玄関のドアを開けて顔を出した優太の髪はボサボサだった。
 ずっと寝ていたのだろう、目も腫れぼったいし、何年も着ているのを見るシャツはプリント部分がはげてから久しい。
 これまではだらしなく見えていたことも、優太らしいと思ってしまう。
 胸のドキドキに気づかないフリで、エコバッグを差し出す。

「これ、お見舞い」

 優太は「マジで!」と大きな声をあげ、なかを漁り出す。

「お、あったあった」

 彼の好きな青いスポーツドリンクは、私もよく買うようになった。

「久しぶりにあがってく?」

 優太の実家は平屋建ての一軒家。
 庭が広いので、近所の子はよくここで集まっていた。

「今日はやめとく。体の具合はどう?」

 首を鳴らすように左右に傾けると、優太は唇を尖らせた。

「昨日くらいから平気だったんだけどさ、親が休めって言うからしょうがなく休んだんだよ。普段はほったらかしのくせに、こういうときだけ厳しいんだよな。コロナも陰性だったのに」

 ボヤく優太の向こうで、
「聞こえてるよ!」
 と、おばさんの声がした。

「聞こえるように言ってんだよ」
「あんたねぇ」

 奥のドアが開き、おばさんが顔を出した。
 おばさんは私が子どものころからずっとおばさんで、今も昔も変わらない気がする。
 短い髪にふくよかな体つき。日葵はよくいたずらをしておばさんに叱られていたっけ……。

「あんたの体はどうでもいいの。ひと様にうつしたら大変だから休ませたのに文句ばっかり言って。悠花ちゃんからも言ってやってよ」
「ですよね。休んで正解です」

 おばさんに同調する私に、優太はムスッとしている。

「この子、学校で迷惑かけてるでしょう? ほんとごめんなさいね」
「いえいえ」

 おばさんが数歩近づき、「あら」と声を丸くした。

「悠花ちゃん、またかわいくなったんじゃない?」

 おばさんとは先週も帰り道で会ったばかりだから、こういう言葉を信用してはいけない。
 愛想笑いする私に優太は苦い顔でサンダルを履いた。

「あーうるさい。悠花、外に行こう」

 トンと肩を押され、玄関から出されてしまう。

「悠花ちゃんまたね」
「はい、また」

 挨拶の途中でドアが閉められてしまった。
 外に出ると、優太はエコバッグを持ったまま大きく伸びをした。

「一日寝てたから逆に疲れたわ」
「ぜいたくな悩みだね」
「あの人、やたら様子を見にくるし、ちっとも落ち着かなかったけどさ」

 ペットボトルを一本渡された。
 青色のスポーツドリンクは、夜の色が溶けたみたいに薄暗い色になっている。

「それだけ優太のこと心配してくれてるんだよ」
「まあ、そうなんだろうな。で、今日はあのふたりは来ないの?」

 その質問の答えは、ここに来るまでに考えてきた。

「お見舞いは私の担当なの」
「大雅の見舞いも悠花だけだったもんな」

 優太は水たまりを避けながら空を探すように顔をめぐらせた。

「さっきまで雨が降ってたのに、もう月が出てる」

 ペットボトルで目を覆い、月を眺める優太。
 髪も服もキマってないけれど、どうして目が離せないのだろう。子どものころから一緒にいたのに、今さら恋をするなんて……。

 日葵が言ってたように、大雅が小説のなかに戻ったら、私の恋も消えるのかもしれない。

「月が泳いでる」

 優太の声に、私もペットボトルを目に当て顔をあげた。
 ちゃぷんちゃぷんと揺れる波の向こうで、丸い月が揺れている。

「キレイだね」
「キレイだな」

 どうか、この気持ちが消えませんように。
 苦しくても、かなわなくてもいい。誰かを好きになれた自分を失いたくない。

 月はまだなにかを探して、果てしない銀河をさまよっている。