彼方は表情も少なく、ちらりと顰め面を浮かべる無関心さが目立つ生徒だった。入学した当初、心配した担任教師が「絵は描きます」と聞いて美術部の顧問となった。美術室を一人で使っていいと言われて以来、材料を持ち込んで黙々と絵を描く日々を過ごしている。

 二年五組の生徒となった現在も、誰にも打ち解けない感じがあった。大人びた物言いで教師達を困らせ、話し掛けると「放っておいてくれ」と言わんばかりの嫌な顔をする。様子を見に時々顔を出す顧問にも、絵が好きなのかと尋ねられれば「別に」の一言だった。

 まだ夏日が続く八月、この日も彼方は美術室にいた。

 椅子に座って絵を描き続ける彼方の目は、ずっとキャンバスへ向いていた。防音ガラスの向こうから時々、乾いたようなホームラン音が上がっても、彼の気を引く事はない。

 夏休み期間であるというのに、彼はきっかり朝九時には登校して美術室に入っていた。お昼休憩が始まると、買ってきた弁当を食べる。午後になると美術部の顧問であり、現在も担任である小野や数人の教師が顔を出し、普段と変わらず午後七時の下校時刻に学校を出る。