アラタは、自分が「良い息子」ではなかったと自覚している。意地を張らずに自分から積極的に接していれば、もしかしたら父や母と笑い合えるような関係を築けたのではないか、と今更になって考えさせられたりした。

 胸の中に小さな穴が空いているような気分の落ち込みを感じる事があるのは、自分が父や母のことを何も知らないという事実があるせいだと、大学生活を送りながら気付いた。

 父から音沙汰もないまま日々が過ぎていき、二十歳の誕生日を迎えた。その当日の日中、唐突に「おめでとう」と書かれたカードと、今年に発売されたばかりの電子辞書がアパートに届いた。

 送り主の名前を見ると、そこには父の名前があった。彼からプレゼントをもらうのは初めてで、びっくりして電話をしたが父は留守だった。

「そっか。仕事だもんな……」

 どこかの教室で授業を進めている父の姿を、アラタは容易に想像することが出来た。しかし、思い返せば、自分はその光景を実際に見たことはない。