「本当にダメな兄で申し訳ありません」

 お茶を出してくれた知登世ちゃんが、ペコリと頭を下げた。

「いえ、びっくりしちゃって。私こそすみません」

 広いマンションのキッチンスペースには、まだ冷蔵庫しか置いてない。
 リビングには四人掛けのテーブルだけがぽつんと置いてある。これから引っ越しの荷物を本格的に運んでくるのだろう。

 クーラーがないせいで部屋のなかはサウナ状態。汗が噴き出すなか飲むお茶は冷たくておいしかった。
 まだ胸の鼓動は速いままだ。

「いくらシャワーを浴びてたからって、まさかあんな格好で出てくるなんて」

 ぶすっと洗面所のほうをにらんだあと、知登世ちゃんはマジマジと私の顔を見た。

「でも、初めて悠花ちゃんの顔を見られてうれしいです。本当にキレイで憧れちゃいます。きっとモテるんでしょうねぇ」
「そ、そんなこと……」
「いえいえ、そんなご謙遜を。すっごくピュアな感じがしてかわいらしいですよ」

 これじゃあどっちが年上なのかわからない。

 もう一度お茶で喉を潤す。
 洗面所からはドライヤーの音が聞こえている。
 知登世ちゃんが私を知っているということは、大雅が話をしてくれていたのだろう。それだけでうれしくなってしまう。

「知登世ちゃんはしっかりしてるんだね。防犯対策もしっかりしてて驚いちゃった」
「兄が頼りないから、私がしっかりするしかないんです」
「もう一緒に暮らしているの?」

「いえ」と知登世ちゃんは立ちあがった。

「小学校の入学式は月曜日なので、それまでに引っ越ししてきます。今日は風邪のお見舞いがてら来ただけなんです」

 そういえば、大雅の前の住所ってどこなんだろう? 知登世ちゃんがひとりで来られる距離なのだろうか?

「いやあ、ごめんよ」

 ジャージ姿の大雅が姿を現した。まだ熱があるのだろうか、顔色は悪いけれど声はいつもと変わりがないように思える。

「ううん。私こそ急にごめんね」

 どうしよう、大雅の顔がうまく見られない。絶対赤くなっているだろう自分の顔を見られないようにうつむいてしまう。
 チラッと見ると大雅も鼻の頭をポリポリとかいている。

「知登世も来るなら迎えに行くって言っただろ。ひとりで来るなんて危ないよ。事故に遭ったらどうするんだよ」
「平気だよ」
「平気じゃない。車ってすごいスピードで避けるヒマなんてないんだから」
「私はお兄ちゃんよりかはしっかりしてるから大丈夫なの。それより、悠花ちゃんにやっと会えてよかった」

 うれしそうに言ったあと、知登世ちゃんはランドセルを背負った。

「え、もう帰るのか?」

 きょとんとする大雅に、知登世ちゃんはうなずいた。

「お母さんに黙って来たから、滞在予定時間は三十分だったの。あ、ひとりでここに来たことは内緒だからね」
「それはいいけど、駅まで送るよ」
「目の前にバス停があるのに? 防犯ブザーが鳴ったら飛び出してきてよ。それに……」

 と、知登世ちゃんがいたずらっぽい顔で私を見た。

「私がいたらお邪魔でしょうし」
「そ、そんなことないよ」

 慌てて言う私に知登世ちゃんは近づくと耳打ちした。

「エッチなことはしちゃダメですからね」
「な……!」
「また引っ越してきたらゆっくりお話ししましょうね。では、失礼します」

 仰々しく礼をすると玄関に向かっていく。
 大雅が「待ってて」と言い残し、慌てて追いかけていく。

 どうしよう、ますます顔が熱い。

 大雅はバス停まで送っているのだろうし、私も今のうちに帰ろう。
 買ってきたものをリビングのテーブルに置き、玄関を出た。
 階段の前まで進むと、ちょうど大雅が駆けあがってきたところだった。せっかくシャワーを浴びたのに、もう汗をかいちゃっている。
「え、もう帰るの?」
「茉莉に頼まれた物を持ってきただけだから」
「じゃあ、途中まで送るよ」

 いいよ、と断る前に大雅は部屋のカギを閉めに行った。

 ……どうしてそっけなくしてしまうのだろう。

 家でもクラスでも明るくて楽しい私でいることが自然だったのに、大雅の前だとうまく言葉になってくれない。
 何度も『ただの幼なじみなんだから』と自分に言い聞かせても、効果は日々薄れていくよう。
 また高鳴る胸をごまかしつつ階段を下りた。

 そんな自分が、少しかわいそうに思えた。