父はとても寡黙な人だった。まともに顔を合わせることは少なくて、ほとんどアラタはその背中を見て育ったようなものだ。新しい土地に行くと父は臨時の働き口を見付け、母はパートの掛け持ちをして夜遅くまで帰らなかった。
父は、アラタの同級生たちの親と比べると、一回りは年上だった。長い身体は頬骨が目立つほど細く、肌は強い日差しに晒され続けたように浅黒い。喜怒哀楽はほとんど出さない人で、彫りの深い顔は博識と知性の鋭さを漂わせた学者のようでもあった。
「あの人が一つの土地に留まらないのは、仕方ない事なのよ。……私が、あの人の居るべき場所を奪ってしまったの」
母は一度だけ、こっそり教えるようにそう告げて泣いたことがあった。当時、幼かったアラタが理由を尋ねても、母はそれ以上答えてはくれなかった。
家族との思い出はほとんどない。
いつから小島と低い海と、水牛のある夢を見始めたのかも定かではない。
土地を転々とする疲れもあって、寮のある高校を選んで家族と離れて暮らした。とくに連絡を取り合う事もなく高校二年生になった五月、突然、父から母が死んだことを知らせる連絡があった。
父は、アラタの同級生たちの親と比べると、一回りは年上だった。長い身体は頬骨が目立つほど細く、肌は強い日差しに晒され続けたように浅黒い。喜怒哀楽はほとんど出さない人で、彫りの深い顔は博識と知性の鋭さを漂わせた学者のようでもあった。
「あの人が一つの土地に留まらないのは、仕方ない事なのよ。……私が、あの人の居るべき場所を奪ってしまったの」
母は一度だけ、こっそり教えるようにそう告げて泣いたことがあった。当時、幼かったアラタが理由を尋ねても、母はそれ以上答えてはくれなかった。
家族との思い出はほとんどない。
いつから小島と低い海と、水牛のある夢を見始めたのかも定かではない。
土地を転々とする疲れもあって、寮のある高校を選んで家族と離れて暮らした。とくに連絡を取り合う事もなく高校二年生になった五月、突然、父から母が死んだことを知らせる連絡があった。