伊月さんが私の部屋に訪ねて来た日、亜国には雪が降り始めた。
あれから、みるみるうちに雪が積もって、タカオ山も、歩くのがけっこう大変になってきた。
伊月さんがくれたモフモフのマフラーを片時も手放せなくなった。
すっかり年も改まって、伊月さんが亜城の城主になって、もう3ヶ月が過ぎようとしている。
以前みたいに、ふらっと伊月さんのお屋敷に一人で歩いて行けなくなった。
積もった雪のせいもあるけど、今となっては、伊月さんは、飛ぶ鳥を落とす勢いの大名だ。
亜のお城に引っ越しちゃって、まだまだ忙しそうだ。
伊月さんは、念願の伊の国を奪い返し、正式に朝廷から、伊の国主と認知され、従五位下に叙され、左京太夫に任命された。
今は亜の法改正と、税制の改革を進めていて、将来的には亜の国主としても、朝廷から認知をもらえるように、色々と手続きをしているみたいだ。
―― 会いたいなぁ。伊月さん。
文は交換しているのだけど、ひんぱんには会えない。
たまに会っても、ちょっと世間話をするだけだ。
私の部屋に忍び込んで来た日伊月さんが落として行った根付を返しに、お城に行った。
その時も、伊月さんは政務に追われているみたいだった。
―― 会っても、いつも人がいて、ゆっくり話せないしなぁ。
以前は源次郎さんと平八郎さんと清十郎さんが、交代で護衛をしていたけれど、今や国主となった伊月さんの周りには護衛の人数が増えた。
常に人が3~5人はいる。
時々、タカオ山に会いに来てもくれるけど、やっぱり人が周りにいて、触れたり、キスしたりできない。
―― この前会った時、どことなく、疲れがたまってるような顔してた。
―― 大丈夫かなぁ。
伊月さんが亜の国政改革をしている間、私の方にも変化があった。
手習い所がどんどん大きくなって、週6日稼働になり、教科と教師の数を増やした。
お仙さんは読み書きの先生に、小雪ちゃんは美術の先生に、奨学金制度の管理をしている里ちゃんは算術の先生になった。
私は社会や理科を教えているけど、そろそろこの教科も受け継いでくれそうな才能のある子が出て来た。
私は相変わらず午前中だけ教えて、後はお仙さんや小雪ちゃんや里ちゃんに任せている。
午後は、研究所で新しい商品を開発しながら、オババ様から色んな術式と、雷神に捧げる舞を教えてもらっている。
術式を覚えると、カムナリキの使い方が広まるし、神様に舞を舞うと色んなインスピレーションが降りて来る。
――――
今日も今日とて、手習い所と、研究所の仕事を終えて、タカオ山の屋敷に戻ると、オババ様の目の前に伊月さんが正座をしているのが見えた。
「ただいま...。え?伊月さん来てたんですか?」
さっきまで会いたいと思っていた人がいきなりそこにいて、びっくりする。
その後ろに清十郎さん、源次郎さん、平八郎さんが控えている。
「皆さんも、こんにちは。」
後ろに控える三人は静かに会釈した。
「お、那美、帰ったか。こっちに来い。」
オババ様が自分の横の座布団をポンポンと叩いて、隣に座るように言われた。
夕凪ちゃんがお茶を淹れてくれて、私たちに出してくれる。
皆すごく真剣そうなのに、夕凪ちゃんだけニマニマしている。
「あのぅ、真剣そうに、何の話ですか?」
「那美、伊月がオヌシと夫婦になりたく、私に許可を得たいと言ってきた。」
「あ...。」
―― その話をしていたのか。
私はちょっと恥ずかしくてうつむいた。
夕凪ちゃんがニマニマしていた理由がわかった。
「それで、オヌシの気持ちはどうなのじゃ?」
「わ、私も伊月さんと、一緒になりたいです。オババ様の許可が欲しいです。」
私もオババ様に頭を下げた。
「好きあった二人を止めるつもりはないが、伊月には、3つ条件がある。」
「はい。」
「まず、妾を取らぬことだ。」
「あ、当たり前です。元よりそのつもりはありません。」
「タマチに雷が落ちまくっても困るからのぅ。」
「そ、そういう理由ですか?!」
夕凪ちゃんが、いや、それ、大事だから、と小声で突っ込んでいる。
「二つめの条件は、那美をあまり人間の政やら、しきたりやらで縛らぬことだ。那美は神の導きでこちらに来たのだ。神のために何らかの役に立たねばならぬ。自由にさせるのが一番いいのだ。」
「はい。心得ます。」
伊月さんがしっかりと大きくうなずいた。
「それで、最後の条件は?」
「那美を時々タカオ山に寄越して飯を作らせることだ。」
「は?」
「ふふふ。那美ちゃんの作るご飯美味しいですもんね。」
夕凪ちゃんが笑った。
窓から吉太郎が「鳩せんべいも時々焼けよ!」と言った。
「そのようなことなら、もちろん。」
伊月さんが破顔した。
「それで、これからオヌシら、どこに住むつもりだ?」
それは私もわからないから、伊月さんを見る。
「しばらくは伊城に住みたいと思っています。那美どのが良ければですが…。」
「そうか、亜城より遠いな。しかし、しばらくは、ということはまた移動するのか?」
「はい。いずれ、伊と亜を統合して、一つの国にしたく、その暁には、新たに主城を築城しようかと。」
「そうか。」
「あの、タカオ山の手習い所ですが…。」
私はお仙さんたちと話し合ったことを切り出す。
「お仙さんを筆頭に、このまま存続していきたいそうなんです。私がここからいなくなっても続けてもいいですか?できれば、私が理事となって、時々様子を見に来て、実際の運営はお仙さんに任せたいんです。」
「それは構わぬ。そのような事にあの小屋が使われるのは有意義じゃからな。」
「ありがとうございます!それなら、心置きなく伊に行けます。」
私が伊月さんを見ると、伊月さんはホッとしたような顔をした。
「あの、でも…」
私はオババ様を見る。
「私、もっと色んなことをオババ様から習いたいんです。定期的に修行に来てもいいですか?」
「それは構わん。だが、さっきも言ったが、飯を作れ。」
「ふふふ。はい!」
「オババ様、この婚儀、お許し願えますか?」
改めて伊月さんがオババ様に聞くと、オババ様は破顔した。
「もちろんじゃ。祝福する。」
伊月さんを見ると、伊月さんも私の方を見て笑顔を浮かべていた。
「主、那美様、おめでとうございます!」
伊月さんの後ろに控えていた三人も嬉しそうに言ってくれた。
オババ様はおもむろに、スッと一枚の紙を伊月さんに渡す。
伊月さんが紙を広げると、地図らしきものが書いてある。
「二人でそこに行って来い。今すぐだ。」
そこはタカオ山の北西に位置する場所だった。
「伊月、出陣の時に渡した護符を持っておるか?」
「はい。」
「そこに祠がある。その護符を持っていけば、その祠に入れる。そこに入って明日の昼すぎまで帰ってくるな。分かったか?」
「はぁ、しかし、私はまだ城ですることが…。」
「仕事は全て私どもにお任せ下さい。」
後ろに控えていた清十郎さんがすかさず言った。
「その祠には、護符を持った者と、カムナ巫女しか入れぬ。」
源次郎さんが、伊月さんに頭を下げた。
「所要は私どもで済ませます。主はどうか、明日の昼過ぎまで、何も心配せずお過ごしください。」
「そ、そうか?」
「あのう、その祠には何があるんですか?」
私が聞くと、オババ様が言う。
「不思議な扉が沢山ある。記憶を再現する扉じゃ。まあ、色々説明するより、行ってみるのが早い。」
「あの、オババ様…」
伊月さんが少し焦ったよう言う。
「明日の昼まで戻ってくるなとは、二人で一晩一緒に過ごせと言っているようなものじゃないですか?」
―― 私も、皆が、久しぶりに二人きりになれるように取り計らってくれたのかなぁ、とは思ったんだけど…
「そうじゃが?」
オババ様が、当たり前だろうと言った語調で言う。
―― うん、私もそこは、わざわざ、はっきり言わなくても、空気読んで黙っとけばよかった気がする。
「な、那美どのは、嫁入り前の娘ですよ!」
―― え?
伊月さんが食い下がる。
「何をいまさら。オヌシ、那美を自分の屋敷に泊めたことが何度もあるではないか。」
「う...。」
確かに伊月さんの言い訳はすごく不自然だ。
この前だって、私の部屋に入って来て、あんなことしたじゃない…。
―― あ...
もしかして、伊月さん、私と一晩、過ごしたくない...の?
オババ様がニヤっと笑って言った。
「それに、亜城を押さえてすぐのころ、オヌシ、夜這いしに那美の部屋に押し入ったであろう。」
―― え? バ、バレている!?
「な、な、な…」
伊月さんが口ごもって、手を震わせている。
その後ろでは、いつもはポーカーフェイスの清十郎さんが、顔を青くして冷汗を流し始めた。
「ワシが知らんとでも思ったか。」
「そうだ、そうだ! オババ様には優秀な見回りがいるのだ。」
吉太郎が羽をバタつかせた。
「うわー伊月さんそんなことしてたの? うわー変態ー。」
夕凪ちゃんが、変なものを見る目で伊月さんを見た。
「わ、私は、よ、夜這いなど!け、健全に話をしただけだ!」
「健全な話をするのに、なぜわざわざ夜中に部屋に押し入るのだ?」
「ほ、ほ、本当です!」
伊月さんが慌て始めた。
「とにかく、オヌシらも公認の仲ではないか。とっとと行け。」
「わ、わ、わかりました!な、那美どの、行こう!」
「え? あ、は、はい。」
―― 私と一晩過ごしたくないってわけじゃないのかな? 伊月さんの反応が全然わからない。
―― ともかく二人になれば、この変な反応の理由も聞けるかな。
「じゃあ、ちょっと準備して来てもいいですか?」
―― 明日の昼までってことは寝間着くらいいるよね。
私はぎこちなさ過ぎる伊月さんをその場に置いて、私は二階の自室に行き、着替えを用意した。
準備を終えて皆のもとに戻ると、哀れな者を見るような目で皆が伊月さんのことを見ていた。
―― この空気は何? な、何があったの...?
「オババ様、行って参ります。お気遣いに感謝いたす。皆も、仕事は頼んだ。」
「主、ごゆっくり、御休憩ください。」
伊月さんが私の手を引っ張って、オババ様の屋敷を出ようとする。
「あ、え? あの、オババ様、行ってきます!」
「とっとと、行ってこい!明日の昼過ぎまで戻るなよ!」
オババ様が念を押した。
あれから、みるみるうちに雪が積もって、タカオ山も、歩くのがけっこう大変になってきた。
伊月さんがくれたモフモフのマフラーを片時も手放せなくなった。
すっかり年も改まって、伊月さんが亜城の城主になって、もう3ヶ月が過ぎようとしている。
以前みたいに、ふらっと伊月さんのお屋敷に一人で歩いて行けなくなった。
積もった雪のせいもあるけど、今となっては、伊月さんは、飛ぶ鳥を落とす勢いの大名だ。
亜のお城に引っ越しちゃって、まだまだ忙しそうだ。
伊月さんは、念願の伊の国を奪い返し、正式に朝廷から、伊の国主と認知され、従五位下に叙され、左京太夫に任命された。
今は亜の法改正と、税制の改革を進めていて、将来的には亜の国主としても、朝廷から認知をもらえるように、色々と手続きをしているみたいだ。
―― 会いたいなぁ。伊月さん。
文は交換しているのだけど、ひんぱんには会えない。
たまに会っても、ちょっと世間話をするだけだ。
私の部屋に忍び込んで来た日伊月さんが落として行った根付を返しに、お城に行った。
その時も、伊月さんは政務に追われているみたいだった。
―― 会っても、いつも人がいて、ゆっくり話せないしなぁ。
以前は源次郎さんと平八郎さんと清十郎さんが、交代で護衛をしていたけれど、今や国主となった伊月さんの周りには護衛の人数が増えた。
常に人が3~5人はいる。
時々、タカオ山に会いに来てもくれるけど、やっぱり人が周りにいて、触れたり、キスしたりできない。
―― この前会った時、どことなく、疲れがたまってるような顔してた。
―― 大丈夫かなぁ。
伊月さんが亜の国政改革をしている間、私の方にも変化があった。
手習い所がどんどん大きくなって、週6日稼働になり、教科と教師の数を増やした。
お仙さんは読み書きの先生に、小雪ちゃんは美術の先生に、奨学金制度の管理をしている里ちゃんは算術の先生になった。
私は社会や理科を教えているけど、そろそろこの教科も受け継いでくれそうな才能のある子が出て来た。
私は相変わらず午前中だけ教えて、後はお仙さんや小雪ちゃんや里ちゃんに任せている。
午後は、研究所で新しい商品を開発しながら、オババ様から色んな術式と、雷神に捧げる舞を教えてもらっている。
術式を覚えると、カムナリキの使い方が広まるし、神様に舞を舞うと色んなインスピレーションが降りて来る。
――――
今日も今日とて、手習い所と、研究所の仕事を終えて、タカオ山の屋敷に戻ると、オババ様の目の前に伊月さんが正座をしているのが見えた。
「ただいま...。え?伊月さん来てたんですか?」
さっきまで会いたいと思っていた人がいきなりそこにいて、びっくりする。
その後ろに清十郎さん、源次郎さん、平八郎さんが控えている。
「皆さんも、こんにちは。」
後ろに控える三人は静かに会釈した。
「お、那美、帰ったか。こっちに来い。」
オババ様が自分の横の座布団をポンポンと叩いて、隣に座るように言われた。
夕凪ちゃんがお茶を淹れてくれて、私たちに出してくれる。
皆すごく真剣そうなのに、夕凪ちゃんだけニマニマしている。
「あのぅ、真剣そうに、何の話ですか?」
「那美、伊月がオヌシと夫婦になりたく、私に許可を得たいと言ってきた。」
「あ...。」
―― その話をしていたのか。
私はちょっと恥ずかしくてうつむいた。
夕凪ちゃんがニマニマしていた理由がわかった。
「それで、オヌシの気持ちはどうなのじゃ?」
「わ、私も伊月さんと、一緒になりたいです。オババ様の許可が欲しいです。」
私もオババ様に頭を下げた。
「好きあった二人を止めるつもりはないが、伊月には、3つ条件がある。」
「はい。」
「まず、妾を取らぬことだ。」
「あ、当たり前です。元よりそのつもりはありません。」
「タマチに雷が落ちまくっても困るからのぅ。」
「そ、そういう理由ですか?!」
夕凪ちゃんが、いや、それ、大事だから、と小声で突っ込んでいる。
「二つめの条件は、那美をあまり人間の政やら、しきたりやらで縛らぬことだ。那美は神の導きでこちらに来たのだ。神のために何らかの役に立たねばならぬ。自由にさせるのが一番いいのだ。」
「はい。心得ます。」
伊月さんがしっかりと大きくうなずいた。
「それで、最後の条件は?」
「那美を時々タカオ山に寄越して飯を作らせることだ。」
「は?」
「ふふふ。那美ちゃんの作るご飯美味しいですもんね。」
夕凪ちゃんが笑った。
窓から吉太郎が「鳩せんべいも時々焼けよ!」と言った。
「そのようなことなら、もちろん。」
伊月さんが破顔した。
「それで、これからオヌシら、どこに住むつもりだ?」
それは私もわからないから、伊月さんを見る。
「しばらくは伊城に住みたいと思っています。那美どのが良ければですが…。」
「そうか、亜城より遠いな。しかし、しばらくは、ということはまた移動するのか?」
「はい。いずれ、伊と亜を統合して、一つの国にしたく、その暁には、新たに主城を築城しようかと。」
「そうか。」
「あの、タカオ山の手習い所ですが…。」
私はお仙さんたちと話し合ったことを切り出す。
「お仙さんを筆頭に、このまま存続していきたいそうなんです。私がここからいなくなっても続けてもいいですか?できれば、私が理事となって、時々様子を見に来て、実際の運営はお仙さんに任せたいんです。」
「それは構わぬ。そのような事にあの小屋が使われるのは有意義じゃからな。」
「ありがとうございます!それなら、心置きなく伊に行けます。」
私が伊月さんを見ると、伊月さんはホッとしたような顔をした。
「あの、でも…」
私はオババ様を見る。
「私、もっと色んなことをオババ様から習いたいんです。定期的に修行に来てもいいですか?」
「それは構わん。だが、さっきも言ったが、飯を作れ。」
「ふふふ。はい!」
「オババ様、この婚儀、お許し願えますか?」
改めて伊月さんがオババ様に聞くと、オババ様は破顔した。
「もちろんじゃ。祝福する。」
伊月さんを見ると、伊月さんも私の方を見て笑顔を浮かべていた。
「主、那美様、おめでとうございます!」
伊月さんの後ろに控えていた三人も嬉しそうに言ってくれた。
オババ様はおもむろに、スッと一枚の紙を伊月さんに渡す。
伊月さんが紙を広げると、地図らしきものが書いてある。
「二人でそこに行って来い。今すぐだ。」
そこはタカオ山の北西に位置する場所だった。
「伊月、出陣の時に渡した護符を持っておるか?」
「はい。」
「そこに祠がある。その護符を持っていけば、その祠に入れる。そこに入って明日の昼すぎまで帰ってくるな。分かったか?」
「はぁ、しかし、私はまだ城ですることが…。」
「仕事は全て私どもにお任せ下さい。」
後ろに控えていた清十郎さんがすかさず言った。
「その祠には、護符を持った者と、カムナ巫女しか入れぬ。」
源次郎さんが、伊月さんに頭を下げた。
「所要は私どもで済ませます。主はどうか、明日の昼過ぎまで、何も心配せずお過ごしください。」
「そ、そうか?」
「あのう、その祠には何があるんですか?」
私が聞くと、オババ様が言う。
「不思議な扉が沢山ある。記憶を再現する扉じゃ。まあ、色々説明するより、行ってみるのが早い。」
「あの、オババ様…」
伊月さんが少し焦ったよう言う。
「明日の昼まで戻ってくるなとは、二人で一晩一緒に過ごせと言っているようなものじゃないですか?」
―― 私も、皆が、久しぶりに二人きりになれるように取り計らってくれたのかなぁ、とは思ったんだけど…
「そうじゃが?」
オババ様が、当たり前だろうと言った語調で言う。
―― うん、私もそこは、わざわざ、はっきり言わなくても、空気読んで黙っとけばよかった気がする。
「な、那美どのは、嫁入り前の娘ですよ!」
―― え?
伊月さんが食い下がる。
「何をいまさら。オヌシ、那美を自分の屋敷に泊めたことが何度もあるではないか。」
「う...。」
確かに伊月さんの言い訳はすごく不自然だ。
この前だって、私の部屋に入って来て、あんなことしたじゃない…。
―― あ...
もしかして、伊月さん、私と一晩、過ごしたくない...の?
オババ様がニヤっと笑って言った。
「それに、亜城を押さえてすぐのころ、オヌシ、夜這いしに那美の部屋に押し入ったであろう。」
―― え? バ、バレている!?
「な、な、な…」
伊月さんが口ごもって、手を震わせている。
その後ろでは、いつもはポーカーフェイスの清十郎さんが、顔を青くして冷汗を流し始めた。
「ワシが知らんとでも思ったか。」
「そうだ、そうだ! オババ様には優秀な見回りがいるのだ。」
吉太郎が羽をバタつかせた。
「うわー伊月さんそんなことしてたの? うわー変態ー。」
夕凪ちゃんが、変なものを見る目で伊月さんを見た。
「わ、私は、よ、夜這いなど!け、健全に話をしただけだ!」
「健全な話をするのに、なぜわざわざ夜中に部屋に押し入るのだ?」
「ほ、ほ、本当です!」
伊月さんが慌て始めた。
「とにかく、オヌシらも公認の仲ではないか。とっとと行け。」
「わ、わ、わかりました!な、那美どの、行こう!」
「え? あ、は、はい。」
―― 私と一晩過ごしたくないってわけじゃないのかな? 伊月さんの反応が全然わからない。
―― ともかく二人になれば、この変な反応の理由も聞けるかな。
「じゃあ、ちょっと準備して来てもいいですか?」
―― 明日の昼までってことは寝間着くらいいるよね。
私はぎこちなさ過ぎる伊月さんをその場に置いて、私は二階の自室に行き、着替えを用意した。
準備を終えて皆のもとに戻ると、哀れな者を見るような目で皆が伊月さんのことを見ていた。
―― この空気は何? な、何があったの...?
「オババ様、行って参ります。お気遣いに感謝いたす。皆も、仕事は頼んだ。」
「主、ごゆっくり、御休憩ください。」
伊月さんが私の手を引っ張って、オババ様の屋敷を出ようとする。
「あ、え? あの、オババ様、行ってきます!」
「とっとと、行ってこい!明日の昼過ぎまで戻るなよ!」
オババ様が念を押した。