今日のように体調が悪いとき、昔は友紀さんが仕事を休んで看ていてくれた。
心細いときはいつも『 葵衣、葵衣 』と言っていたから、葵衣が心配してドアの隙間からわたしと友紀さんを覗いていた。
部屋に入ると、友紀さんに追い返されてしまうから、葵衣は入って来ないし、わたしも葵衣を呼ばない。
ずっと、わたしのそばにいきたい気持ちを我慢して顔を歪めながら、部屋の前にいた葵衣を覚えてる。
朝に熱を出して夜には諸々の症状も落ち着いてしまうのが常だったけれど、一晩は葵衣を近付けさせてもらえなくて、夜になるといつも泣いていた。
困り果てた友紀さんが廊下に出て、ずっとそこにいる葵衣に何か話していたはずだ。
そうすると、葵衣は自分の部屋に戻っていた。
寂しくて、理由もないのに悲しくて、そんなときにばかり両親のことを思い出す。
浅い眠りの中で、手を繋ぐわたしと葵衣の両脇にいつもいたふたりはもういなくて、葵衣の手だけは離さないと誓うのに、いつの間にか葵衣が遠ざかってしまう夢を見た。
耳のそばの髪を濡らすほどに泣きじゃくって、けれど友紀さんを呼ぶことはしない。
お母さん、と口にすると、友紀さんが悲しそうにわたしを抱き締めることを知っていたから。
声を殺して泣いて、友紀さんが様子を見に来る前には泣き止まなきゃって唇を噛むと、乾いた皮が破れて血の味がした。
涙に濡れる手で、更に溢れてくる涙を拭っていると、壁を叩く音が聞こえる。
一定のリズムで、背中を摩るときのような優しい音が、隣の部屋から聞こえた。
『 葵衣 』と呼んでも届かないし、聞こえていないから、わたしもトントンと壁を叩き返す。
しばらくそうしていると、壁を叩く回数が少なくなって、けれどわたしが寝付くまで、いつまでも音は続いていた。