「私はね、きっと、一刻一刻が愛しいのよ」


 ふと、恵がそんな事を言った。

 彼方は筆を止める事もなく、「そう」と言葉を返す。彼女も背を向けたまま、時々強く吹く風に髪と制服をはためかせながら「うん」と相槌を打った。

「きっと私、時を止めて、今というその瞬間を、この小さなカメラに収めているの。アルバムの中には沢山の『時』や『一瞬』が詰まってる。――それって素敵じゃない?」

 そう言うと、くるりと振り返る音がした。彼方は目も向けないまま、すっかり筆を止めて、

「僕には、よく分からないよ」

 そう返してから、彼女の方を振り返った。

 こちらを見ている恵の笑顔は、後ろから太陽の光を受けてキラキラと白く霞んでいるみたいだった。よく見えないような違和感を覚えて、彼方はそっと目を細める。

「そうかもしれない」

 ぼんやりと暖かい印象の彼女に、しばらく筆を動かす事を忘れてそう答えた。吐き出そうとしていた皮肉言葉も忘れていた。そう答えれば、またいつもみたいに笑ってくれる彼女の顔を見られる。それを、とても覚えていたいような気がした。