実を言うと、どうしてあの時、恵を描こうと思ったのか今でも分からないでいる。ただ、自分が知っている彼女を描きたくなったから描いたのだと、スケッチブックをめくりながら数日前を思い返していた。

 多分、気まぐれだったのだろう。そこに深い意味はなくて、可愛く描いてと告げた彼女に、君はそのままで可愛らしいなんて思ったのも、きっと気のせいなんだ。

 彼方は、その個所のページを開いて、スケッチブックを恵に渡した。絵を見た瞬間、彼女の活気に満ちた大きな目が見開いて――一瞬、どこか泣き出しそうに歪んだ。
 そのままじわりと潤んだ瞳が、嬉しそうに細められたのが見えた。

「…………嬉しい。今の私だわ」

 震えそうになった声で、彼女がそう囁いた。

 一瞬だけ強い違和感を覚えた後、彼方は泣きそうになっているのかと感じて戸惑った。咄嗟に「きちんと描けていなかったかな」と少し慌て声を掛けたら、恵が驚いたように振り返った。

「ううん、よく描けてるわよ!」

 そう口にした恵の表情は、彼が知っているいつもの彼女のものだった。