げんじろう)が必死になっている。

「それは、お忙しいからな。ようやく逃げ回って方々に隠れておった生田(いくた)の親戚の者たちを全員捕まえたところだ。」

(あるじ)は休養が必要だ。今すぐ!」

源次郎(げんじろう)がひと際大きな声で言う。

清十郎(せいじゅうろう)様、お願いします。こ、こちらの方が身が持ちません。」

平八郎(へいはちろう)がげっそりした顔をしている。

話を聞けば、(あるじ)那美(なみ)様にお会いになられても短時間しか会えず、毎日、鬱憤(うっぷん)を晴らすように鬼のように仕事をして、さらに仕事の前も後も鬼のように源次郎(げんじろう)平八郎(へいはちろう)と武術の稽古をなさるそうだ。

「もうちょっと、まとまった時間を取って、ちゃんと睦み合いの時間を与えぬと…。」

「しかし、私にどうこうできることでは…。」

(あるじ)がちゃんと那美(なみ)様と睦合いの時間を取ったのは多分、出陣前にあの、屋敷の庭先で、(あるじ)那美(なみ)様を愛していると叫んでおられた時ですよ。」

「もう、半年近くも前か...」

「ま、待て、(あるじ)が愛していると叫んだだと?」

私は目を丸くした。

「正確には、『こんなにそなたを愛しているのに、なぜ分かってくれんのだ!』と叫んでおいででした。」

私は、自分の耳が信じられず、かたまってしまった。

「本当のことだ。」

源次郎(げんじろう)平八郎(へいはちろう)の言葉にお墨付(すみつ)きを与えた。

「あの時は(ほり)様もおいででしたが、人目を気にせず睦みあっておいでだでした。」

「あ、いや、人目を気にせずというか、多分(あるじ)那美(なみ)様は私たちがこっそり見ているとは思ってなかっただろうけども。」

「わ、私は見てはいけないと言ったのですが、(ほり)様と源次郎(げんじろう)様がずっと様子を伺っておられたので、つい、私も...」

平八郎(へいはちろう)が言い訳を始めた。
実際にその後にも(あるじ)那美(なみ)様の部屋にこっそり侵入したことはあるが、この二人は知らぬようなので、何も言わない。
だが、夜、(あるじ)が四半刻後に呼べと言ったので、呼んだのだが、あの後、すこぶる機嫌が悪かったな。

―― 生殺しにされたな。

と、ピンと来た。
さらにあれから3カ月もそのままとは、主もつらかろうな。

「そ、そんなことよりも、(あるじ)の体調がいささか気になる。」

源次郎(げんじろう)が言う。

「時々、野獣のように叫んで井戸の水をかぶっておいでです。」

平八郎(へいはちろう)が言う。

「この二月の寒い中に、か?」

「雪の日も、です!」

さすがに、それは重症だと思い、ため息をついた。

しかし、私が二人きりになれる場所を提供するのは難しい。
国主が変わったばかりで、(あるじ)の命を狙うものはまだゴロゴロいると思われる。
だから、護衛の者が必ず側にいなければいけなくなる。

「うむ…。オババ様に相談してみるか。」

私はオババ様の屋敷に向かった。
オババ様は二人きりになれる場所を提供してくれる、という。
もちろん、神の領域だから、(あるじ)の命の安全は確保される。

―― それなのに!

あろうことか、(あるじ)は、その(ほこら)とやらに行くのをためらっておられる。
オババ様を始め、ここにいる那美(なみ)様以外、全員が(あるじ)に白い目を向けている。

那美(なみ)様があきらかに悲しそうな顔をして、少し不貞腐れたように、準備する、と言って自室に行かれた。

(あるじ)那美(なみ)様の気持を察したのか、縮こまるように、正座して座った。

「私は、何をしてしまったのでしょうか。ご教示願えますか。」

オババ様が、はぁ、とため息をついた。

「オヌシは那美(なみ)を傷つけた。」

「な、なぜ?」

「お前が、那美(なみ)と二人で過ごしたくないと言ったようなものじゃ。」

「そ、そんなことは断じて!」

「では、なぜ、行くのをためらう?」

「な、那美(なみ)どのは、難攻不落の城にございます!今の私には到底太刀打ちできません!」

―― 我が(あるじ)ながら、誠、意味がわからん。

「何を言っておる?ちゃんと、人間の言葉をしゃべれ。」

(あるじ)の話によれば、(あるじ)夫婦(めおと)になるまで那美(なみ)様とは健全な関係を続けるのだと自分に誓いを立てたそうだ。
そして、那美(なみ)様の方から欲して、無血開城せぬ限り、自分から攻め入ることを禁じているらしかった。

―― だいぶ、こじれておられるな...

「それで、那美(なみ)と二人で夜を過ごせば、自制が効かず、その誓いを破ってしまうかもしれぬと...」

「…はい。」

「それは、那美(なみ)夫婦(めおと)になるまで待てと言ったのか?」

「え?」

「え?ではない!だから、那美(なみ)がオヌシに夫婦(めおと)になるまで待ってほしいと言ったのか?」

「いいえ…」

―― 先走りか…。

「オヌシが勝手に自分に誓いを立てたのだな?」

「…はい。」

「あほか!」

―― 大の大人が、しかも城を五つも落とした、我が(あるじ)が叱られている...。

那美(なみ)の気持ちも聞かずに勝手に誓いを立ておって。それで、過去に那美(なみ)が拒んだのか?」

「え?」

「え? ではない! だから、那美(なみ)がオヌシを激しく拒絶したことがあるのかと聞いておる!」

「あ…いえ…」

「全く、あほか!! この、こじらせ童貞め!!」

―― ど、童貞と、オババ様がはっきり...

オババ様は立ち上がり、苛立ちを解消するかのように、(あるじ)に蹴りを入れた。

―― う、うわー。今や天下人に一番近い男と呼ばれる、鬼武者(おにむしゃ)こと、豊藤伊月(とよふじいつき)が蹴られた!

那美(なみ)の気持ちを聞かずに自分だけで色々と決めおって。そういうことは二人で決めねばならぬだろう?二人で正直に話し合うことだ。」

「はい…」

そこに那美(なみ)様が風呂敷包みを持ってこられた。

「お待たせしました。」

不穏な空気を感じ取ったのか、那美(なみ)様が訝し気に私たちを見ておられるが、(あるじ)も居心地が悪いのか、そそくさと、

「オババ様、行って参ります。お気遣いに感謝いたす。皆も、仕事は頼んだ。」

と、言って、二人でオババ様の描いた地図を持って出かけられた。

「全く、あの、青二才めが…」

「オババ様、ありがとうございます。」

私をはじめ、源次郎(げんじろう)平八郎(へいはちろう)が頭を下げた。
少なくとも、明日の昼すぎまでは源次郎(げんじろう)平八郎(へいはちろう)には平穏な時間になる。

―― だが、今回も生殺し状態で帰って来られたら、もっと悪化するかもしれぬな。

私の心配事がわかったのか、オババ様がすかさず言う。

清十郎(せいじゅうろう)、心配するな。あの(ほこら)は、(まぐ)わい事をせねば、出れぬようになっておる。」

「え?」

「しかも、祠の中には、それにふさわしい、二人だけの空間が広がっておるはずだ。」

「な、何と、夢のような(ほこら)ですね!」

源次郎(げんじろう)が目を輝かせた。

「そうじゃ。だから、源次郎(げんじろう)のような者に使わせぬよう、護符がいる。」

「そ、そんな…」

源次郎(げんじろう)が頭をかきながら笑った。

オババ様の父上、高龗(たかおかみ)の神が奥手でなかなか子供をつくらない村の男女のために縁結びの神を召喚して作った(ほこら)らしい。

「しかし、わが父も若い人間の女が好きでなー。色々と放蕩事件を起こして、縁結びの神から、あの(ほこら)には出入り禁止を言い渡された。」

高龗(たかおかみ)の神まで出入り禁止なら、確かに源次郎(げんじろう)は無理だな!」

源次郎(げんじろう)はしばらく笑っていたが、ふっと真顔になり、言った。

「しかし、これでやっと、やっと、ようやっと、(あるじ)が男になられる…。全く肩の荷が下ります…」

切実そうな源次郎(げんじろう)の言葉に、オババ様も同情の目を向けた。

―――

次の日、(あるじ)は縁結びの(ほこら)で一晩過ごして、次の日の夕方に城に帰って来られた。

清十郎(せいじゅうろう)様、助かりました。」

平八郎(へいはちろう)が言った。

清十郎(せいじゅうろう)、誠、恩に着る!」

源次郎(げんじろう)が言った。

(あるじ)はすっかり落ち着きを取り戻したようだった。
顔色も随分とよくなり、朗らかになられた。
そして、仕事もより一層はかどっておられるようだった。

「鼻歌を歌っておられましたよ。」

「な、何だと!? あの、(あるじ)がか?」

「本当のことだ。」

源次郎(げんじろう)平八郎(へいはちろう)の言葉にお墨付きを与えた。

「そして、このごろは、伊城(いじょう)での那美(なみ)様の室の準備を喜々としてしております。」

「ほう。それはそれは…」

三人は内心オババ様にいたく感謝した。


桜のつぼみが、まん丸に膨れ、ちらほらと花を咲かせ始めたころ、私と伊月(いつき)さんはタカオ神殿で神前結婚式を挙げた。
滞りなく式は進み、そのままオババ様の屋敷で小さな宴を開いた。
伊月(いつき)さんは私を太元法師(たいげんほうし)に会わせてくれた。

「幼き頃に教えを(たまわ)った師だ。」

「やっと那美(なみ)様に会えました。」

太元法師(たいげんほうし)は私を自分の子供のようだと言ってくれて、伊月(いつき)さんの子供の頃の話を聞かせてくれた。
意外にも、伊月(いつき)さんは小さい時、やんちゃだったらしい。
今の物静かな感じの伊月(いつき)さんからは想像ができなかった。

「あれは伊月(いつき)が13の時だったかな。とても大切な儀式があり、このタカオ神殿に(みかど)がいらっしゃった時だ。ご挨拶のために城の皆が集まった。伊月(いつき)も大仰な着物を着せられ儀式に参加しておってな。でも、儀式の途中で急にいなくなったのだ。」

「え? な、何していたんですか?」

「そこの境内の横で立ちションしておった。」

オババ様が呆れたように言って、境内の外を指さした。

「えー! (みかど)が来ている時に、しかも儀式の最中に? しかも境内で!?」

「も、もう、昔のことではないか! 我慢できなかったのだ!」

「他にも・・・」

「も、もう良いでないか。」

伊月(いつき)さんがあたふたしているので、太元法師(たいげんほうし)も、今日はこの辺にしておくと言った。

正次(まさつぐ)さんも()から駆けつけてくれた。

「はぁ、やっと主が結婚なさったので、私どももこれから結婚できますな。」

「何だ、そなた、意中の者がおったのか?」

「いや、まだおりませんが、私どもは、主のように奥手ではありませんから。なぁ、源次郎(げんじろう)どの。」

「まあ、そうですね。私も肩の荷が下りました。」

「あの、正次(まさつぐ)さんが、伊月(いつき)さんに、景色の良い所につれていけって言ってくれたって聞きました。お陰でとても素敵な所にたくさん連れて行ってもらえました。」

「ああ、そんな事もありましたね。紫陽花の花園を勧めたのも私ですぞ。あの時、殿(との)那美(なみ)様を泣かせてしまったと言って、まるで地震と台風が合わせて来たかのような慌てふためきようでして…」

「そ、そんなには慌てておらんではないか!」

「女の機嫌の取り方がわからん!仲直りの仕方を教えろと・・・」

「う、うるさい! お前はあっちで飲んでいろ!」

伊月(いつき)さんは正次(まさつぐ)さんを追いやってしまった。

小雪(こゆき)ちゃんやお(せん)さんを始めとする、手習い所(てなら じょ)の子達も来てくれた。

「これ、那美(なみ)先生に。」

小雪(こゆき)ちゃんが小さな冊子をくれる。
開けてみると、火事で燃える建物の中から、雷巫女(かみなりみこ)鬼武者(おにむしゃ)に横抱きにされて出てきている絵だった。

「これは…」

豊藤(とよふじ)軍が生田(いくた)を捕縛した直後に燃える曲輪(くるわ)の中から鬼武者(おにむしゃ)那美(なみ)様を抱いて出て来られたと皆が言っておりました。それを絵にしてみたら、沢山売れています。」

さらにページをめくると、雷巫女(かみなりみこ)鬼武者(おにむしゃ)のイチャラブシーンが沢山収めてあった。
なんだか恥ずかしいけど、絵の中の幸せそうな二人が私の幸せな気持ちをよく表している。

「ありがとう。大切にするよ。」

「今までのように頻繁にお会いできなくなるのは寂しいです。でもお幸せになって下さいね。」

(せん)さんが泣き出した。
小雪(こゆき)ちゃんも泣き出した。
それにつられて私も泣いてしまった。

「私、お(せん)さんや、小雪(こゆき)ちゃんに沢山色んなことを教わりました。そして、沢山勇気をもらいました。ありがとうございます。」

(うたげ)が終わると、私と伊月(いつき)さんは用意されて輿(こし)のある所まで行く。
これから()の主城、伊城(いじょう)に行くことになっている。

(ほり)、これからは()城主(じょうしゅ)として良き(まつりごと)に勤めよ。」

「承知。一介の野武士であった私を御見立下さり、さらには一国一城の主にして頂いたご恩、一生忘れません。」

正次(まさつぐ)さんは伊月(いつき)さんに頭を長い時間下げていた。

「オババ様、夕凪(ゆうなぎ)ちゃん。私のこと、いつも助けてくれて、本当の家族のようにして下さって、ありがとうございました。私、日本では家族がいなかったから、こっちに来て、オババ様と夕凪(ゆうなぎ)ちゃんに会えて・・・うううぅぅぅ。」

私は泣いてしまって言葉が出なくなった。
オババ様はそっと私を抱きしめて、頭を撫でた。

「いつでも戻って来い。そして、飯を作れ。わかったな?」

オババ様はいつもの調子で言ったけど、少し泣いていた。
夕凪(ゆうなぎ)ちゃんも泣いていた。

那美(なみ)ちゃんなら大丈夫だと思うけど、()のお城でも沢山ご飯食べて頑張ってね。」

「ありがとう。ありがとう。」

私は皆に見送られながら輿(こし)に乗り込んだ。
皆の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
皆も私たちが見えなくなるまで見送ってくれた。
手を振るのをやめて輿(こし)に座りなおすと、伊月(いつき)さんが手拭いで涙を拭いてくれた。

「またすぐに会える。そんなに遠くはない。」

「はい。」

別々の領地だった亜国(あこく)伊国(いこく)は、今は、亜伊(あい)の国と名前を改め、朝廷に一つの国と認められた。
そして私の旦那様、豊藤伊月(とよふじいつき)は、その亜伊(あい)の国の初代国主となった。
それに伴って、階位が従四位下(じゅしいげ)になり、右近衛少将(うこんえのしょうしょう)と任命された。

那美(なみ)どの、そなたには侍女を幾人か付ける。 侍女長は、そなたがかどわかし事件で救い出した女人の一人だ。」

「え?」

「そなたに深く感謝しており、身の回りの世話をしたいと言ってきた。(こと)という。」

「ああ、あの(こと)ちゃん。」

「覚えておるか?」

「はい。足を怪我してて、正次(まさつぐ)さんに介抱してもらっていた子です。」

「ああ。だから(ほり)が勧めてきたのか。」

「あれ以来、正次(まさつぐ)さんと交流があったんですね。」

「そのようだな。(ほり)が勧めたので信頼できると思った。」

「また会えるの、嬉しいです。」

伊月(いつき)さんの軍師だった、堀正次(ほりまさつぐ)さんは、亜伊(あい)の国の東の要所、亜城(あじょう)の城主になった。
源次郎(げんじろう)さんこと、松永源次郎(まつながげんじろう)は、亜伊(あい)の国の南の要塞、竹日津(たけびつ)城の城主となった。
伊月(いつき)さんはタカオ山一帯の護衛のために新たに小さい城を建てることにして、普請(ふしん)の準備を進めている。
その城が完成した暁には、平八郎(へいはちろう)さんこと、富田平八郎(とみたへいはちろう)が城主になる。
伊月(いつき)さんの新しい馬廻りには、武術大会で見つけた人材と、これまで亜伊(あい)で手足となって働いていた人、
()の国で代々豊藤(とよふじ)に仕えていた人たちの中から10人が抜擢された。
兵五郎(ひょうごろう)さんと兵五郎(ひょうごろう)さんの手下たちは、亜伊(あい)の国に呼ばれ、伊月(いつき)さん直属の将軍となった。

皆、大出世だ。

「それから、もう少し落ち着いたら、母上を城に呼びたい。」

「あ!お母様と一緒に暮らせるのですね!」

「ああ。9つの時に生き別れて以来だから、もう随分年を取っている。」

「良かったです!」

()の前の国主、生田良和(いくたよしかず)は、内藤(ないとう)が記した手記によって、人質だった伊月(いつき)さんを暗殺しようとしていたことが証明され、市中を引き回しにされたあと、斬首刑となった。
その首は罪人のそれと変わらぬさらし首になった。

生田(いくた)の一族郎党はことごとく捕縛され、島流しか斬首などの刑に処せられた。
島流しになったうちの一人に世里奈姫(せりなひめ)もいる。
後で聞いた話だけど、世里奈姫(せりなひめ)は寺の僧侶と姦通していて、その僧侶は死罪になったそうだ。

現代日本人の私からすると随分厳しい処分だけど、()の民は誰も意義を唱えなかった。
それに、伊月(いつき)さんが国主になって、皆の暮らし向きがずっと良くなった。

小雪(こゆき)どのと、お(せん)どのの懇願書をもう一度、読み直した。まるで朝廷の文官のような文章で驚いた。那美(なみ)どのの指導の賜物だな。」

「懇願書なんて書いていたんですか?」

「ああ。女人(にょにん)の人身売買を全面的に禁止することなどが書いてある。」

「それで、どうするんですか?」

「もちろん、禁止にする。女人(にょにん)の意にそぐわない形で女郎小屋などに売り飛ばされることはもうなくなる。」

「良かった!小雪(こゆき)ちゃんも、お(せん)さんも、皆、喜びます!」

「それから、これからは警備員を地区ごとに置いて、治安維持に勤め、女人が一人でも安心して出歩けるような町作りをしたいと思っている。」

私は嬉しくて、伊月(いつき)さんの手をきゅっと握った。

「私は新妻を喜ばせられているかな?」

「はい! 嬉しいです!」

「では、褒美を所望する。」

「褒美って?」

伊月(いつき)さんは私の唇をフニっと指先で押した。
キスのことだとわかり、顔が赤くなる。

「じゃ、じゃあ目を瞑って下さい。」

伊月(いつき)さんは素直に目を瞑った。
私のキスを待っているその無防備な顔が無性に愛おしい。
そっと、伊月(いつき)さんの唇にキスをすると、そのまま体をぎゅっと抱きしめられた。

「捕まえた。」

そういうと、伊月(いつき)さんは私の肩に顔を埋めた。

「そなたと共に、私の故郷に住めることが、どうしようもなく嬉しい。」

伊月(いつき)さん…。私も同じ気持ちです。」

私は伊月(いつき)さんの頭をそっと撫でた。
輿(こし)は伊城に着いた。
伊月(いつき)さんは私の手を取り、輿(こし)の外に出るのを手伝ってくれる。

「そなたに一番に見せたいものがある。」

建物の中に入る前に伊月(いつき)さんは本丸の裏手にある庭に私を連れて行った。

「あ! これは!」

そこには大きな古い桜の木があって、しめ縄がされている。
私たちを待っていたかのように花を咲かせて、ゆらゆらと揺れている。

「母上が離縁された日、私はこの桜の木の下で泣いていたのだ。そして、そなたと出会った。」

私はそっと桜の木を触って、ぐるっと一周した。

「近所の神社にあった木とそっくりです。同じ場所に、同じうろまで!」

「幼き頃はよくこのうろに隠れていたものだ。」

「私もです。」

「運命としか思えぬ。」

伊月(いつき)さんは私を後ろからそっと抱きしめた。
太くて(たくま)しい伊月さんの腕をそっと抱きしめ返した。

「きっと二人一緒でなければ出来ないことがあるんですよ。きっとそのために尽世(つくよ)の神様に呼ばれて来たんじゃないかって思います。」

那美(なみ)どの。これからも私と、この尽世(つくよ)で生きてくれるか。」

「当たり前です。ずっと側にいますから。」

伊月(いつき)さんの手が私の顎を取って上向かされた。

那美(なみ)どの、愛している。」

「私もです。」

私たちは桜の木の下で愛を誓いあうように口づけた。
これからも伊月(いつき)さんの戦いは終わらない。
厳しい(いくさ)のある世の中を、飢えのある世界を、生きていかなければいけない。
でも、私は幸せだった。誰よりも幸せだった。
私たちをめぐり合わせてくれた桜の木に、この運命に、尽世(つくよ)の神々に、私はずっと伊月(いつき)さんと一緒に生きていくと誓った。

――おわり―――
ここまで、読みすすめていただき、本当にありがとうございました。
こんなにも長い物語だったのに、完読して下さった方には、いくらお礼を言っても言い切れません。
もしよかったら、感想や、コメントを残していただけると本当に嬉しいです。
誤字報告も受け付けています。
皆さまとの交流で、次作への創作意欲が倍増されます。ぜひとも、よろしくお願いします(*- -)(*_ _)ペコリ

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