「先に、書斎室へ行かれますか? これから、雪弥様に蒼慶様からお話しがあるようですが、まずは一旦、桃宮様と奥様達をご案内しなければなりません」

 そう宵月に声を掛けられて、ふっと我に返った。

 目を向けてみると、立ち上がる面々のそばで、宵月がこちらを覗きこむようにして背を屈めていた。そのまま共に移動するか、訪問客の対応をこのまま一旦蒼慶達に任せてしまうか、来客対応に不慣れなこちらの気を遣ってくれているらしい。

 兄にしては、珍しい計らいのような気もするが、雪弥はそれを有り難く思った。「そうさせてもらいます」と答えると、誰よりも早くその場から離れた。

 屋敷の本館に入った際、何人かの使用人達と擦れ違った。彼らが思わずと言った様子で立ち止まり、目を向けてくるのには気付いていた。けれど自分を見送ったその視線に、どんな感情が含まれているのか、幼い頃の記憶が蘇って確認する勇気は出なかった。

 ああ、きっと、迷惑がられているに違いない。愛人の子、私達が尊敬している蒼慶様の立ち場を危ぶませる子供……そんな過去を思い返しながら二階へと上がり、彼らから自分の姿を隠すように、蒼慶の書斎室に入った。