目を落としている恵が「まぁね」と答えて、にしししし、と笑ってカメラを撫でる。

「だって、この中にさっきの瞬間が収められているんだもの。もう戻ってこない暖かくて大切な一瞬よ。記憶の中だけじゃなくて、こうして形に残すのはとても大事な事だと思う」

 貴重な一枚よ、と茶化すように彼女は続けて見つめ返してきた。

 彼方は、そっと目を細めて――それからゆっくりと視線をそらした。スケッチブックを手に取ると、ページをめくって静かに立て掛け直す。

「僕には、よく分からないよ」

 そう言うと、鉛筆を手に取った。

「君の言うように、一刻一刻が愛おしいなんて難しい事、僕にはよく分からない」
「あら、あなたも分かっているはずよ」

 言いながら立ち上がると、恵がパタパタと向かってきて、さっとスケッチブックを取り上げた。人に絵を見られるのは好きではないのに、何故か彼女に制止の言葉を投げ掛けられなくて、彼方はパラパラとめくられていく様子を見つめてしまう。