「だけど」


乾いた瞳に痛みが広がり、長く忘れていた瞬きを一度したところで、葵衣の手が動いた。


伸ばされたわけでも、引っ込められたわけでもない。

裏返された手のひらは上を向く。


「花奏から触れるのなら、俺から離すことはない」


葵衣の手のひらをじっと見つめる。

大きな手は、わたしの手を握ることも、肩を掴むことも、頭を引き寄せることも、腰を抱くことも、簡単にしてしまえる。

それなのに、決して葵衣から触れることはないと、断言されたようなものだ。


微動だにしない葵衣の手に、わたしの手を重ねるのは簡単だ。

重ねた手を葵衣の指に絡ませて、ぎゅうっと包み込むことだってできる。

受け入れたのなら、離さずにいてくれるだろう。


震え、痺れる手を葵衣の手のひらを目掛けて伸ばす。

近付いてほしいのに、その手は動かないまま。

こんな、一方的に求め、触れる行為、独り善がり以外の何物でもない。


「小さい、な」


葵衣の手のひらの真上に伸ばした手を、まるで重力に負けましたと言い訳でもするようにぽとりと落とした。

重なっているだけなのに、少し低い葵衣の体温と、わたしの手に滲んだぬるい汗が混ざり合う。


「花奏」


どうしたい?とでもいうような目。


先程まで胸の中に渦巻いていた想いは、目の前の人に欲があると体ごと叫んでいたくせに、いつの間にかどこもかしこも冷静になってしまっていて。

凪いだ頭の中には、後悔の文字が巡る。


「ごめん、忘れて」


パン、と音を立てて、葵衣の手を払い除ける。

一瞬だけ、目を見開いた葵衣は泣き笑いのような表情を浮かべて、部屋を出ていった。