「あなたって、まるで文学者みたいね」
「君こそ、まるで難しい事ばかり述べる学者のようだ」
彼方はそう言うと、腰を上げた。立て掛けていたスケッチブックへと歩み寄って、数時間振りにその椅子に座り直した。
「何か描くの?」
そう尋ねる彼女の顔が、にしししし、という笑みに変わった。それを見届けた彼方は、そっと視線を白紙のスケッチブックに戻して小さく口を開いた。
「それじゃあ、君でも描こうか」
「にししっ、それならありのままの今の私の、花のような可愛らしさを描いてね」
「生憎、僕は想像画は描かない。僕が知っている、君のままを描くよ」
彼方は表情もなく言い返して、鉛筆を手に取った。
◆◆◆
それから数日間、少し雲の多い晴れ間が続いた。
ピタリと恵が登校してこなくなり、彼方は職員室にいた教師から鍵を受け取り、久し振りに自分で美術室を開ける日々が続いた。
窓も空いていない湿った室内は、伽藍として閑散している印象があった。そこに広がる静寂が好きだったはずなのに、冷房機のスイッチを入れるとそのまま窓も開けていた。ちょっとした換気のためだと自分に言い聞かせていたものの、一日を通して完全に閉め切る事はなかった。
「君こそ、まるで難しい事ばかり述べる学者のようだ」
彼方はそう言うと、腰を上げた。立て掛けていたスケッチブックへと歩み寄って、数時間振りにその椅子に座り直した。
「何か描くの?」
そう尋ねる彼女の顔が、にしししし、という笑みに変わった。それを見届けた彼方は、そっと視線を白紙のスケッチブックに戻して小さく口を開いた。
「それじゃあ、君でも描こうか」
「にししっ、それならありのままの今の私の、花のような可愛らしさを描いてね」
「生憎、僕は想像画は描かない。僕が知っている、君のままを描くよ」
彼方は表情もなく言い返して、鉛筆を手に取った。
◆◆◆
それから数日間、少し雲の多い晴れ間が続いた。
ピタリと恵が登校してこなくなり、彼方は職員室にいた教師から鍵を受け取り、久し振りに自分で美術室を開ける日々が続いた。
窓も空いていない湿った室内は、伽藍として閑散している印象があった。そこに広がる静寂が好きだったはずなのに、冷房機のスイッチを入れるとそのまま窓も開けていた。ちょっとした換気のためだと自分に言い聞かせていたものの、一日を通して完全に閉め切る事はなかった。