ただただ、そうやって人の顔や仕草を描き続けていた。風景画を描いている時には感じないから、どうやら人でなければ意味がないらしい。高級住宅街にある彼の家の部屋には、今や本棚を圧す勢いで沢山の絵やスケッチブックに溢れている。

 描きたいから描くだけ。でも、湧き上がるソレの正体は分からないままだった。

「あ、この写真ぶれてるッ」

 その時、カメラの画面を眺めていた恵が残念そうな声を上げた。
 彼方は、自分が思い耽っていた事に気付いて一瞬手を止めかけた。しかし、すぐに再び鉛筆を動かし、浮かび上がってきた絵の輪郭を強めるために作業を続ける。

 そのキャンバスの白には、髪を耳に掛けるような仕草をした女性の絵があった。優しげに瞳を細めた絵の中の女性は、笑んだ唇を開き、今にも何か語り出そうとしている。

 この人は、何を語るのだろう。

 描きながら、ぼんやりとそんな事を考える。少しだけ下を向いた絵の中の彼女の視線の先には、一体何があるのか。