それに気付いた彼方は、手を止めてその女子生徒を見やった。作業を邪魔されているうえ、必要もなく話し掛けられている事に少し苛立ったように眉根を寄せたまま、冷やかに目を細めた。


「描きたいから描いている」


 それ以上の答えが必要かい、と、彼は年齢に不釣り合いな印象のある言葉を続けてから、口を閉じた。

 しばらく一方的に睨み合っていると、少女が納得いかないような顔をして短い息を吐き出した。背筋をぴんと伸ばし、両手を腰に当て「全く」と彼女は声を上げた。

「あなた、四日前からそんな事ばかり言っているじゃない」
「君の方こそ、四日前と同じ質問ばかりじゃないか」

 描きたいからという答えでは、どうして満足しないんだい。何が足りない?

 彼方は鬱陶しそうに一瞥すると、再びスケッチブックに目を戻して手を動かし始めた。

          ◆◆◆

「あなたって、ひどく捻くれているわ」

 決まって午後の三時にやって来るようになった少女の名は、宇津見(めぐみ)といった。自己紹介の際、彼方が「ウツミメグミなんて、どこかの冗談(ジョーク)みたいだ」と述べ、彼女は「あなたの喋り方なんて、まるでどこかの文学者みたいよ」と返していた。