外に出ると、まだ三時前というのにすでに太陽が低い位置で鈍く光っていた。
山の木々の間から漏れる光が、模様みたいに地面を浮きあがらせている。
まるで夢から覚めたように急いで歩くと古ぼけた看板だけ設置されたバス停が見えてくる。
ぽつんと立っているのは、優太だけだった。
私に気づくと困った表情を浮かべた。
幼なじみだからわかること。
優太は私に謝るためにひとり待っていたんだ、って。
口を開こうとする優太に、
「ごめんね」
先に謝るとますます困った顔になった。
「なんで悠花が謝るんだよ」
「イヤな思いをさせちゃったから。でも、長谷川さんになにか言われたわけじゃないよ。むしろ、叶人に友達がいてよかったって思ってる」
ぶすっとした優太はいつも思ったことを口にしてくれている。
さっきも私が泣かされていると思って助けてくれたんだ。
いつもいつも、優太はそばにいてくれていたのに私は謝らせてばかり。
「優太が言ってたこと、当たってる。私、ずっと叶人の話題を避けてきた」
「ああ」
「家でもそうだし、家族も同じ。みんな口にすると感情が乱されておかしくなっちゃう。まるで叶人の存在を忘れたがってるみたいだよね」
風が揺らした木からまだ枯れるには早い葉が一枚、ひらひらと弧を描いて落ちた。
横顔の優太が、「まあ」とつぶやいた。
「それでも最近は話をしてくれるようになってうれしいよ。さっきのは、俺が三年もかけた距離を、あの人が一瞬で飛び越えてきたからムカついただけ。悪いことしたな」
「日葵に怒られた?」
顔を覗くと、バツが悪そうに優太は口をへの字に曲げた。
「怒られたなんてレベルじゃねーよ。激怒されて置いてかれた。『ちゃんと謝ってから帰れ』って、マジであいつ怖いんだよ」
日葵らしいと笑ってしまう。あとでLINEしておかないと。
「ずっと思ってたことがあるの」
足元でまだダンスをしている葉っぱを見ながら、言葉がするりと出てくれた。
「ああ」
「芸能人が亡くなったりすると、とたんに『最高の人でした』とか『私たちに元気をくれました』ってみんな言い出すでしょう? 叶人が亡くなったあとも同じ。みんな、叶人のすばらしさを語ってきたの」
親も先生も親戚でさえも、私に涙を流しながら同じことを言っていた。
「だったらなんで叶人のこと、もっと気にかけてくれなかったの、って思った。どうしてお見舞いに来てくれなかったのって。亡くなってからいくら惜しんだって、叶人にはもう届かないのに」
声が震えるのを抑えられない。
視界がにじみ、枯れ葉もぼやけてみえた。
「……ごめん、違うの。今のは自分に言ってる言葉。病気が発覚してから亡くなるまで時間はあったのに、私はコロナを理由に最後しか会いに行かなかった。LINEはしても、当たり障りのないことばかり。そのことを二年間ずっと責めてるの。どんなに責めたって、もう遅いのに」
ボロボロとこぼれる涙は、後悔の粒。泣いたって泣いたって、けっして消えないアザのように心に刻まれている。
悲しみは、美しい景色もおいしい食べ物でさえもその色に変えてしまう。
叶人が亡くなってから人としゃべるのが苦手になった私を、叶人はまだ心配してくれているの?
私にはそんな資格ないのに……。
「生きているうちにもっと話せばよかった。もっと会いに行けばよかった。たとえガラス越しでも顔を見たかった」
最後に会ったときですら、私は忍び寄る死から目を逸らしていた。そんな自分のことが許せない。
袖で涙を拭いて横を見ると、にらむように前を向く優太の瞳から涙が一筋流れていた。
「え、優太……」
「悔しいよなあ」
鼻をすすった優太が私を見た。
「悠花は苦しかったんだよな。二年間、ずっと苦しんできたんだよな」
潤んだ瞳が太陽の光でキラキラ輝いている。まるで吸い込まれるようにその瞳から目が離せない。
「きっとどっちも真実なんだよ。悠花が感じていることも本当だし、周りの人が思っていることも真実。みんな悲しいのは同じなんだと思う」
「……うん」
「俺たちは弱いから、誰かの死を乗り越えるためについ慰めの言葉を口にしてしまう。亡くなった人を神像化しちゃうのも、そういう風潮を作り、自分を納得させるためなんだよ」
真剣な声は初めて聞いた気がする。
まるで心に語りかけるように、ゆっくりと優太は話を続けた。
「悠花がこうして少しずつ叶人のことを話せていることを、俺は誇りに思うよ。深い傷は消えないかもしれないけど、薄くすることはきっとできるよ」
向こうからバスがやってくるのが見えた。
「優太……ありがとう」
「ヤバ。俺たちめっちゃ泣いてるし」
慌てて涙を拭っている間にバスが止まった。
さっきの葉っぱはどこかへ飛んで行ったみたい。
――ああ。
不思議とその気持ちは抵抗なく心に着地した。
やさしい彼の名前は優太。ずっとそばにいてくれたのに、気づくことができなかった。
私は……私は、優太のことが好きなんだ。
山の木々の間から漏れる光が、模様みたいに地面を浮きあがらせている。
まるで夢から覚めたように急いで歩くと古ぼけた看板だけ設置されたバス停が見えてくる。
ぽつんと立っているのは、優太だけだった。
私に気づくと困った表情を浮かべた。
幼なじみだからわかること。
優太は私に謝るためにひとり待っていたんだ、って。
口を開こうとする優太に、
「ごめんね」
先に謝るとますます困った顔になった。
「なんで悠花が謝るんだよ」
「イヤな思いをさせちゃったから。でも、長谷川さんになにか言われたわけじゃないよ。むしろ、叶人に友達がいてよかったって思ってる」
ぶすっとした優太はいつも思ったことを口にしてくれている。
さっきも私が泣かされていると思って助けてくれたんだ。
いつもいつも、優太はそばにいてくれていたのに私は謝らせてばかり。
「優太が言ってたこと、当たってる。私、ずっと叶人の話題を避けてきた」
「ああ」
「家でもそうだし、家族も同じ。みんな口にすると感情が乱されておかしくなっちゃう。まるで叶人の存在を忘れたがってるみたいだよね」
風が揺らした木からまだ枯れるには早い葉が一枚、ひらひらと弧を描いて落ちた。
横顔の優太が、「まあ」とつぶやいた。
「それでも最近は話をしてくれるようになってうれしいよ。さっきのは、俺が三年もかけた距離を、あの人が一瞬で飛び越えてきたからムカついただけ。悪いことしたな」
「日葵に怒られた?」
顔を覗くと、バツが悪そうに優太は口をへの字に曲げた。
「怒られたなんてレベルじゃねーよ。激怒されて置いてかれた。『ちゃんと謝ってから帰れ』って、マジであいつ怖いんだよ」
日葵らしいと笑ってしまう。あとでLINEしておかないと。
「ずっと思ってたことがあるの」
足元でまだダンスをしている葉っぱを見ながら、言葉がするりと出てくれた。
「ああ」
「芸能人が亡くなったりすると、とたんに『最高の人でした』とか『私たちに元気をくれました』ってみんな言い出すでしょう? 叶人が亡くなったあとも同じ。みんな、叶人のすばらしさを語ってきたの」
親も先生も親戚でさえも、私に涙を流しながら同じことを言っていた。
「だったらなんで叶人のこと、もっと気にかけてくれなかったの、って思った。どうしてお見舞いに来てくれなかったのって。亡くなってからいくら惜しんだって、叶人にはもう届かないのに」
声が震えるのを抑えられない。
視界がにじみ、枯れ葉もぼやけてみえた。
「……ごめん、違うの。今のは自分に言ってる言葉。病気が発覚してから亡くなるまで時間はあったのに、私はコロナを理由に最後しか会いに行かなかった。LINEはしても、当たり障りのないことばかり。そのことを二年間ずっと責めてるの。どんなに責めたって、もう遅いのに」
ボロボロとこぼれる涙は、後悔の粒。泣いたって泣いたって、けっして消えないアザのように心に刻まれている。
悲しみは、美しい景色もおいしい食べ物でさえもその色に変えてしまう。
叶人が亡くなってから人としゃべるのが苦手になった私を、叶人はまだ心配してくれているの?
私にはそんな資格ないのに……。
「生きているうちにもっと話せばよかった。もっと会いに行けばよかった。たとえガラス越しでも顔を見たかった」
最後に会ったときですら、私は忍び寄る死から目を逸らしていた。そんな自分のことが許せない。
袖で涙を拭いて横を見ると、にらむように前を向く優太の瞳から涙が一筋流れていた。
「え、優太……」
「悔しいよなあ」
鼻をすすった優太が私を見た。
「悠花は苦しかったんだよな。二年間、ずっと苦しんできたんだよな」
潤んだ瞳が太陽の光でキラキラ輝いている。まるで吸い込まれるようにその瞳から目が離せない。
「きっとどっちも真実なんだよ。悠花が感じていることも本当だし、周りの人が思っていることも真実。みんな悲しいのは同じなんだと思う」
「……うん」
「俺たちは弱いから、誰かの死を乗り越えるためについ慰めの言葉を口にしてしまう。亡くなった人を神像化しちゃうのも、そういう風潮を作り、自分を納得させるためなんだよ」
真剣な声は初めて聞いた気がする。
まるで心に語りかけるように、ゆっくりと優太は話を続けた。
「悠花がこうして少しずつ叶人のことを話せていることを、俺は誇りに思うよ。深い傷は消えないかもしれないけど、薄くすることはきっとできるよ」
向こうからバスがやってくるのが見えた。
「優太……ありがとう」
「ヤバ。俺たちめっちゃ泣いてるし」
慌てて涙を拭っている間にバスが止まった。
さっきの葉っぱはどこかへ飛んで行ったみたい。
――ああ。
不思議とその気持ちは抵抗なく心に着地した。
やさしい彼の名前は優太。ずっとそばにいてくれたのに、気づくことができなかった。
私は……私は、優太のことが好きなんだ。