教室で今日も空を眺めている。
 うす曇りの空からは、線の細い雨が続いている。

 あれから一か月が過ぎ、冬服にも慣れた。

「ほら、ちゃんとお弁当食べないと」

 茉莉が私のお弁当箱を指さすのをぼんやりと見て、うなずいた。

「大雅のおばさんから連絡は来たの?」
「ううん……」
「じゃあしっかりしなきゃ。今、悠花が倒れたらそれこそ大変でしょ」

 茉莉はやさしい。
 茉莉だけじゃなく、クラスのみんなが笑わらなくなった私を心配してくれた。

 ――私をかばって大雅は事故に遭った。

 その事実は、毎日毎秒私を苦しめている。

 なんであのとき車道に倒れてしまったのだろう。
 なぜ、大雅をもう一度救えなかったのだろう。

 大雅の容態はよくないと聞いている。
 頭をひどく打っていて、今も意識が戻らないと……。

 事故のあと、雨星に願った記憶は残っている。
 けれど、今になって思い返しても、雨星がどんなものだったのかはなにも思い出せなかった。

 卵焼きを食べても味はしない。
 まるで空気を食べているみたいな気分になる。
 私の膝に巻かれていた包帯も取れ、腕の擦り傷もかさぶたになった。

 それでも、大雅は戻ってこない。
 しびれた頭では、まだあの日の雨が降っているみたい。

「悠花」

 名前を呼ばれた気がして顔をあげると、いつの間にか茉莉が私の左手に自分の手を重ねていた。

「元気出して、なんて言わないから安心して。一緒に悲しもう。そして、無事を願おう」
「茉莉……」
「そんな顔しないの。悲しみは連鎖するんだよ。悠花が無事を信じないでどうするのよ」

 うなずくと、少しだけ気持ちが明るくなった気がした。

 本当なら毎日でも大雅の様子を見に行きたい。
 コロナのせいで病棟に行けないことも知っている。
 それでも、無理やりにでも大雅に会いに行きたかった。

 でも、私にはそんな資格がない。

 私が事故に遭ったときとは状況が違う。
 だって、大雅は今も意識が戻らないのだから。
 希望と悲しみは波のように行ったり来たり。
 それでも……茉莉の言うように無事を信じたい。

「そうだよね。私がしっかりしなきゃ」
「その調子。あたしがいるからね」

 元気づけながら茉莉の瞳には涙がいっぱい溜まっている。
 明るい私でも、ダメな私でも茉莉は受け入れてくれている。
 バタバタという足音と一緒に、伸佳が教室に飛び込んできた。
 右手にスマホを持ち、私を見て目を見開いている。

 ドキンと大きく胸が跳ねた。

 まっすぐ近づいてきた伸佳は、もう泣き笑いみたいな表情を浮かべている。
 そばまで来ると、私と茉莉にだけ聞こえる声で言った。

「今、大雅が目を覚ましたって」
「ああ……」

 この一か月間こらえていた涙は、簡単に頬に流れ落ちた。