好きだ、好きだと僕は泣いた

――流行り風邪らしい。大丈夫、心配はいらないよ。父さんも母さんも、お前のそばについているから。
――朝起きたら、きっと良くなっているわ。眠れないなら、母さんが子守り歌をうたってあげるから……


 彼方は眠りに呑まれる直前、幼い頃に忘れてしまっていた当時の父と母の優しい微笑みを、瞼の裏に見た気がした。不思議な安堵が身体中に広がり、同時にひどく切なくなった。

 手放してはいけない『大事な思い出』のはずだった。それを幼い頃の自分が、苦しさや辛い記憶と一緒くたに『興味がないから』と目をそらし、頭の片隅に追いやってフタをしていたのだと気付いた。

 そのまま強い眠りに想いの言葉は呑み込まれ、彼方の意識は闇へと落ちていった。

          ◆◆◆

 翌日の土曜日、彼方は午前七時に目を覚ました。

 窓はカーテンが仕切られていて、向こうには薄暗さかあるようだった。まだ夜なのだろうかと錯覚しそうになったものの、カーテンを開いた先に重々しい曇天を見て、時計の時刻が間違っていない事を知った。