いつも静かなところで過ごしていた。煩わしい物は嫌いだった。
だから、彼方は子供の頃も、大きすぎる部屋で扉も窓も閉め切って一人で過ごしていた。あの頃は本を読んでいると心がざわざわとして、ぼんやりと何も考えずにただ白い紙に黒い線を走らせていった。その行為だけが、当時、彼にとって唯一落ちつけるものだった。
『あなたも、少しは私達の事を大切に思ってくれてもいいじゃない!』
『お前ッ、俺の事を少しは考えた事があるのか!』
ぼんやりと幼い頃を思い出す。
昔から、毎日のように一階で繰り返されていたのは父と母のそんなやりとりだった。静まり返り、絵を描く音だけが響く部屋に、いつも飛び込んできた煩わしい音の羅列だ。
『あなたっていっつもそうッ、仕事を言い訳にして!』
『お前は自分の事ばかりじゃないか! 少しは彼方の事を考えてだな――』
『彼方を私ばかりに押し付けないで! 少しはあなたが見てちょうだい!』
大きくなる声、何かを叩くような物音。新しい色を付けた筆を手に取った彼方の脳裏に、続いて申し訳なさそうに食事を出す、家政婦の顔が過ぎった。
だから、彼方は子供の頃も、大きすぎる部屋で扉も窓も閉め切って一人で過ごしていた。あの頃は本を読んでいると心がざわざわとして、ぼんやりと何も考えずにただ白い紙に黒い線を走らせていった。その行為だけが、当時、彼にとって唯一落ちつけるものだった。
『あなたも、少しは私達の事を大切に思ってくれてもいいじゃない!』
『お前ッ、俺の事を少しは考えた事があるのか!』
ぼんやりと幼い頃を思い出す。
昔から、毎日のように一階で繰り返されていたのは父と母のそんなやりとりだった。静まり返り、絵を描く音だけが響く部屋に、いつも飛び込んできた煩わしい音の羅列だ。
『あなたっていっつもそうッ、仕事を言い訳にして!』
『お前は自分の事ばかりじゃないか! 少しは彼方の事を考えてだな――』
『彼方を私ばかりに押し付けないで! 少しはあなたが見てちょうだい!』
大きくなる声、何かを叩くような物音。新しい色を付けた筆を手に取った彼方の脳裏に、続いて申し訳なさそうに食事を出す、家政婦の顔が過ぎった。