前方には、もう一頭の別の水牛の姿があった。ゆったりと歩くその背には、アラタと同じように、けれどどこか慣れたように揺られている男が一人いる。

 男は、遠いどこかで見たことがあるような甚平の形に似た麻の着物を着ていた。真新しくはない。何度も洗い、強い日差しに乾かされたようにくたびれてもいるようだった。

 ひとたび息を吸いこめば、潮の匂いが鼻孔を通り抜けていく。

 足元からも、そして水牛も男も、たっぷりの海の匂いをまとっていた。

 今一度、男の方をよくよく見て、アラタは「あ」と気付いた。前の水牛で行くその男は、片方の手でアラタの乗る水牛に繋いだ縄を引いている。

 そうやって、観光させ楽しませるのも仕事の一つなのだろう。夢の中で、客としてゆったりとくつろいでいるのだったと思い出したアラタは、途端になんだか申し訳ない気持ちになる。

「あの、すみません……」

 思わず謝ると、男の整った横顔がチラリと覗いて、口許にふっと笑みを浮かべられた。