石畳みには散った桜の花びらが積もっている。
その上を走る度に花びらが舞い上がる。
私はとにかく必死に走った。
近所の寂れた小さな神社。
その御神木の古い桜の木の根本には大きなうろがある。
小さい子供ならすっぽり入れてしまう程の大きさだ。
御神木に気軽に触ってはいけないと言われたことがあるけど、
私はその言葉に耳を貸さずこの桜の木によく訪れた。
木のうろを秘密基地にして、自分だけの時間を過ごした。
空想を膨らませたり、蟻を観察したり、タイムカプセルを埋めたり。
そして何より嫌なことがあればここに来て、うろの中にもぐり込んで、膝を抱えて泣いた。
この小さな空間では何か大きなものに守られている気がした。
不思議な安心感があり安全だと確信できた。
大学を卒業して、地元に戻って来ても、よく訪れる場所だ。
相変わらず不思議な安心感がある。
今でもそうだ。
だからこそ、この状況で、無意識のうちにここに逃げてきた。
狂ったように凶器を振り回しながら男が追いかけてくる。
私も狂ったように逃げた。走った。
卒業式用に新調した袴を両手でたくし上げて、一生懸命に走った。
死にたくない。
なぜだかわからない。
論理的に考えれば、人気のないこの神社に逃げるのは得策ではない。
でもなぜだかここに導かれるように逃げてきた。
何かにグイグイと体を引っ張られるような感覚があり、あの木のうろに導かれていくようだった。
だけど私はもう大人で、そのうろに隠れられるはずもなく、うろの前で立ち止まる。
凶器を持った男が荒い息遣いをしながらどんどん近づいて来る。
私は桜の木を背に男を見た。
もうこれ以上は無理かも。
もう走れない。足がガクガクと震えている。
恐怖のせいで胸に何かがつかえたような感覚になり、うまく呼吸ができない。
もう逃げ切れなくなった私をあざ笑うかのように男が殺気立った目で私を見据えた。
「あは、あははは、はは」
不気味な笑い声を上げながら、男は私に刃物を向けながら走ってくる。
―― 私、ここで殺されるの? こんなあっさりと人生終わるの?
そう思った時だった。
私の体は急にガクンと落ちて木のうろへと吸い込まれていった。
―― な、に???
視界が一瞬で暗くなった。
すごい勢いで体が落ちていく感覚だけがある。
―― どこに落ちてるの?
小さい子供が一人入れるくらいの大きさだったはずのうろの中に無限の闇の空間が広がっている。
声を出しても、誰にも届かない。
手を伸ばしても、何にも触れない。
ただ、私と一緒に落ちてきた桜の花びらがチラチラ舞った。
なぜか怖いと思わなかった。
それどころか安心感すらあった。
―― 私、殺されなかったんだ。
―― あの変な男に殺されずにすんだ。
―― よかった。。。。
そして、ただひたすらに落ちていく感覚のまま私は意識を失った。
その上を走る度に花びらが舞い上がる。
私はとにかく必死に走った。
近所の寂れた小さな神社。
その御神木の古い桜の木の根本には大きなうろがある。
小さい子供ならすっぽり入れてしまう程の大きさだ。
御神木に気軽に触ってはいけないと言われたことがあるけど、
私はその言葉に耳を貸さずこの桜の木によく訪れた。
木のうろを秘密基地にして、自分だけの時間を過ごした。
空想を膨らませたり、蟻を観察したり、タイムカプセルを埋めたり。
そして何より嫌なことがあればここに来て、うろの中にもぐり込んで、膝を抱えて泣いた。
この小さな空間では何か大きなものに守られている気がした。
不思議な安心感があり安全だと確信できた。
大学を卒業して、地元に戻って来ても、よく訪れる場所だ。
相変わらず不思議な安心感がある。
今でもそうだ。
だからこそ、この状況で、無意識のうちにここに逃げてきた。
狂ったように凶器を振り回しながら男が追いかけてくる。
私も狂ったように逃げた。走った。
卒業式用に新調した袴を両手でたくし上げて、一生懸命に走った。
死にたくない。
なぜだかわからない。
論理的に考えれば、人気のないこの神社に逃げるのは得策ではない。
でもなぜだかここに導かれるように逃げてきた。
何かにグイグイと体を引っ張られるような感覚があり、あの木のうろに導かれていくようだった。
だけど私はもう大人で、そのうろに隠れられるはずもなく、うろの前で立ち止まる。
凶器を持った男が荒い息遣いをしながらどんどん近づいて来る。
私は桜の木を背に男を見た。
もうこれ以上は無理かも。
もう走れない。足がガクガクと震えている。
恐怖のせいで胸に何かがつかえたような感覚になり、うまく呼吸ができない。
もう逃げ切れなくなった私をあざ笑うかのように男が殺気立った目で私を見据えた。
「あは、あははは、はは」
不気味な笑い声を上げながら、男は私に刃物を向けながら走ってくる。
―― 私、ここで殺されるの? こんなあっさりと人生終わるの?
そう思った時だった。
私の体は急にガクンと落ちて木のうろへと吸い込まれていった。
―― な、に???
視界が一瞬で暗くなった。
すごい勢いで体が落ちていく感覚だけがある。
―― どこに落ちてるの?
小さい子供が一人入れるくらいの大きさだったはずのうろの中に無限の闇の空間が広がっている。
声を出しても、誰にも届かない。
手を伸ばしても、何にも触れない。
ただ、私と一緒に落ちてきた桜の花びらがチラチラ舞った。
なぜか怖いと思わなかった。
それどころか安心感すらあった。
―― 私、殺されなかったんだ。
―― あの変な男に殺されずにすんだ。
―― よかった。。。。
そして、ただひたすらに落ちていく感覚のまま私は意識を失った。