彼女の母親は鍵を持っているはずだから、それ以外の誰かなのだろう。普段あるような『何々さんいますか?』の呼び掛けもないまま、もう一度、「こん、こん」と響いた。

 何故だか、私はひどく嫌な予感がした。

 開いた窓から吹き込んでいた風が、いつの間にかぴたりと止んでいた。硬直したまま動けないでいる身体に、外の蒸し暑さの余韻が残る生温い空気が絡んできて、肌がじっとりと汗に濡れどこか肌寒ささえ覚えた。

 駄目だ。開けてはいけない。

 私は、それを彼女に告げようとした。しかし、彼女はその前に「誰かしらね?」と呟いて、素足のまま小走りに玄関へと向かっていってしまっていた。

 どうしてか私は、玄関の外に佇む一人の恐ろしい女を想像した。きっとごわごわとした長い髪をしていて、それが顔をすっかり覆い隠しているのだろう。青白く長い手は力なく垂れ、ソレはぴくりとも動かず、素足でそこに佇んで私達が出てくるのを待っているのだ。