そこから入ってくるのが『音』ではなく、『台詞』のせいだろう。普段なら気にもならないのになと思いながら、彼方は鉛筆を置くと椅子から立ち上がっていた。

 開けられている窓へと歩み寄ってみると、まず雲が多い明るい夏空が目を引いた。それから、向こうに見える運動場を何気なしに見てみると、野球部の少年達が集まって何かを喜んでいる姿があった。

「やったなぁ、拓郎! お前やれば出来るじゃん!」

 一番大柄な少年が、小さな少年を羽交い締めにして褒めていた。集まった部員の口からも「拓郎」という名が止まらない。

 小さな少年は嬉しそうに笑っていたが、その瞳からは大粒の涙が流れていた。次第にその顔はくしゃくしゃになって、とうとう彼はわっと泣き出してしまった。彼は「先輩、俺ようやく一つ出来たばかりです」「それなのに、もうお別れなんて嫌です」と言っていた。

 彼方は興味もないと自覚していながら、自然と手を窓に置いてそちらを覗き込んでいた。一つ下の一年生であろう少年の泣き顔をじっと見つめる。大雑把に彼の坊主頭をぐりぐりとする大柄な少年は、三年生らしい体格と容姿をしていて、その目には小さく涙が光って見えた。