何故なら私は、大学へは行かなかったのではなかったか。

 受験については一時考えていたものの、高校を卒業する前に夢中になるくらいの恋をして子供が出来た。そのまま卒業後に籍を入れて、妻と子のため就職したのではなかっただろうか。私は昔から人見知りとは無縁だったから、勤めた営業仕事が性に合っていて――

 何か、要の部分を履き間違えて思案しているような違和感。

 その正体の一つが、ふっと解けたてストンと胸に落ちた。人見知りだったのは私ではない、別の子であった、と。

 次第に頭の中の霞が解けていくのを感じながら、私はぼんやりと視線を移動させた。

 向けた視線の先には、今日出会ったばかりの『知らぬ女』が立っていた。だらりと両腕を降ろし、長い年月を経たように髪はごわごわと痛んで顔のほとんどを覆っている。

 そこから、色の悪い唇が覗いた。大きくいびつに笑うように口が開いて、


「――コンコン」


 笑んだ女の口から、聞き覚えのあるノック音がした。