リビングに顔を出すと、お母さんがサッとなにかを隠したのが見えた。

「ただいま」

 洗面所に水筒を置き、そのまま手を洗う。

「遅かったのね。疲れたでしょう、先に着替えて来たら?」

 こんなやさしい言葉をかけてくるのは、なにか隠している証拠。
 親子そろってウソが苦手だからすぐにわかる。

「なに見てたの?」

 ソファを指さすと、「ああ」と作り笑顔を消した。

「住宅情報誌を見てただけよ」

 忙しく夕食の準備をはじめたお母さんに「そう」とだけ伝え、部屋に戻った。
 着替えている間も、ずっと大雅のことが頭にある。
 恋とかじゃなく、大雅が事故に遭う未来を思い出してしまったから。

 動揺する私を知り、優太は何度も理由を尋ねてきたけれど言えなかった。
 こんな話、誰も信じないし、信じさせる自信がない。

 スマホを開くと、大雅の部屋にお見舞いに行ったところまで更新されていた。
 ふたりきりでの夕焼け公園はまだ載っていない。これまで読んできたものと同じ展開だ。

「どうしよう……」

 部屋のなかをウロウロしてもなにも解決しない。

 大雅が事故に遭うことを避けるには、どうすればいいのだろう。
 事情を説明しても、絶対に理解してもらえない。
 大雅が事故に遭うのは、夕焼けのなかで雨が降っているという変わった天気の日。
 星雨は降っていたのだろうか。
 意識を集中して思い出そうとしても、やっぱりダメ。そもそも、星雨がなんなのかわからない私にはたどり着けない答えなのかもしれない。

 事故が起きたあとの展開はどうなるんだっけ?
 その先にまだなにかあったような気がする。

「悠花」

 声にギクリとしてふり返るとお母さんがドアを開けて立っていた。

「何度も呼んだのよ」
「あ、ご飯?」

 平然を装おうとしてもムリだ。
 霧のなかを覗くようにぼんやりした未来に、不安が押し寄せてきている。
 お母さんが、しばらく考えてから口を開いた。

「さっき見られちゃったから正直に言うわね。しばらくお父さん、帰ってこないことになったのよ」
「……それってどういうこと?」
「別居することになったの。たぶん、離婚することになると思う。この家は売ることになるだろうから、それで賃貸物件を探してたの」
「そう」

 そんなこと急に言われても、今はなんの情報も入ってこない。

「そう、って……悠花はそれでいいの?」

 いいわけないじゃない。叶人がどれだけ悲しむと思ってるのよ。
 どうしてこんなことになるの?

 だけど……気持ちはやっぱり言葉になってくれない。

「ごめん。今はちょっと考えられない」

 相当ショックを受けたと思ったのだろう、

「ごめんなさいね」
 と、お母さんはため息を残して部屋をあとにした。
 背を丸めたうしろ姿が、どこか今日の日葵に重なる。

 気持ちを落ち着かせようと、窓を開けて夜を見た。斜め上に月が光っている。
 右側にはいくつかの星が光っていた。

 心の騒がしさに反して、やけに静かな夜だった。