「結構大変でしょう。よく通る声だし、声のお仕事でもすればいいのに」

 そう言い返してやったら、男が「ははは」と背中を揺らして愉快そうに笑った。そうやって笑う姿を、想像出来ない人だった気がしてやっぱり不思議に思って見つめてしまう。

「声のお仕事、ねぇ。それは何かを朗読をしろということか?」
「いえ、たとえば観光案内とか……」

 水牛が、立派な巨体を揺らしながらゆっくりと歩み続けている。

 言いながら、アラタは自然と視線を落としていた。これは夢だ。現実の自分の意識が頭をもたげてきて、そのままポツリとこう呟いていた。

「俺、いい息子じゃなかったんです」

 アラタの唇が、夢の中で自然とそんな言葉を紡ぐ。
 男は何も言わず、ただ水牛の手綱を引いて自分の乗る水牛を進めていく。じょじょに現実が思い出されて、アラタは目の前の美しい光景へと目を向けた。

 これは幻か、それとも望郷なのか。

 見開いたその目は、しっとりと濡れて眩しいほどに美しい離島の景色を映し出した。昔、寡黙だった誰かが、繰り返しぽつりぽつりと口にしてくれた話があって、まさにこの光景がそうじゃないかと気付いたのだ。