そう不思議に思った時、どこからともなく幼い頃の記憶がよみがえってきた。


――『お父さんはね、学校の先生で、教科書通りの読み方をする人よ。黒板の字はとても綺麗で、真面目な横顔がとてもハンサムだったわ』


 耳に残るその声は、若い頃の母のものだった。
 自分の知っている過去と時間軸が、まるで糸が絡まってしまっているみたいに一本に繋がってくれない。アラタは、脳がぐらりと揺れるような錯覚を感じた。

 一体これは、いつ言われた記憶なんだ?

 母はパートで働き詰めだったし、アラタは昔から一人で家に取り残されていた。こんなに穏やかな彼女の声を耳にするなんて、あるはずがない気がするのに。


――『父さん。べんきょうをおしえるの、すきなの?』
――『うむ。そうだな……きっと好き、なんだろう』


 困惑の向こうで、覚えのない記憶の回想が勝手に続いて父の声が聞こえた。


――『教えを受けている子供達のいる空間が、ふっと穏やかで静かな時間に包まれる時があって……ああ、やはり自分のことを話すのは苦手だ。父さんが感じていたことを、お前に伝えてあげられる言葉が、すぐにでも見つかれば良かったのになあ』