君がくれた物語は、いつか星空に輝く

 ガラス越しの空は燃えるような赤色。
 時間とともに藍色へ変わり、遠くの山は黒く塗りつぶされていく。

 窓辺に置いた椅子に座り、もうずっとぼんやり外を見ている。

 音もなく忍び寄る夜の気配は、ガラスに映る顔をはっきりと映し出すから目を逸らしたくなる。

 あの事故で私は検査入院をした。
 打撲程度で問題はないと診断が下り、この二日間は家で過ごしている。
 誰もはっきり話してくれないけれど、優太の病状はかなり深刻で、今も意識がないと聞いている。

 二十四時間、ずっと後悔している。
 なぜ優太にきちんと事故が起きる可能性について話さなかったのだろう。
 なぜあの日、すぐに優太を連れて逃げなかったのだろう。

 私の役が日葵に代わったと思いこんでしまっていたけれど、そうじゃなかった。
 大雅の役が優太に代わっていたんだ。
 気づくチャンスはいくらでもあったのに、どうして……。

 ――トントン。

 部屋のドアがノックされると同時に、飛び跳ねるように椅子から立ちあがっていた。
 返事をするのももどかしく、ドアを開けるとお母さんが立っていた。

「優太になにかあったの? おばさんから連絡は!?」

 早口で尋ねる私に、お母さんは首を横に振った。

「優太くんはきっと大丈夫よ。連絡もないの」
「そう……」

 ゆるゆると視線を落とす。
 足首に巻かれた包帯からは、呼吸するのと同じタイミングで痛みが生まれている。
 でも、こんな痛み、どうでもいい。

 優太が、優太が――。

「ご飯作ったのよ。下で一緒に食べましょう」
「ご飯……」

 首を横に振る。こんな状況でご飯なんか食べる気がしない。
 水分ですら、飲んだそばから涙となり、なにも潤おしてはくれない。

 優太に会いたい。会いたくてたまらない。

「もうずっと食べてないじゃない。お父さんも待ってるから、ね」

 動けない私の左手をお母さんはそっと包むように握った。

「悠花の気持ち、お母さん痛いほどわかるのよ。本当につらいと思う」
「……やめて」
「優太くんのこと心配よね。でも、優太くんが元気になったときに、あなたが倒れてたら仕方ないでしょう?」
「やめてよ!」

 無意識にお母さんの手を振り払っていた。
 そんなもっともらしいなぐさめなんていらない。

「お母さんにはわからないよ。だって、お母さんとお父さんはお互いを手放そうとしてるじゃん。どっちかは私を手放したっていい、って思ったから離婚するんでしょう? そんな人たちに、私の気持ちなんて絶対にわからない!」

 こんなこと言いたいわけじゃない。
 お母さんを傷つけたいわけじゃないのに、勝手に言葉があふれていた。

「ごめん。今日は……ひとりにして」

 ドアを閉める私に、お母さんはもうなにも言わなかった。
 ベッドに崩れるように横になると、右目から涙が一筋流れ落ちた。
 袖で拭い、目をギュッと閉じる。

 今回の事故は、間違いなく私のせいで起きたこと。
 罪悪感は大きな波のようにざぶんと私を飲みこみ、海底へ引きずり落とす。

 息がうまく吸えない。
 光も見えない、音も聞こえない。

「優太……ごめんね」

 信号無視した車も許せないけれど、優太を守れなかった自分がもっと許せない。
 叶人はヒントをくれていたのに活かせなかった。

 スマホのバイブが振動した。
 優太のおばさんは私の携帯電話の番号を知らないからかかってくるはずもないのに、スマホが震えるたびに鼓動が速くなってしまう。
 画面を開くと、今日だけで何十通も来ている日葵からのメッセージが表示されていた。

『しつこくてごめん。悠花に会いたい』

 明日はがんばって学校に行くよ。
 文字に打って送ればいいだけなのにできない。
 頭のなかが優太のことでいっぱいになりすぎて、ほかのことなんてなんにもできないよ。
 スマホをベッドのはしに追いやり、体を起こした。
 机の上で写真のなかの叶人が笑っている。

 叶人の描きたかった物語はハッピーエンドだったのに、現実世界ではバッドエンドに傾いている。
 ねえ、叶人。私はどこでなにを間違えたの?
 どうすれば優太は無事に戻ってくるの?
 声にならない問いに、写真の叶人の笑顔が悲しそうに見えた。