アラタの母は、名を斎藤アケミといい、中学生の頃に沖縄へと移住してきた人間だった。アラタの父は大浜と同じ石垣島の人間で、名字を宮良(みやら)という。

「俺も親父も、名字は斎藤のはずなんだけど……これ、元々母さんの名字だったのか?」
『まぁ色々あってな。とりあえず後の話まで聞けば分かる』

 電話越しで大浜はそう言って、時間を気にして淡々と話を進め出した。

 宮良は、沖縄本島にある琉球大学で教員免許を取った後、祖父や父の仕事を継ぐ考えで石垣島へと戻った。勉学することや教えることに強い思いを持っていて、周りの皆は向こうで教師になることを勧めたらしいが、彼は「稼業が本業だ」と答えたのだとか。

 家業は漁師業に関わるもので、季節によって仕事量は激減し、今や需要も少ない。祖父も父も、この代で終わらせようと考えていたから頑固な一人息子を心配した。

 少しでも考えが変わるきっかけになれば、と、仕事が少ない時期に「収入が厳しい」と相談して、沖縄本島へ出稼ぎに行かせて教師の仕事をさせたりした。その際、宮良は斎藤アケミが通う高校に二年勤めたが、その時はまだ教師と生徒の関係でしかなかった。