学校を休んだのは仮病ではなかった。

 雨に打たれて帰った日の夜に生まれた寒気は、あっという間に高熱をもたらした。
 もうこれで三日も学校を休んでいることになる。
 薄暗い天井を眺めて、たまに時計を見て、少し眠るのをくり返す。
 もうすぐ夕方になろうという時刻。
 思い出すのは彼の言葉ばかり。ううん、思い出そうとしなくても勝手に頭のなかで流れる映画みたい。

『悠花のことが好きなんだ』

 そう、大雅は言ってくれた。
 まさかあんな状況で告白されるなんて……。
 大雅は言っていたよね。私が記憶を閉じこめている、って。
 それってどういう意味なのだろう。

 この数日、ずっと同じことばかり悩んでいて、それに加え告白まで……。

「ああ、もうなんだかわからないよ」

 枕に顔をうずめてつぶやいても誰も答えてなんてくれない。
 私は……いったいどうすればいいのだろう。

 ――トントントン。

 ノック音に続き部屋のドアが開いた。

「起きてる?」

 お母さんが顔を覗かせた。

「うん」
「熱は?」
「さっきは三十八度くらいだった」

 部屋に入ってきたお母さんがスポーツドリンクの二リットルサイズをサイドテーブルに置いた。

「これを夜までにぜんぶ飲むこと」
「さすがにそんな量は厳しいって」
「たくさん水分をとるのがいちばんなんだから。ほら、飲んでみて」

 置いてあったコップに注ぐお母さんを何気なく見る。
 この間、言い争いみたいになってからお互いに大雅の話題は避けてきた。
 これ以上話をすると、本当にケンカになってしまいそうだったから。

 だけど……。

「大雅に告白されたの」

 そう言うと同時に、お母さんはペットボトルを注ぐ手を止めた。
 そして、なにも聞かなかったように中途半端な量のスポーツドリンクが入ったグラスを差し出してくる。

「聞いてる? 大雅に告白されたの。あと、忘れた記憶は自分で思い出すしかない、って言われた」
「そう」

 どこかぼんやりした声で答えたお母さんが、意味もなく部屋を見渡す。

「お母さん」
「今は風邪を治すことだけ考えなさい」

 さっきより低い声に、言うべきでなかったのかもと口を閉じた。

「お母さん、少し出かける用事があるの。夕飯までに帰れるとは思うけれど、お腹すいたらおにぎりが電子レンジのなかに入ってるから」
「……わかった」

 ふらりと部屋を出て行こうとするお母さんが、躊躇したように足を止めた。
 顔は前を向いたままで「悠花」と、私の名を呼んだ。

「お母さんもお父さんも、親だからこそあなたを心配してるのよ」
「うん」
「頼りないかもしれないけど、悠花が苦しいときは全力で助けたいって思ってる。それだけは忘れないで」

 そう言うとお母さんは静かにドアを開け出て行った。
 わけがわからないことばかり毎日起きている。

 ベッドに横になったとたん、スマホが着信を知らせて震えた。
 表示されているのは茉莉の名前。

「もしもし。もう学校終わったの?」

 学校ではスマホの使用は禁じられている。
 家に帰ったにしては早すぎる時間だ。
 自分からかけておいてなにも言わない茉莉に「ねえ」と続ける。

「どうしたの? もしもーし。そもそも、茉莉、今日部活は――」
『……なんだって』

 やっと聞こえた声は、茉莉らしくない小声だった。

「ごめん。なんて言ったの?」

 スマホに耳を寄せて尋ねると、茉莉は震える声で言った。

『大雅、また転校することが決まったんだって』

 と。