十月になり、急に気温が下がっている。

 冬服への移行期間に入り、登校中の生徒たちは白黒のオセロみたい。
 もう私の夏は終わったんだ、とやっと素直に受け入れることができた。

 雨星を見たあと、大雅のことについて覚えている人はいなかった。
 叶人の言ったように、あの日々はリセットされたのだろう。

 教室に入ると、「おはよう」を交わしながら窓辺の席へ進む。
 うしろの席の木村さんは、私を待ち構えていたらしくDVDを手にしている。

「おはよ。これ、カッシーにお勧めしてい『情婦』っていう映画のDVD。最後にものすごいどんでん返しがあるから期待して」
「ありがとう。私もこれ持ってきたよ」

 紙袋を渡すと、木村さんはなかを覗きこみ歓声をあげた。

「こないだ言ってたプラネタリウム!? ありがとう!」
「え、なになに。私にも貸してよ」

 近くの席の加藤さんが会話に加わってきた。

「ダメ。亜美にはまだ早い」
「なによそれ。ね、柏木さんお願い」

 パチンと手を合わせる加藤さんとも最近はよく話すようになった。

「キム、意地悪しないの。そうだね、三日くらい使ったら加藤さんにも貸してあげて」
「えー。せめて四日は貸してよ」

 わいわい話をしている自分のことがちょっとうれしい。
 ううん、すごくうれしくなる。

 あ、日葵が登校してきた。
 隣には当たり前のように兼澤くんがいる。
 ふたりがつき合い出したことは、もうすっかりクラスでも受け入れられている。
 想いが受け継がれたことがうれしくてたまらない。
 兼澤くんと離れ、日葵が近づいてくる。

「おはよ。もう冬服の人多いんだね。まだまだ暑いのに」

 どすんと前の席に座る日葵は、最近ますますかわいくなったと思う。
 髪の毛も伸びてきたし、メイクも勉強中だと言ってた。

「そういえばさ、昨日悠花のおばさんから連絡来たよ」
「三回忌のことだよね」

 日曜日におこなわれる三回忌法要は、近所の人も招いておこなうそうだ。

「なんかおばさん、すごく明るくなったよね。夫婦仲も元に戻ったんでしょ?」
「たまにケンカみたいにはなるけれど、前に比べたらずいぶん仲良しになってるね」
「離婚の危機も回避できたってことか」
「まだ油断できないけどね」

 いがみ合っていたのがウソみたいに、ふたりして三回忌法要の準備を張り切っている。
 叶人の部屋は法要が終わったら整理する予定だ。
 リセットされた世界でも、無駄だったことなんてひとつもない。

 私は私の物語を紡いていきたいって思えたから。

「おはよう」

 朝練を終えた優太が声をかけてきた。
 こちらも夏服のままで、首にタオルを巻いた恰好で、いつものスポーツドリンクを手にしている。

「おはよう」

 二学期がはじまったころは、優太に恋をするなんて思ってもいなかった。
 それが今では恋人になっているなんて不思議だ。

 こうして、いろんなことは変わっていく。
 変化が怖いのは今も変わらないけれど、流されるだけじゃなく選択していきたい私がここにいる。

「『パラ恋』、今日でたぶん読み終わると思うよ」

 優太がスマホを見せてきた。第四章の最後のページが表示されている。

「もうそんなに進んだんだ。すごいね」
「悠花がほかの男に恋してる設定なのはムカつくけどな。叶人、ちっともわかってないじゃん」

 ぶすっとした横顔に、思わず笑ってしまう。

「え」と日葵がびっくりした顔をした。

「優太も『パラ恋』を読んでるの? 本嫌いな優太が読書なんて信じられない」
「お前だって本嫌いのくせに」
「まさか大雅が病気だったなんてビックリだよね」
「おい、お前ネタバレすんなって言ったのに!」

 悲痛な叫びに日葵は、
「あれ、それって最後にわかるんだっけ?」
 と、とぼけている。

「今読んでるところは、大雅が事故に遭ったとこ。ここから盛りあがるってとこなのに、マジでふざけんなよ」
「大丈夫だよ。ハッピーエンドだから」
「だから言うなって!」

 ふたりの掛け合いがおもしろくて笑ってしまう。

 窓の外に目をやれば、空は薄青の秋色。

「はい、これ」

 優太がペットボトルを渡してくれた。
 目に当ててもう一度見ると、濃い青空が潤んでいる。
 あの夏がペットボトルのなかにまだいる気がした。

 すう、と深呼吸。
 大きく息を吸えば、この世界はもっと明るく輝き出す。

 叶人がくれた奇跡を胸に、私は生きていくよ。
 道に迷ったり間違えたとしても大丈夫。
 どんな道も、正しかったと思える自分になってみせるから。
 
 だから安心して見ていてね、叶人。






【完】