「勝手に上がって来るなって、俺は何度も言わなかったか?」
「今は、そんなことを言っている場合でもないでしょう?」

 安堵しつつも、ナナカが文句を返した。それでも普段のようなきつい印象の目もせず、のっそりと起き上がるアラタを心配げに見つめていた。

「本当に大丈夫?」
「平気さ」

 大学一年生の数ヶ月だけ、恋人関係にあったナナカをちらりと見もせず、アラタはベッドで上体を起こしたまま頭痛を覚える頭に手をやった。

 どのくらい時が経っているのか、彼の中ではまだ実感が戻って来ないでいた。

 するとナナカが、「まったくもう」と言って立ち上がった。そのまま慣れたようにカーテンを開けると、朝も遅い時刻の強い日差しが窓から差し込んできた。

 アラタは、時間の経過感覚を戻そうと辺りに目をやった。壁にかかっているカレンダーが目に留まって、今日から八月のページに変わったのだと気付いた。

          ◆◆◆

 アラタには、故郷と呼べる場所がない。

 どの場所も、長くて一年と数ヶ月ばかりしか居なかった。それは仕事の都合ではなく、ただ父がその場所に居続けられなかっただけだ。